雇用の逼迫は成長の天井にあらず
2014/06/16
【有効求人倍率は1超、GDPギャップはゼロに】
雇用の逼迫感が強まっています。失業率は、本年4月の季節調整値で3.6%にまで低下しています。有効求人倍率も、同じ季節調整値で2006年7月以来、ほぼ8年ぶりに1.08にまで上昇しています。こうした状況を反映して、建設業、小売業、飲食業を中心に働き手の確保が難しくなっているという話が聞かれるようになってきました。このままでは、働き手を確保できない企業は事業が継続できなくなってしまうという懸念も出てきています。
こうした雇用の逼迫状況は、GDPギャップが縮小しているという事実にも反映しています。日銀は2013年10~12月期でそれがほぼゼロになったとの試算を示しました。また、内閣府も、駆け込み需要の結果、成長率がかなりかさ上げされているとはいえ、2014年1~3月期にマイナス0.2%まで縮小したと発表しました(したがって、日銀の同四半期の試算値はプラス1%台半ば程度になっているはずです)。足元では、現実GDPが潜在GDPにほぼ一致する水準まで増加したことになります。
しかし、このことは、経済成長が天井にぶつかって、これ以上の成長が難しくなっていることを意味しているわけではありません。以下では、この点について少し考えてみたいと思います。
【雇用形態によって異なる逼迫感】
そもそも、雇用が逼迫しているということは事実でしょうか。有効求人倍率を原数値で見ると、昨年10月以降、1.00を超えています(2月1.12、3月1.10、4月1.00)。これを見る限り、かなりの改善をしていることは確かです。業種別に見ると、ほとんどの業種で新規求人が昨年の水準を大幅に上回っています。
しかし、図にもあるように、実は同時に発表されている正社員求人倍率(原数値)をみると、依然として1.00を大幅に下回っているのです(2月0.67、3月0.65、4月0.61)。つまり、正社員の求人はまだ少ないのです。にもかかわらず、なぜ有効求人倍率が高いかと言うと、それは非正社員に対する求人が多いからです。特に、アルバイトは引っ張りだこです。常用、非常用を合わせたアルバイトの有効求人倍率は、同じく図にあるように原数値で2012年7月から1を上回っており(2月1.49、3月1,49、4月1.29)、時給も急速に上昇しています。現在の雇用の逼迫感は、このように正規と非正規で状況が異なっており、雇用者の全体的な不足では必ずしもないのです。
【正規と非正規間の待遇格差改善のチャンスに】
この結果、労働市場の二重構造にも変化がみられるようになっています。優秀な人材を十分に確保するために、アルバイトを正社員化する動きもあります。また、その際、地域正社員と言われるような新しいカテゴリーの正社員も生まれています。せっかくこのような動きがみられてきたわけですから、現在の非正社員の逼迫状況を活かして、正社員と非正社員の待遇格差を改善する好機とすべきです。
【潜在GDPを平均概念で考える】
ところで、雇用が全体として逼迫すると、その時、「成長の天井」に突き当たることになるのでしょうか。この点を考えるためには、どの潜在GDPの考え方をとっているのかについて確認をしておく必要があります。潜在GDPには、最大概念に基づくものと、平均概念に基づくものとの二種類あるのです。
最大概念とは、潜在GDPを資本や労働を最大限投入した時に実現されるGDPを潜在GDPと定義しようという考え方です。潜在GDPを潜在的に達成可能なGDPというように考えるのであれば、直感的には分かりやすいものだと言えます。しかし、最大概念の難点に一つは、物価動向との関係が分かりにくいことです。最大概念を前提にすると、現実GDPが潜在GDPと一致するのが稀(まれ)で、ほとんどの場合、現実GDPは潜在GDPを下回っており、いつもGDPギャップはマイナス、すなわち需要不足ということになってしまいます。これでは、デフレを説明できたとしても、インフレは説明することはできません。このこともあって、現在、最大概念は用いられることはなくなっています。
これに対して、現在一般的になっているのは、平均概念で考える潜在GDPです。内閣府も日銀も、国際機関もこの考え方に則して、潜在GDPを考えています。この考え方によると、潜在GDPは、「経済の過去のトレンドからみて平均的な水準で生産要素を投入した時に実現可能なGDP」(内閣府)のことです。これだと、潜在GDPは、現実GDPの循環的な変動を貫く趨勢に対応することになり、GDPギャップも、マイナスのこともあれば、プラスのこともあるということになります。物価動向も、それに対応して説明可能になるわけです。
仮に潜在GDPを平均概念で捉えるのであれば、GDPギャップがゼロになっても、それは労働を過去の平均程度に使用していることを意味するだけで、その後も、平均を上回る水準で使用することは十分に考えられるのです。したがって、潜在GDPを平均概念で考えれば、GDPギャップが仮にゼロになっても、そのことと「成長の天井」に到達するということとは違うということになります。
【労働を資本で代替する】
もっとも、こう言うと、GDPギャップが大幅なプラスになったらどうなるのか、その時にこそ「成長の天井」に突き当たるのではないか、と思われるかもしれません。そのことを考えるためには、次に、潜在GDPを求めるときに、どのような生産関数を想定するのかという問題を検討することが必要になります。
確かに、資本と労働の関係が固定していて、その間に代替が効かなければ、労働を使い尽くしたところで、「成長の天井」に突き当たることになります。このような関係を想定している生産関数はレオンチェフ型生産関数と言われるものです。しかし、資本と労働の間に代替がきかないというのは、かなり非現実的な想定のように思います。
これに対して、現在、潜在GDPを試算するときに用いられている生産関数は、コブ=ダグラス型の生産関数と言われるもので、資本と労働の要素価格の比が変化すると、それに対応して資本と労働の間に代替が効くことを前提にしています(より正確には、代替の弾力性が1であるような生産関数)。これは、具体的には、雇用が逼迫して賃金が上昇したら、労働を節約するような設備投資が行われるということに対応しています。これはごく自然のことですし、現在の景気局面でもこのような動きが顕在化してくるはずです。そう考えると、雇用が逼迫すれば「成長の天井」に突き当たると考える必要はないということになります。
もちろん、上昇した賃金を払ったり、省力化投資を行うために銀行借入をしたりすることは、企業にとっては負担です。また、仮に、それを不可能にするような制約要因があるのであれば(例えば、資金割当が行われている)、そうした制約要因をなくすことが必要です。しかし、そうした問題がないのであれば、賃金の上昇は労働の希少性が増した結果であるので、日本経済としても、これに対応することが求められるのは当然です。また、そのような対応が進むことによって、我が国の産業構造は、より資本集約的なものに移行することができることになるわけです。
【外国人労働者の受け入れ拡大】
雇用の逼迫に直面する中で、現在行われようとしているのが、技能実習制度の対象を拡大することを通じた外国人労働者の受け入れ拡充です。技能実習制度の趣旨は途上国への技術移転ということにあります。従って、日本が労働力不足に直面するからこの制度を拡充することは本来の趣旨からは外れているように思います。そのため、例えば、景気に陰りが見え始めた時に、外国人労働者に対してどのような対応をとるのか、将来に課題が残されたように思います。
しかし、その点は別にしても、外国人労働者の受け入れを拡充することは、先ほどの議論の延長からすると、賃金の上昇を抑え、資本集約的な産業構造への転換の動きを抑制することになります。この結果、労働集約的な財生産に比較優位のある発展途上国や新興国と競合することになります。これは日本経済の長期的な進路に大きな影響を及ぼすことになる選択です。
外国人労働者の受け入れ問題については、昨年11月の当コラムで検討しました。そこでも指摘したように、急速に進展しつつある人口減少・高齢化という現象の下で、引き続き経済成長を続ける必要があるとすれば、外国人労働者の受け入れは不可避の選択のように思います。しかし、そのためには、産業構造への影響も含めて、将来の日本の「国のかたち」を決めるという覚悟で、国民が選択する必要があります。その議論が不十分なまま、当面の労働力不足のためだけに外国人労働者を受け入れることは、いずれ多くの問題を顕在化させるのではないかとの懸念を抱かせます。
バックナンバー
- 2023/11/08
-
「水準」でみた金融政策、「方向性」で見た金融政策
第139回
- 2023/10/06
-
春闘の歴史とその経済的評価
第138回
- 2023/09/01
-
2023年4~6月期QEが示していること
第137回
- 2023/08/04
-
CPIに見られる基調変化の兆しと春闘賃上げ
第136回
- 2023/07/04
-
日本でも「事前的」所得再分配はあり得るか?
第135回