景気の現状を評価する
2014/10/16
【予想を超える景気の低迷】
景気の現状は、4月の消費税率引き上げ前に予想されていたのに比べ、下振れをしています。消費税率引き上げのマイナスの影響は、それが実質購買力を削ぐ効果だけでなく、その後に駆け込み需要の反動が訪れることを含め、かなりの程度予想されていました。消費税率引き上げの幅からして、そのマイナスの影響が前例よりも(1997年の消費税率引き上げ時よりも)大きくなるとも予想されていました。
しかし、消費税率引き上げ後の景気動向は、そうした予想をも下回るものだったのです。それを示すものとしては、例えば鉱工業指数の推移が挙げられます。第1図が示すように、生産指数は本年1月にピークを記録した後、低迷を続け、8月においてもなおピーク時を約8%下回る水準にとどまっています。予測指数は9月に6%の増加を見込んでいますが、最近の予測指数は上方に外れることが多い(実現率がマイナスになることが多い)だけに、この予測も楽観的である可能性が高いように思います。
楽観的な予測が現実に裏切られたことは、日銀短観の業況判断DI(景気が良いとみる企業の割合と景気が悪いとみる企業の割合の差)を見ても分かります。10月1日に発表された9月短観によると、9月のDIは業種や企業規模を問わず、多くの場合6月の予測を下回っています。最も注目される大企業製造業で見ると、6月時点では9月には15に上昇するだろうという予測でしたが、実際に9月になった時点での判断は13にとどまっているのです。
こうしたことのしわ寄せは在庫の増加に現れています。同じく第1図が示しているように、本年2月に最近における最低水準を記録した後、増加トレンドにあり、現在の在庫水準、あるいは在庫率水準(在庫の出荷に対する比率)は、直近の景気後退局面である2012年後半の水準に匹敵しています。今後、出荷の大幅な増加が期待されない限り、在庫水準を引き下げるための在庫調整(生産抑制)に進むことは必至のように思われます。
【天候不順の影響】
なぜ予想を超えた景気低迷が続いたのでしょうか。
第1に考えられるのは、今夏の天候不順です。本年8月の天候は異常で、西日本の降水量は記録的な多さでした(特に西日本の太平洋側の降水量は平年の301%を記録し、1946年以降では最高となりました)。また、8月の西日本の日照時間も記録的な少なさでした(特に西日本の太平洋側の日照時間は平年の54%しかなく、1946年以降では最低でした)。
こうした天候不順は、地域経済に大きな影響を及ぼすことになりました。景気ウオッチャー調査の景気の現状判断に関するDIを見ると、消費税率が引き上げられた本年4月に大きく落ち込んだのち、徐々に改善をしていましたが、8月には再び下落に転じています。8月のこのような下落は、特に西日本(中国、四国、九州、沖縄)で大幅でしたが、こうしたことも天候不順の影響をうかがわせるものではないかと思っています。
【実質賃金所得減少の影響】
もし最近の景気低迷が天候不順の結果であるならば、その影響は天候不順が収まるにつれて徐々に解消されていくものと期待できます。しかし、天候不順以外にも景気低迷をもたらした要因が考えられます。第2に考えられるのは、消費税率引き上げ以降に顕著になった実質賃金所得の減少です。
第2図は、実質賃金所得の推移と、それに対する名目賃金所得と消費者物価の寄与を示したものです。ここでは、賃金所得を就業者数に雇用者1人当たり賃金を乗じたものとしていますが、それによると、名目賃金所得は2013年以降、増加を示しています。特に2013年中に寄与が高かったのは、就業者数の増加でした。しかし、2014年に入ると、1人当たり賃金の寄与も顕著になってきています。
この間、消費者物価指数は徐々にその伸びを高め、本年4月以降は、消費税率引き上げの影響も含め、3%を上回る伸びとなっています。名目賃金所得も増加しているとはいえ、その伸びはこの間の消費者物価指数の伸びを下回っていますので、実質でみた賃金所得はマイナスの伸びを示すようになっています。
消費者物価指数が名目賃金所得の伸びより高い伸びを示した背景には、消費者物価指数の伸びの中に、円安の影響が含まれていることと関係があると考えられます。もし消費者物価指数の伸びが総需要の伸びの結果もたらされたGDPギャップの縮小(総需要の総供給に対する相対的な増加)に起因するものであったならば、名目賃金所得もより高い伸びを示していたはずです。しかし、現実には円安の影響が強く、それは交易条件の悪化を意味するので、名目賃金所得には下押し圧力となっているのです。
【景気低迷が長期化する懸念】
もし実質賃金所得が現在の景気低迷の背景にあるとするならば、こうした状態はまだしばらく続く可能性があります。
第1に、直近まで見られていた円安傾向が続けば、実質賃金所得に対する下押し圧力をさらに強める可能性があるからです。
第2に、円安は輸出企業の企業収益にとってはプラスの効果を持つかもしれませんが、それが実質賃金所得に対する下押し圧力をすぐに相殺することにはならないと考えられるからです。企業収益が改善しても、それは内部留保を増加させるだけとなる可能性があります。また、仮に賃金や雇用に結び付くにしても、それは直ちには現れず、来春の新規採用や春闘、あるいは夏のボーナスの機会をとらえて実現する可能性が高いのです。
第3に、世界経済の予想外の低迷で、今年度の企業収益は、水準は高いにしても、前年度に比べ減益となる可能性があるからです。そうなると、名目賃金所得にとっては下押し要因が強まることになります。
こうした懸念が現実化すれば、現在の景気低迷は長期化する可能性があります。現在を振り返ってみたとき、既に景気後退局面に入っていると判定されている可能性は否定できないように思います。
【景気と消費税率引き上げ】
景気の現状評価は、今年末までに行われなければならない来年10月の消費税率引き上げの判断との関係で注目されています。しかし、現状において、1997年の引き上げ時にあったような不良債権問題など、金融システムが景気後退に耐えられないような問題を抱えているわけではありません。他方、消費税率引き上げが中止されれば、我が国の財政再建に向けた努力のクレディビリティが大きく損なわれるリスクがあります(この点に関連しては2013年8月の経済バーズアイをご参照ください)。現在のような景気動向であれば、消費税率引き上げの妨げにはならないのではないでしょうか。
困難な状況下での決断にはなりますが、長期的な視点に立った判断が必要とされています。
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