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齋藤潤の経済バーズアイ (第35回)

財政再建と経済成長

 

2015/02/18

 政府は、中期的な財政再建に向けて3つの目標を掲げています。すなわち

  第1に、2015年度までに基礎的財政収支赤字のGDP比を2010年度に比べ半減すること、
  第2に、2020年度までに基礎的財政収支を黒字化すること、
  第3に、2010年度以降、政府債務残高のGDP比を安定的に引き下げること、

の3つです。

 このうち、第1の目標は、2015年度の当初予算で達成のめどが立ったとしていますが、第2と第3の目標については、実現するための取り組み内容が示されていません。そこで、2015年10月から予定されていた消費税率の引き上げを18カ月間延期する代わりに、本年夏までにそれらを実現するための財政再建計画を策定することとなりました。内閣府は2月12日に「中長期の経済財政に関する試算」を公表しましたが、こうした試算結果なども参考にしながら、今後、財政再建計画の策定に向けた議論が進んでいくことと思われます。

 そこで、今回は、その中でも特に注目されている財政再建と経済成長の関係に焦点を当てながら、財政再建のあり方について論点整理をしたいと思います。

【長期金利と経済成長】

 財政再建のあり方に関する議論の出発点は、いわゆる「ドーマーの条件」に求めることができます。それは、次のような恒等式が基になっています。

 ここでDは政府債務残高、Yは名目GDP、iは名目長期金利、gは名目GDP成長率、Gは利払いを除く財政支出、Tは税収を表しています。この式は、左辺で示される政府債務残高のGDP比の変化が、どのような要因によって規定されるかを表す式となっています。

 これによれば、仮に名目長期金利と名目GDP成長率が等しくなれば(すなわちi = gであれば)、右辺第1項は消え、第2項だけが残るので、政府支出と税収が等しい時に(すなわちG=Tのときに)、政府債務残高DのGDP比は前期の水準に維持されることになります。G-Tとは、いわゆるプライマリー・バランス(基礎的財政収支)のことなので(ただし逆符号)、G=Tは、そのプライマリー・バランスが均衡していることを意味します。つまり、名目長期金利が名目GDP成長率に等しくなっているという条件の下では、プライマリー・バランスを均衡させれば、政府債務残高のGDP比が安定する、ということになります。これが「ドーマーの条件」です。したがって、同じ条件の下では、仮にプライマリー・バランスが赤字ならば、政府債務残高のGDP比は上昇するはずだし、vice versa(逆ならば逆になる)ということになります。

 ただし、i(ないしはiとgの関係)については、注意すべき点があります。

 第1に、ここでいう名目長期金利とは何のことか、という点です。単に名目長期金利と言ってしまうと、日々マーケットで決まっている「スポットの長期金利」(例えば「10年物国債の流通利回り」のようなもの)を思い浮かべますが、上式を見ても分かるように、ここで言う名目長期金利とは、既に存在している政府債務残高に支払われる平均名目利子率(いわば「ストックの長期金利」)のことです。これは、現在のスポット長期金利によって決まっているのではなく、過去のスポット長期金利の加重平均によって決まっているものです。

 このことから、次のようなことが起こり得ることになります。例えば、現在のような、超低金利時代から定常状態へ移行していくような時期にある場合には、例えスポット長期金利が名目成長率の高まりによって上昇していったとしても、ストック長期金利はスポット長期金利に向かってより緩やかにしか上昇していかないので(新規発行に伴って徐々にしか変化しないので)、一方でスポット長期金利が名目GDP成長率を上回っており、他方でプライマリー・バランスが赤字であったとしても、政府債務残高のGDP比が低下するようなことが起きてしまうことになります。内閣府が発表した「中長期の経済財政に関する試算」(2015年2月12日)の「経済再生ケース」では、プライマリー・バランスが赤字でありながら、政府債務残高のGDP比が低下していますが、このような現象は、上記のようなことを考慮して初めて理解できることになります。

 第2に、ストック長期金利が長期的には収斂していく先と考えられるスポット長期金利の均衡水準とは、どのようなものなのか、ということです。特に、ここで問題になるのは、スポット長期金利と名目GDP成長率の関係です。

 理論的には、「資本蓄積の黄金律」(1人当たり消費額を最大化させているような状況)が実現されているような定常状態では、実質成長率と資本の実質収益率は等しくなると考えられ、実質成長率が資本の実質収益率を上回るような状態は「動学的に非効率な状態」として排除されます。しかし、このことから直ちに、スポット長期金利と名目成長率も等しくなるはずだということにはなりません。期待物価上昇率とGDPデフレータ上昇率との関係や、資本の名目収益率と安全資産としての公債の利子率との関係を確定する必要があるからです。しかし、これらの点については、まだ整理すべき論点が残されているように思います。

 それでは、過去のデータに照らしてみたらどうでしょうか。図表1は、OECD加盟国のうち、2001年から2014年(OECD推計値)の間のデータが入手可能な国々(29カ国)について、横軸に名目成長率の期間平均、縦軸にスポット長期金利の期間平均をとり、散布図を描いたものです(参考までに45度線も描いてあります)。これによると、スポット長期金利が名目成長率を上回っている国の方がわずかに多いことは事実ですが(18カ国対11カ国)、これだけで両者の大小関係について断定するわけにはいかないように思います(なお、個別にみていくと、米国や英国のようなアングロサクソン系の国々では概して名目成長率の方が高いのに対して、日本やユーロ圏諸国の国々では概してスポット長期金利の方が高いという傾向が読み取れます。金融政策のスタンスとも関連しているように思われ、今後、分析されるべき興味深い結果のように思われます)。

 このような状況の下では、リスク管理の観点から、最も厳しい条件を想定して計画を策定することが望ましいと考えられます。この場合、それは、スポット長期金利が名目成長率を上回る可能性があることも想定して、計画を策定するということになります。そして、そういう想定の下では、上式から、基礎的財政収支がある程度の黒字にならない限り、政府債務残高のGDP比は低下していかないことが分かります。

【基礎的財政収支を改善させる】

 それでは、G-T、すなわち基礎的財政収支のGDP比を改善するためには、どのようにすれば良いのでしょうか。ここでは、①経済成長を高める、②財政支出を抑制する、③財政収入を増加させる、の3つに分けて考えてみたいと思います。

①経済成長を高める

 第1に、経済成長を高めることによる効果です。経済成長を高めることによって、当然、税収の増加(自然増収)が期待されます。GDPが増加すれば、所得税、法人税、消費税のいかんにかかわらず、課税標準が増加するので、税収は増加するはずだからです。

 しかし、GDPが増加した時に、税収のGDP比の方はどうなるのでしょうか。

 確かに短期的には、それまで税金を払っていなかった企業が税金を払えるようになったりするので、税収の伸びは名目GDP成長率を上回って伸びることがあります。しかし、名目GDP成長率が落ち込んだ時には、逆のことが起きて税収の伸びは名目GDP成長率を下回ることになります。そして、長期的にみると、名目GDP成長率が高まっても、税収はそれと同じ伸び率でしか増加しないような結果になっています(言い換えると、税収の名目GDP弾性値は長期的には1になっています)。そうだとすると、名目GDP成長率のいかんにかかわらず、長期的には税収のGDP比は一定ということになります。

 もちろん、このことは、経済成長が財政再建と全く関係ないということを意味しているわけではありません。むしろ、大変重要な意味を持っています。その点は、行論の中で明らかにしていきたいと思います。

②財政支出を抑制する

 第2に、財政支出を抑制することによる効果です。これについては、裁量的な支出と義務的な支出に分けて考える必要があります。

 政府の裁量的な支出とは、公共事業関係のように政府の裁量で支出が決められるという意味です。もちろん、だからといって、それが容易であると言っているわけではありません。それぞれの分野には利害関係者がいるので、その間の調整をする必要があることを考えると、決して容易なことではありません。しかし、他方で、立法処置を必要とするわけではありません。

 このような財義務的な支出を抑制する方法として一番効果があるのは、名目額を削減する、あるいはそれを一定に止めるということです。財政支出のGDP比を考えると、分母のGDPが大きくなるだけ、財政支出のGDP比は低下していくことになるからです。代替案としては、物価上昇分だけ増加させ、実質額を一定にするということも考えられます。分子の財政支出は物価上昇率分でしか伸びないのに対して、分母の名目GDPは、物価上昇率分だけでなく、実質GDP成長率分でも伸びているはずなので、やはり効果があるはずです。このように、裁量的な支出の場合には、財政支出の抑制効果は、名目成長率が高いほど大きくなります。

 他方、政府の義務的な支出の場合には、事情は少し変わってきます。社会保障関係支出のような支出は、立法措置を伴わない限り、大幅な抑制はできません。しかし、社会保障関係支出は、現行制度のままでは、高齢化に伴って増加することはもちろんですが、経済成長に伴って増加する傾向にもあるのです。

 例えば、年金給付の場合、新規裁定者の給付は現役世代の賃金に連動していますし、既裁定者の給付は物価に連動しています。また、医療給付や介護給付は、診療報酬や介護報酬によって決まりますが、それらは結果的には人件費や物件費の動向に影響を受けます。この他、医療給付の場合には、医療技術の向上、医療の高度化によっても増加すると考えられます。いずれにしても、一般的には、社会保障給付は名目GDPが増加すると(同じ率ではないにしても)、やはり増加する傾向にあると考えられるわけです。

 もちろん、社会保障負担の方も経済成長に連動している面があります。年金や医療保険料は、賃金と連動している面があるからです。しかし、社会保障負担の場合には、高齢化や人口減少の影響が大きなマイナスとして効き、負担総額としての伸びは大きく低下するのです。この結果、社会保障基金の収支は悪化し、一部は基金の金融資産を取り崩すことで賄っても、それでは到底不十分であるため、最終的に、政府からの社会保障関係支出(ここでは、中央政府と地方政府から社会保障基金への経常移転)に大幅に依存することになっています。図表2にあるように、2013年度時点の国民経済計算ベースで、それは33兆円近い規模になっています。

 このように、経済成長の高まりは、むしろ政府からの社会保障基金への財政支出を増加させる要因となっているのです。

 この関係は、2015年度になると多少緩和されると予想されます。これまでは機能していなかったマクロ経済スライドが、2015年4月から発動される予定になっているからです。これによって、年金給付が毎年一定率(現在のところ0.9%程度)削減されることになります。このマクロ経済メカニズムのおかげで、結果、年金給付の増加は抑制され、年金給付のGDP比を見ると、中長期的には低下していくことが期待されています。

 問題は、医療給付と介護給付です。年金と違って、両社にはこのような給付調整メカニズムが組み込まれていないので、図表3で示されているように、中長期的にはGDP比は上昇を続けることが予想されています。社会保障関係では、この医療と介護をどうするかが大きなカギを握っていると言えます。

③税率を引き上げる

 第3に、財政収入を増加させることによる効果です。財政収入の増加のうち、経済成長に伴う自然増収については既に扱っているので、ここで問題になるのは、税率の引き上げ(あるいは課税対象の拡大)による増税ということになります。当然、増税をすれば、その時点から財政収入のGDP比は増加します。そして、それは基礎的財政収支の改善に寄与することになります(もっとも、それは一時点における税収水準の上方シフトに過ぎず、それ以降の税収の伸びは名目GDP成長率によって規定されるので、増税後における税収のGDP比としては長期的に一定であることに注意する必要があると思います)。

 ところで、増税といっても、法人税率は引き下げの方向にあります。最近、米国も税率引き下げの意向を示したので、この方向性は益々強まることはあっても、弱まることはないと思われます。他方、所得税率の引き上げには、所得の捕捉率の問題もありますし、現役世代のみに負担がかかるという問題もあります。

 そうなると、世代間の公平性の観点からも、税率引き上げの候補は、消費税ということになります。特に、日本の消費税率は現在8%(2017年4月からは10%の予定)ですが、EUでは最低15%とされており、スウェーデンやデンマークでは25%となっていることからすると、やはりその可能性について検討をする必要があるように思います。

【財政再建にとっての経済成長】

 以上のように、経済成長の財政再建に対する貢献は、一般に考えられているほど単純ではありません。しかし、だからと言って、財政再建への経済成長の役割が小さいわけでは決してありません。既に述べたように、財政支出の抑制をしても、それがどれほど財政再建に寄与するかは、経済成長率の大小によって大きく変わってきます。しかし、それに加えて、経済成長には、財政再建の環境を整備するという重要な役割もあるのです。

 財政再建のために、財政支出を抑制したり増税を行ったりすることは、マクロ経済に対しては、大きなデフレ圧力を加えることになります。それは経済主体に様々な調整を強いることにもなります。そうした時、経済成長率が高い方が、そうした調整圧力を吸収し易いと考えられます。逆に、経済成長率が低いと、財政再建を受け入れる余地が小さくなってしまいます。その例は、最近のギリシャで見ることができます。大幅な財政再建の結果、マイナス成長とデフレに陥ってしまい、政治的な動揺をきたしているのです。

 もちろん、経済成長を高めるといっても、財政出動によって経済成長を高めるわけにはいきません。それは非財政的な手段によって、特に構造政策によって行う必要があります。そして、それには、財政再建に勝るとも劣らない大きな努力が必要とされることは言うまでもありません。

 経済成長の貢献に期待する財政再建計画といえども、それは決して苦労なしでできるわけではないことを忘れてはならないように思います。