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齋藤潤の経済バーズアイ (第25回)

危機からの復元力:日本と米国

 

2014/04/15

【米国の復元力】

 2000年代後半の金融危機は、米国におけるサブプライム住宅ローンに始まり、リーマン・ショックで深まりました。その影響は深刻で、米国に止まらず、日本を含む世界各国に及び、世界的な金融・経済危機へと発展することになりました。その影響から脱するのには「全治3年」に及ぶとの言葉は、まだ記憶に新しいことかと思います。

 しかし、米国は、その危機の震源地であったにもかかわらず、いち早く危機から回復したように見えます。例えば、危機による落ち込みから危機前のピークに戻るまでの期間で見ますと、実質GDPは約3年で回復していますし、名目GDPの場合には約2年で取り戻しています(第1図)。

 もっとも、資産価格では、多少状況は異なります。特に住宅価格(ケース・シラー全米指数)の場合には、バブルの生成と崩壊があったので、依然として2006年頃のピークには戻っていませんし、当面戻ることは期待できないように思えます。しかし、その住宅価格でさえ、2011年後半からは上昇傾向を示すに至っています。また、株価(ダウジョーンズ平均指数)は、2007年後半のピークを5年余りで取り戻しています(第2図)。

【日本の復元力】

 実は、日本の動きは、このような米国の動向とは対照的なものとなっています。日本は、震源地ではなかったにもかかわらず、危機前の水準に戻るのに時間がかかっており、多くの経済指標は未だに取り戻せてはいません。

 例えば実質GDPは、2008年第1四半期にピークに達した後、大きな落ち込みを示し、2009年以降は回復傾向にありますが、完全に取り戻すことなく今日に至っています(2013年第4四半期でもまだわずかに下回っています)。名目GDPは、落ち込んだ後、あまり力強い回復を示しておらず、直近時点でも、まだピークを約7%下回る状態にあります(第3図)。

 資産価格の面でも同様です。株価(日経平均)は、約7年たってもピークにまで戻してはいませんし、地価(市街地価格指数<住宅地>)に至っては、未だに1990年代初頭のバブル崩壊後の水準調整局面にあり、明確な上昇基調は見られません。

【復元力の違いの理由】

 このような違いは、どのように説明できるのでしょうか。

 一般的には、米国の経済構造の柔軟性、市場メカニズムの機能性にその原因が求められるようです。価格が柔軟に変化し、それに応じて各主体が速やかな調整を行うことによって、経済は新たな均衡に至っている、というイメージです。これに対して、日本の場合には、経済構造が硬直的であり、規制・慣習が市場メカニズムの機能を制約しているので価格の変化が限られており、調整が遅い、というのが説明になります。

【対照的な労働市場の状況】

 しかし、実はこの説明は、労働市場には当てはまりません。労働市場においては、日米は、今見てきたのとは全く逆の動きを示しているのです。

 米国の失業率は、直近の2014年3月でも6.7%に止まっており、危機前の最低水準の4.4%には遠く及びません(第5図左)。これに対して日本の失業率は、2013年6月には危機前の4.0%を下回り、2014年には3.6%にまで低下をしています(第6図左)。

 これに対応するかのように米国の賃金水準は危機の前後を通じて、一貫して上昇を続けていたのに対して、日本の賃金水準は危機後に下落をしています。あたかも米国では数量調整が、日本では価格調整が行われているような動きになっているのです。

 ひとつ注意をしておくべきことは、日米両国では高齢化が進行しているということです。一般に高齢化が進行すると労働参加率が低下するので、労働力人口がそれだけ減少します。このことは、労働需要の方に変化がなければ、失業率を低下させる方向に寄与することを意味します。日本の場合には、そのことで失業率の低下が助けられたという面はあります。しかし、逆に米国の場合には、高齢化があったにもかかわらず、失業率の低下が限定的だということになります。

【長期失業者増加の背景】

 それでは、労働市場における日米の動向の違いは、何によってもたらされているのでしょうか。

 米国の失業率の内容をみると、特に目立つのが長期失業者の増加です(第5図右)。この背景の一つには、レイオフの変化がある可能性があります。レイオフは勤続年数(シニオリティ)の短い順に一時解雇し、長い順に再雇用する制度です。これが機能していれば長期失業は防げるはずです。しかし、近年、事業転換の動きや産業構造の変化から、こうした機能が変化している可能性があります。

 しかし、そうなりますと、長期間失業している人は技能の陳腐化が起こり、ますます雇用されにくくなり、失業がさらに長期化するおそれがあります。このような現象(「履歴効果」あるいは「ヒステリシス」と言われています)は、欧州の長期失業の背景にある要因として指摘されてきた現象ですが、これが米国でも起こっている可能性があるのです。

 このような現象は、日本では相対的に起きにくいと考えられます。もともと終身雇用制をとっており、解雇が生じにくいシステムになっています。このため、景気が悪化しているような時期には、「雇用保蔵」とか「企業内失業」とかという言葉で表現される現象を生み出すことになります。確かに業務にはついていないという意味では失業状態にあります。しかし、雇用者は企業内に止まっているので、長期失業化する可能性はそれだけ低いことになります。

 しかも、日本では政府が企業による雇用維持を後押しするような政策を実施してきました。「雇用調整助成金制度」がそれです。企業が雇用者を(解雇ではなく)休業させたり、研修させたりする場合に、その期間の賃金を政府が補助してきたのです。

【雇用維持と事業転換】

 このように、日本では、官民の努力によって失業が抑制され、失業の長期化を防止する効果をもたらしていたと考えられます。しかし、だからと言って問題がないわけではありません。

 残念ながら、日本においても長期失業者(失業期間6カ月以上)は、まだ危機前の水準にまで戻っていないのです(第6図右)。ということは、日本の失業率低下は、もっぱら6カ月未満の短期失業者の減少によってもたらされているということになります。これは、雇用調整しやすい非正規雇用者が増えていることに対応しているものと考えられます。

 しかも、こうした企業内の雇用維持によって、企業は事業の効率化・再構築、あるいは事業転換のインセンティブが失われてしまう恐れがあります。第7図で見られるように、日米では労働生産性の伸びに大きなかい離が生じていますが、これがそうしたことの結果を示している可能性があります。

 ショックに対して頑健でありながら、持続的な経済成長と安定した雇用を実現できるような経済システムとは何か。以上のことは、このことを考える必要性を示しているように思えます。