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齋藤潤の経済バーズアイ (第24回)

ビットコイン:法貨ではない貨幣

 

2014/03/17

【注目されるビットコイン】

 ビットコイン(bitcoin)は、2009年の「中本哲史」氏と称する人物の論文に端を発して誕生した、政府や中央銀行が関与することがない、インターネット上だけに存在する「仮想通貨」です。それを用いると、海外送金などが極めて低い取引コストで行えることから、今や商品売買の支払手段としてネット上で使えるだけでなく、少数ながら実店舗でも用いられるようになってきています。また、円やドルとの間に設定される交換比率が大幅な変動を示し、売買差益(差損)を手にすることができることから、投資対象ともなっています。この結果、ビットコインの発行残高は、3月17日現在、約1250万BTCで、約79億米ドルに達しているようです。

 しかし、それでも昨年までは、ビットコインが一般の注目を集めることはありませんでした。それが一挙に注目を浴びるようになったのは、ビットコインと各国通貨との間の交換を仲介する「取引所」のなかでも世界最大の規模を誇り、東京に拠点を置く「マウントゴックス」(Mt. Gox)が、本年2月に破綻したことがきっかけでした。破綻のきっかけはハッキングだったようですが、それによってビットコインが失われただけでなく、会社が預かっていた現金もなくなっており、多くの債権者が損害を被ったと言われています。

 この事件を契機にして、ビットコインを巡る様々な議論が行われています。犯罪の内容や、損害の大きさ、担当官庁の有無についてはもちろんですが、ビットコインそのものの評価を巡っても議論が行われています。今回は、ビットコインを巡るいくつかの論点について整理をしてみたいと思います。

【貨幣としてのビットコイン】

 まず貨幣(money)の定義を確認しておきましょう。教科書では、通常、以下のような機能を備えたものを貨幣と定義しています。

①交換手段としての機能
・そのものにいったん交換をしておけば、他の商品を手に入れるとも受け入れてもらうことを期待できるような一般的受容性を有していること。これによって、「欲望の二重の一致」という困難性を回避できることになり、交換が促進されることになります。

②価値尺度としての機能
・そのものとの交換比率が決まれば、多数の商品間の交換比率を個別に決めなくても、交換が可能になること。これによって、交換に際して必要となる情報量を著しく減らすことができ、交換が促進されることになります。

③価値貯蔵手段としての機能
・時間を超えて保有することで、その価値を維持することができること。これによって、投資が可能になり、時間を超えて消費を持ち越すことができることになります。

 以上の定義に照らしてみると、ビットコインは、いずれの機能をも有していることから、紛れもなく「貨幣」であると言えます。

【通常の貨幣とは異なるビットコイン】

 もっとも、「貨幣である」と言い切ってしまうには、どうしても違和感が残るところもあります。その理由は、ビットコインは次のような特徴を有しているからだと思われます。

 第1に、ビットコインは、我が国では法律で強制力を保障されている「法貨」(法定貨幣、legal tender)ではないという点です。

 日本銀行券については、「日本銀行法」で無制限に、また硬貨については「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」で額面価格の20倍まで、強制的な通用力が認められています。したがって、いずれでもないビットコインは、法貨ではありません。

 しかし、貨幣は、法貨でなければ「貨幣」とは言わないということにはなりません。もし、法貨でなければ「貨幣」と言わないのであれば、政治的な権力とは関係なく、自然発生的に生まれた古代の貨幣(例えば、金、銀、貝、石の輪)はいずれも貨幣ではなかったことになってしまいます。また、ハイエクはかつて『貨幣の脱国営化論』で貨幣発行の自由化を主張しましたが、その議論自身も意味をなさないことになってしまいます。

 第2に、ビットコインは、それ自身に何らかの価値があるものではないという点です。

 通常、貨幣は、それ自身に使用上の価値がある場合が多いようです。金や銀が好例です。使用価値が要件として必要なのは、それが一般的な受容性を担保するうえで非常に好都合だからです。それに交換しておけば、他の人もそれを欲しがるであろうと容易に想像されるからです。もちろん、ビットコインには、そのような「もの」としての実体はありません。

 しかし、貨幣は、いったん一般的な受容性が確立してしまうと、使用価値との関係が次第に薄れていくという歴史があります。現在一般化している不換銀行券は、材料としての紙に使用価値はなく、その典型例だと言えましょう。そして、その紙さえもなくなり、今や電子マネーが広範に普及していることはご承知の通りです。ビットコインも、その延長上に位置付けられると考えられます。

 第3に、ビットコインは、その通用範囲が、地理的に限定されていないことです。

 通常、法貨は国単位で一つに決められています。円は日本、ドルは米国、人民元は中国、といった具合です。そして、その通用範囲は、国境によって画されています。

 しかし、ユーロのように複数の国が共同して貨幣を発行している場合や、エクアドルやキリバスのように、ある国の通貨(エクアドルの場合には米ドル、キリバスの場合には豪州ドル)を自分の国の法貨としている場合があります。また、スコットランドのように、イングランド銀行券のほかに、スコットランドの複数の銀行が発行する銀行券が通用するような地域もあります。さらに、ベトナムやカンボジアでは、正式に決められたわけではありませんが、外国通貨が、事実上の法貨として通用しています(いわゆる「ドル化」)。

 このように、貨幣の利用と国境が一対一に対応しない例があるのです。そして、その行きつく先がビットコインと考えることができます。ビットコインは、地域的な制約を全く受けません。隣人は受け取らなくても、外国人に通用することがあり得るのです。

【ビットコイン問題と峻別すべき問題】

 このような特徴を有する貨幣であるビットコインですが、それが有名になったのは、冒頭でも触れたように、取引所の破綻という事件が起きたからです。この事件があったために、ビットコインの問題とは分けて論じるべき他の問題がビットコインの問題として論じられるきらいがあることは残念です。

 第1に、取引所の破綻したことと、ビットコインの問題とは別の問題です。それは、銀行の破綻が、日銀券の問題ではないことと同じです。取引所の経営の安定をどのように確保するかは、それ自身として考えるべき重要な課題です。

 第2に、取引所破綻の原因となったネットセキュリティーの問題も、ビットコインの問題とは別問題です。取引所が破綻し、その被害額が大きくなった背景には、ハッキングによって顧客や会社のビットコインや現金が消えてしまったことがあります。ネット取引のセキュリティーをどのように確保するかというのも重大な課題であることは言うまでもありません。しかし、それとてビットコインの貨幣性の議論とは別問題です。

 第3に、規制当局が存在しなかったことと、ビットコインの貨幣性の問題も別です。政府のビットコインに関する認識が十分でなかったために、所管省庁も明確にされておらず、それに対する規制も行われていませんでした。取引所の扱いや、そこで行われた取引の効力、あるいは課税のあり方等、緊急に整理すべき問題は多々あります。しかし、それが明確でないからと言って、ビットコインの貨幣性は損なわれないはずです。

【貨幣におけるイノベーションと競争】

 以上の問題はそれぞれ重大な問題であって、それに対する対応策は至急検討されるべきです。しかし、その問題とビットコインの問題は別で、ビットコインの貨幣性を損なうようなことはすべきでないと思います。

 ビットコインは、取引コストを縮減するためのイノベーションです。ビットコインは、他の支払い手段の取引コストに引き下げ圧力を及ぼしていると考えられます。このような効果は、先述の貨幣発行自由化論を主張したハイエクが期待していたことに通じます。彼は、民間が発行する複数の貨幣が競争するなかで、経済主体による選別が行われ、価値の変動が激しい「悪貨」が駆逐され、価値の安定している「良貨」が生き残ることを期待していたのです。

 貨幣においても、イノベーションと競争は重要であって、潰すべきものではないのではないでしょうか。