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齋藤潤の経済バーズアイ (第26回)

円安で輸出はもっと伸びるはず?

 

2014/05/14

【円安でも伸び悩む輸出?】

 2013年度の国際収支統計が発表になり、改めて円安の効果が注目されています。発表によりますと、2013年度の経常収支は、前年度比81.3%減の7899億円の黒字となり、現行統計でとれる1985年度以降では最少の黒字となりました。その最大の原因は、貿易収支が前年度比ほぼ倍増の10兆8642億円の赤字となり、比較可能な1996年度以降で最大の赤字幅となったことにあります。

 それでは貿易収支の赤字がこれほど大幅に拡大したのはなぜでしょうか。一般的には、輸入の増加(前年度比19.6%増)については、東日本大震災以降、液化天然ガス(LNG)等の燃料輸入が増加していることが挙げられています。他方、輸出については(前年度比12.2%増)、「円安にもかかわらず輸出は伸び悩んだ」として、その理由を円高局面の下で進展した生産拠点の海外移転などに求められています。

 しかし、「円安にもかかわらず輸出は伸び悩んだ」とはどういう意味でしょうか。これは、裏を返せば、「円安であれば輸出はもっと伸びるはずだ」ということになりますが、現状においてそのように言うことはできるのでしょうか。

【外貨通貨建て輸出価格はほぼ横ばい】

 「円安にもかかわらず伸び悩んだ」、あるいは「円安であれば輸出は伸びるはずだ」という見方の背後には、円安になれば、外貨建て輸出価格が引き下げられるはずで、そうなれば価格競争力が高まることによって輸出数量が増加するはずだという考え方があるように思います。しかし、現実には、円安になっても外貨建て輸出価格は引き下げられていません。

 外貨建て輸出価格の動向を、日銀が発表している契約通貨建てベースの輸出物価指数で見てみましょう。名目実効為替レートによれば、2013年度は前年度比17.7%の円安でした。それに対して、同年度の契約通貨ベースの輸出物価指数は、前年度比で2.1%の下落にしかなっていません(図表参照)。つまりほとんど引き下げられていないのです。それでは円安の影響はどこに出ているかと言うと、円ベースの輸出物価指数の動きに表れています。円ベースでみると、輸出物価指数は前年度比10.3%の大幅な上昇になっているのです。

【低い為替転嫁率】

 このような現象は、為替転嫁率が低いことによってもたらされます。為替転嫁率(パス・スルー率とも言います)とは、為替変動の影響が外貨建て輸出価格に転嫁される程度のことを言います。円建て輸出価格が一定で、為替変動の影響が全て外貨建て輸出価格に表れている場合には、為替転嫁率100%ですが、逆に外貨建て輸出価格に全く影響がなければ、為替転嫁率は0%です。日本の現状は、この後者のケースに近いということになります。(例えば、近年は10%程度まで低下しているという実証分析があります。内閣府「為替変動の輸出物価への影響分析」(政策課題分析シリーズNo.5、2009年)を参照して下さい。)

 実は為替転嫁率が低いという現象は、最近までの円高局面でも見られました。円高になると、外貨建て輸出価格を引き上げることが一つの選択肢ですが、そうなると輸出数量が減少し、市場シェアを奪われることになります。そこで、日本企業は市場シェアを維持することを最優先にし、円高でも外貨建て輸出価格を維持することの代わりに、円高の影響は円ベースの輸出価格の引き下げで吸収することにしたのです。例えば、大幅な円高が進展した2007年度から2011年度にかけて輸出物価指数は、契約通貨ベースは累積で4.2%しか上昇していない一方、円ベースでは同じく累積で20.8%も下落しているのです。したがって、この時期の円高による輸出金額の減少は、輸出数量の低下ではなく、円ベースの輸出価格の低下によってもたらされたと言えます。

 今回の円安局面では、この円高局面と同じことが逆向きに起こっていることになります。円高時に外貨建て輸出価格を引き上げていないのに、円安時に外貨建て輸出価格を引き下げるわけにはいきません。それこそ円安ダンピングの疑いをかけられてしまいます。そこで、引き続き外貨建て輸出価格を一定にしておいて、円安のメリットはもっぱら円建て輸出価格の引上げによって享受しているわけです。したがって、「円安であれば輸出が伸びるはずだ」というとき、それが「輸出数量が伸びるはずだ」という前提があるとすれば、そうなるようなことは企業の価格設定行動の現状からして考えられない、ということになります。

【低い輸出の価格弾性値】

 実は、外貨建て輸出価格を一定に保つことは、輸出金額を最大化するという面から見て、合理的な行動であるとも言えます。最近の輸出数量関数の推計結果を見ると、輸出数量の価格弾性値は1を割っています。例えば、平成25年度の経済財政白書によれば、長期の累積で見てもマイナス0.79となっています。つまり、外貨建て輸出価格が1%下落した時、輸出数量は0.79%しか増加しないということです。この結果、仮に1%の円安があった時、円建て輸出価格を一定にして、外貨建て輸出価格を1%引き下げたとすると、価格×数量としての輸出金額が外貨建てベースでは減少し、円ベースでも0.79%の増加に止まることになります。そういう意味では、輸出金額を維持するためにも、外貨建て輸出価格を維持し、円ベースの輸出価格を引き上げた方が良いということになります。円ベースの輸出価格が1%上昇することは、輸出数量は一定ですから、そのまま円ベースの輸出金額の1%増加につながるからです。

 今、輸出の価格弾性値が低いといいましたが、実はこのことは生産拠点の海外移転と関係している可能性があります。直接投資が輸出を完全に代替し、その分輸出が減少してしまうこと(直接投資の輸出代替効果)はもちろん考えられますが、新しい海外の生産拠点に対する国内からの中間財輸出等が増加すること(直接投資の輸出誘発効果)も考えられます。一方で完成品輸出は減少するかもしれませんが、他方で中間輸出が増加するわけです。そして、このような貿易は、親企業と現地法人との間の貿易、すなわち実質的に同一企業内での取引になっていると考えられます。そうなると、為替レートが変化したからといって取引量を変化させることは困難になります。その結果、輸出の価格弾性値が低下している可能性があるのです。

 円安の輸出への影響は、直接投資による生産拠点の海外移転によって小さくなっているとしばしば言われますが、それは多くの場合、上記の直接投資の輸出代替効果を念頭に、輸出金額が小さくなることによってもたらされると考えられているように思われます。しかし、輸出誘発効果があることを考えると、価格弾性値の低下を通した影響も視野に入れておくべきように思います。

【円安の効果は輸出の現状に表れている】

 以上のように考えてみると、「円安にもかかわらず輸出が伸び悩んでいる」と単純に言い切ってしまえるほど事態は簡単ではないように思います。むしろ、①為替転嫁率が低く、②輸出の価格弾性値も低い現状にあっては、円安の効果は輸出の現状に十分に現れていると評価すべきではないでしょうか。円安の輸出金額への影響は、現状においては、輸出数量を増加させることではなく、円ベースの輸出価格を引き上げることによってもたらされているのです。