「家計貯蓄率マイナス時代」の幕開け
2015/01/13
【2013年度にマイナスに転じた家計貯蓄率】
国民経済計算年報の2013年度確報(フロー編)が、昨年の12月25日に発表になりました。それによると、2013年度の家計貯蓄率は、ついにマイナスに転じたとのことです。
日本の家計貯蓄率の水準は非常に高いというのが、従来の常識でした。実際、1970年代の半ばには23%を超える水準にありました。この時期、「日本の家計貯蓄率はなぜ高いか」というのが経済学の論文のテーマとしてしばしば取り上げられていたほどです。
しかし、その後、長期にわたって緩やかな低下傾向を示すようになり、図表1でもわかるように、2007年度にはほとんどゼロにまで低下しました。しかし、日本経済はちょうどこの時から世界的な金融・経済危機に巻き込まれ、その影響もあって家計貯蓄率は一時的に持ち直します。しかし、それもつかの間、2010年度から再び低下をはじめ、ついに2013年度に-1.3%(2013暦年は-0.2%)を記録するに至ったのです。家計貯蓄率の数値は、国民経済計算の上では少なくとも1955年以降からとれますが、マイナスになるのは、その1955年以降では初めてのことです。
【背景にある人口高齢化要因】
家計貯蓄率がマイナスになった背景には、言うまでもなく人口高齢化という現象があると考えられます。それを裏付けるようなデータは、毎月約9000世帯の家計を調査している家計調査に求めることができます。
(1)高齢な勤労世帯で低い貯蓄率
例えば、世帯主が勤労者であるような世帯(いわゆる勤労者世帯)の2013年における平均消費性向(1から家計貯蓄率を引いたものに相当)を世帯主の年齢階級別でみると、図表2でも分かるように、世帯主の年齢が高まるにつれて上昇する(貯蓄率は低下する)傾向が見て取れます。これは、家計の収入が世帯主の年齢が40代、50代の時にピークを迎え、その後急速に減少するのに対して、家計の消費支出の方は、50代にピークを迎えた後、緩やかにしか減少しないことの結果です。家計の収入に比べ家計消費支出の方が相対的に安定しているというのは、ライフサイクル恒常所得仮説とも整合的なパターンです。
もっとも、今みたデータは勤労者世帯のものでした。その中にはもう定年を迎えて働くのを止め、年金だけで生活しているような世帯は含まれていません。しかし、高齢化ということであれば、そうした世帯の影響も大きいはずです。
(2)無職の単身世帯ではマイナスの貯蓄率
これについては、同じく家計調査から取ることのできる、無職の単身世帯のデータで見ることができます。それによると、単身無職世帯で世帯主が60歳以上である世帯の平均消費性向は130.3%、世帯主が65歳以上である世帯の平均消費性向は124.6%となっています。つまり、そうした世帯の消費性向は、高齢の勤労者世帯のそれよりも高く、しかも100%を超えている(貯蓄率はマイナスとなっている)のです。これもライフサイクル恒常所得仮説と整合的な結果だと言えます。
(3)シェアを高める高齢者世帯
このように、高齢者世帯であればあるほど平均消費性向が高く、無職の単身者であれば100%を超えるという事実と、高齢者世帯の全世帯での構成比が上昇していくということとが組み合わされると、家計貯蓄率が低下し、マイナスにさえなることになるわけです。実際、図表3でも分かるように、世帯主の年齢が65歳以上であるような世帯のシェアは、近年、急速に上昇しています。例えば、2000年と2010年とを比較すると、2000年には23.8%であったシェアは、2010年には31.2%にまで上昇しているのです。
【「家計貯蓄率マイナス時代」は「経常収支赤字時代」でもある】
人口高齢化はまだしばらく続くと予想されます。少なくとも、老年人口指数(65歳以上人口の15歳~64歳人口に対する比率)で見ると、緩やかながら2070年代まで上昇を続けることが見込まれています。そうなると、家計貯蓄率のマイナスも当面は続くことが予想されます。その意味で、2013年度は、今までに経験したことのない新しい「家計貯蓄率マイナス時代」の幕開けの年ということになりそうです。
このことは日本経済の他の側面にも大きな影響を及ぼす可能性があります。そのなかでも重要なのは、対外経済関係への影響です。実は、同じく2013年度の国民経済計算確報によると、海外部門の純貸出/純借入(ほぼ経常収支を逆符号にしたものに等しい)が2013年度にはGDP比で-0.1%(2013暦年には-0.5%)と、ほぼゼロにまで縮小していることが分かります。海外部門の純貸出/純借入は、国内部門全体の貯蓄投資バランスに対応していますが、それがほぼゼロになったということは、家計部門の貯蓄投資バランスが減少したことによってもたらされている可能性が大きいと考えられます。実際、図表4で制度部門別の純貸出/純借入を見てみると、近年、家計部門と海外部門とは対称的な動きを示しており、2013年度にはともにほぼゼロになっていることが分かります。
このことから、「家計貯蓄率マイナス時代」に入ると、経常収支も、黒字が消滅して、赤字時代に突入していくことになる可能性があります。「経常収支赤字時代」の到来です。経常収支の動向を国際収支統計で見てみると、2013年度でも2013暦年でも、まだかろうじて黒字は維持されています。しかし、図表5を見ると分かるように、実は、経常収支とほぼ等しいはずの金融収支(両者の差は、少額の資本移転等収支と誤差脱漏)が、2013年度にはすでに赤字に転じているのです。言い換えると、国際的な資本移動の面ではすでに流入超になっているのです。この点は、日本の金融的な環境を考える上では非常に大きな意味を持っているように思います。金融収支が赤字になっていることは、外国人投資家の影響力が相対的に大きくなっていることを意味しているからです。長期金利の動向などを考える上でも、この点は、極めて重要です。
「家計貯蓄率マイナス時代」の幕開によって、日本経済は大きな転換期を迎えることになります。今後の経済活動や経済運営は、このことをしっかりと認識した上で行われる必要があるように思います。
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