米国住宅バブルへの警戒
2014/07/16
6月30日に発表になった国際決済銀行(BIS)の2014年の年次報告は、世界的な金融緩和の下で、新たなバブルが発生する可能性があることを示唆しました。同報告によると、世界的な金融緩和が低金利とボラティリティの低下をもたらし、高利回りを求める動きを積極化させているため、「マーケットの活況とその基礎となる世界経済の現状との間に整合性がないことは否めない」と警鐘を鳴らしています。
同報告は、主として金融資産市場の分析に基づいてそのような結論に達しています。しかし、同様のことは実物資産市場についても言えるのではないでしょうか。特に不動産市場には十分な警戒が必要であるように思われます。
以下では、こうした観点から、米国の住宅価格の現状を概観し、バブルの可能性について論じたいと思います。
【上昇を続ける米国の住宅価格】
米国の住宅市場については、「最近、ほとんど回復が見られない」(7月15日に行われた米国連邦準備制度理事会のイエレン議長の議会証言)という評価が一般的です。確かに、住宅着工件数を見ても、2009年を底に、2012年までは緩やかに回復してきましたが、2013年に入って横ばいの動きが続きました。ようやく4月、5月になって伸びが高まっていますが、それが持続するかは不透明です。
しかし、それに比較して、住宅価格は、2012年以降、高い伸びを続けています。日本での土地バブルの崩壊を経験した者にとっては、この上昇は予想より早く始まり、そのペースも予想より早いものとなっています。
その点をもう少し詳しく見てみましょう。図表1を見ても分かるように、2004年頃から始まった米国の住宅バブルは、2006年半ばまで上昇を続けましたが、その後崩壊し、それをきっかけに、サブプライム住宅ローン問題が顕在化しました。やがてそれが2008年9月のリーマン・ショックを契機とした世界的な金融・経済危機へと発展していったことは、未だに記憶に新しいところです。
こうした経緯からして、当然、震源地である住宅価格は長期にわたる調整過程を辿るものと思われました。同じくバブルを経験した日本の住宅地価格は、図表2にあるように、1991年にピークを迎えた後、下落を続け、下落幅が縮小してきてはいるものの、20年以上経過した今でも下落を続けているからです。これに対して、米国の住宅価格は早くも2009年春には底を打ち、しばらく低迷を続けた後、2012年春から上昇傾向に転じています。2014年4月も前年比10%を超える上昇となっており、住宅価格の先物取引(ただし主要10都市指数について)にも、2017年までの上昇が織り込まれています。これだけを見ても、米国の場合には、バブル後の調整が十分に行われないまま上昇が始まっているように思われるのです。
【米国住宅価格の上昇の背景】
実際、米国の住宅価格がファンダメンタルズから乖離しつつあることを示唆するような動きを確認することができます。
まず、家計の住宅ローンの借入能力の基礎となる名目可処分所得を見ると、決して高い伸びを示していません。2011年に4.8%増となった後、2012年には3.9%増に鈍化し、2013年には1.9%増にとどまっています。しかも、この間、名目長期金利はむしろ上昇したことを考えると(2012年の平均1.78%から2013年の平均2.33%に)、家計の住宅取得能力が高まったことが住宅価格の伸びをもたらしたと説明することはできません。むしろ、住宅価格が先行して上昇していることから、家計は住宅を取得しにくくなっているものと思われます。
にもかかわらず、住宅販売件数を見ると、少なくとも2013年半ばまでは好調な伸びを続けています。2013年には新築住宅は前年に比べ16.4%増、既存住宅も同9.3%増となっています。既存住宅の中でウエートの高い既存住宅家族向け一軒家も8.6%増となっています。住宅販売件数は、長期金利の上昇もあって2013年後半には少し低迷しましたが、2014年に入って再び持ち直しています。こうした結果、住宅在庫も、2012年半ば以降、販売6カ月分を下回る水準で推移をしています。
このように住宅販売が好調な伸びを続けている背景には、次のようなことがあると考えられます。
第1に、連邦住宅局(Federal Housing Administration; FHA)が、積極的に低所得者層に対する住宅取得支援をしていることです。
金融危機後、米国の金融機関の住宅ローンに対する貸出態度は厳格化しましたが、FHAの新規住宅取得用の住宅ローンの融資条件は緩く、所得やクレジット・スコアが低くても融資を受けることが可能で、頭金も最低3.5%あれば良いとされています。このようなFHAの住宅ローンが全住宅ローンに占める割合は、4割近くあった2009年頃よりは低下していますが、それでも現在なお2割強はあります。こうした事実は、必ずしも十分な返済能力がない家計が住宅を取得していることを示しており、決して持続可能ではないことをうかがわせます。
実際、FHAの住宅ローンの債務不履行率は高く、こうした住宅ローンのシェアが高いことについては、例えば住宅ローンリスク指数(Mortgage Risk Index)を作成しているAEI(American Enterprise Institute)も警告を発しています。
第2に、高リターンを求める投機資金が、住宅市場に流入してきていることです。
特に注意を要するのは、資産運用会社などが、金融危機後に差し押さえられ競売に出された物件を大量に購入してきた事実です。彼らはこれを家族向け賃貸住宅として賃貸し、それによって得る家賃収入を裏付けに、新しい証券化商品の販売を開始しています。REO-to-rental債(REOはReal Estate Ownedの頭文字)あるいはSFR(Single-Family Rental)債と呼ばれるこうした証券は、昨年10月に初めて発行されましたが、後を追うように発行する動きもあり、住宅市場に投機資金が流れ込む重要なチャネルになる可能性があります。このことは、住宅価格の一層の上昇をもたらす要因にもなると考えられます。
【超金融緩和の長期化のリスク】
こうした背景にあるのが米国における超金融緩和状態であることは否定できません。
金融危機への対応策として採用された非伝統的な金融政策は、ゼロ金利と資産購入を通して、米連邦準備制度(以下FED)のバランス・シートを大幅に拡大させてきました。その結果、超金融緩和状態がもたらされ、米国の景気は緩やかな回復を続け、物価面でもデフレ懸念を脱することができるようになりました。しかし、他方で、雇用情勢の改善が思わしくないことから、超金融緩和状態が長期化する事態となっています。
過去の住宅バブルの経験を振り返ったとき、必ず金融緩和が背景にあったことには注意を払う必要があります。もちろん、金融緩和が進めば、必ずバブルが起こるわけではありません。金融緩和政策を採用しても、実体経済が速やかに反応し、バブルの兆候が出てくる前にそれから退出できれば問題はありません。しかし、金融緩和政策を採用しても、実体経済がなかなか反応をせず、そのため緩和政策が長期化したときに、そこで生み出された過剰流動性が資産市場に流れ込んでバブルを発生させることになります。米国の現状は、こうした状況の兆しが出ていることを示しているように思われます。
【マクロ・プルーデンス政策の観点から警戒が必要】
以上のような状況にあるのもかかわらず、米国では、依然として住宅バブルに対する警戒感は十分ではないように見えます。FEDのフォワード・ガイダンスにバブルへの言及はありません。また、前述のイエレン議長の議会証言でも、「不動産や株式、社債の価格はいくぶん上昇した」ものの、それらは「歴史的に見て正常な範囲内」と言及するのにとどまっています。
もっとも、これはFEDが前回の住宅バブルは金融緩和のせいではないとの見方(例えばバーナンキ前連銀議長のスピーチ“Monetary Policy and the Housing Bubble”(2010年1月))を取っていることの反映かもしれません。あるいはバブルは金融政策では防げないというFED Viewに因るのかもしれません。
しかし、このような警戒感は、本来、米国においてマクロ・プルーデンス政策を担当しているはずの金融安定監督協議会(Financial Stability Oversight Council; FSOC)でさえも十分に持っていないように思われます。FSOCの2014年年次報告(5月7日承認)を見ても、その関心はもっぱら金融市場に集中しており、住宅価格の動向に関する記述はあっても十分な分析は認められません。「表面化しつつある潜在的な脅威」の一つとして前述のREO-to-rental債の発行にも触れていますが、そこでも「新しい動きなので、住宅金融、賃貸人、投資家にどのような影響を及ぼすかは不確実である」と述べるにとどまっています。
バブルは不動産市場でも起こるし、その影響は非常に大きいものがあることはこれまでの経験の示すところです。不動産市場そのものの分析を行い、バブルの可能性についてしっかりチェックを行うことによってこそ、初めてマクロ的なリスクを予防するという任務が果たせるように思われます。バブルが顕在化する前に、そうした観点からの監視が強化されることになるのか、注視していきたいと思います。
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