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齋藤潤の経済バーズアイ (第36回)

高等教育を国際比較する

 

2015/03/18

【人的資本蓄積の重要性】

 労働力人口が減少しているにもかかわらず、ある国が経済成長を続けることができるとしたら、それは労働生産性を引き上げることによる以外にはあり得ません。そして、労働生産性を引き上げるためには、人的資本の蓄積が極めて重要な役割を果たします。それは、知識や技能を活かすことを通じて生産に寄与するとともに、技術や制度、経営のイノベーションをもたらすことを通して、全要素生産性の上昇にも寄与するからです。

 人的資本の蓄積という点では、日本は世界に誇れる実績があります。例えば、識字率において、日本は世界でもトップクラスにあることは良く知られています。人口減少・高齢化の下で、経済成長の一層の鈍化が危惧されている今日、日本の経済成長の重要な源泉を人的資本の蓄積に求めることは、こうした実績からしても当然のことです。

 しかし、日本における人的資本を巡る状況は、実はそれほど楽観はできません。卒業や入学準備の時期と重なる今月のコラムでは、高等教育、なかでも大学・大学院教育に焦点をあてながら、この点を概観してみたいと思います。

【高等教育への進学率の比較】

 高等教育の現状を見るための典型的な指標として、どれだけの人が大学に進学をするかを示した数値、すなわち大学進学率があります。学校基本調査によると、日本の大学進学率は2014年において51.5%となっています。高校卒業生の半数以上が大学に進学しているというわけです。これは、これは過去には見られなかったような高い数値です。

 しかし、日本にとっては高いこの大学進学率も、世界的にはそれほど高くはないのです。例えば、経済協力開発機構(OECD)のEducation at a Glance 2014によると、高等教育(この場合には、大学院の修士課程への進学も含む)への進学率は、2012年には、日本が52%であったのに対して、OECD平均は58%となっています。図表1を見ると分かるように、ドイツ、英国、韓国といった国々に比べて、日本の進学率の上昇テンポは鈍く、これらの国々と日本との差はむしろ拡大しています。こうした国々では、日本以上に、人的資本の蓄積に努力を傾注しているのです。

【高等教育在学者数の比較】

 高等教育の現状を見るためのもう一つの指標は、大学に在学している学生数を比較することです。これは、新規に入学してきた学生(1年生)だけでなく、過去に既に入学している学生もカウントするものです。ただし、国際比較ができるのは、文部科学省の「諸外国の教育統計」が調べた、大学生・大学院生よりもカバレッジの広い高等教育(短大生や高専生を含む)に在学している学生を対象としたものです。また、人口規模の違いを調整するために、人口1000人当たりに換算されています。それによりますと、図表2にあるように、2010年における日本の在学生は、韓国や米国の約3分の1(ただしパートタイムを含む)しかおらず、ドイツ、英国、フランスに比べても少ないものとなっています。

 もっとも、この数字については、いくつか留意すべき点があります。

 第1に、日本のように高齢化が進展している場合には、この数字は現状を過小評価する可能性があることです、なぜなら、この数字の分母にあたる総人口には、高齢者を含むからです。高齢化が進んでいる日本では、高齢者の比率が高いわけですが、そうした高齢者は高等教育を受ける可能性がそもそも低いので、見かけ上、在学者の15歳以上人口比は低くなりがちです。

 第2に、日本の場合、いったん社会に出てから進学する学生や、働きながら進学する学生(いわゆる社会人学生)が少ないことです。例えば、文部科学省の推計(2000年代半ば)によりますと、大学や大学院に入学してくる学生の中で25歳以上の学生が占める割合は、日本では2%に過ぎないのに対して、OECD平均では20%もあります。また、OECDのEducation at a glance 2014によりますと、日本の大学生・大学院生におけるフルタイム学生の比率は、2012年において91%(つまりパートタイム比率は9%)であったのに対して、同じ年におけるOECD平均のフルタイム学生比率は79%(つまりパートタイム比率は21%)となっています。日本の場合は、高校を卒業してすぐに大学に進学するという経路が大宗を占める、単線的な進学経路になっていますが、諸外国の中には、いったん社会人になってから学び直しをする人も多く存在する、複線的な進学経路になっている国が多く存在しているのです。

 第3に、日本の場合、高等教育の在学生に占める外国人留学生の割合が少ないことです。同じく「諸外国の教育統計」によりますと、外国人留学生の割合は、日本の場合、高等教育在学者の約2.9%しかいません(2013年)。しかし、例えば英国の場合には16.3%(2011年)、ドイツの場合には11.1%(2011年)と、外国人留学生の比重は無視できないものになっています。人の移動の面における「開放度」が大きく影響しているようです。

【高等教育修了者比率の比較】

 これまでは、進学や在学といった、教育投資を行っている過程に関する指標にもっぱら注目をしてきました。その意味では、「フロー」の指標を見てきたと言えます。しかし、教育投資の結果として蓄積された人的資本に関する、「ストック」の指標はどうなっているのでしょうか。

 そこで、日本において人的資本のストックがどれだけ存在しているのかを見てみましょう。就業構造基本調査によると、15歳以上人口に占める大学卒業者・大学院修了者の割合は、2012年において21.4%となっています。約5分の1が大卒・院卒というわけです。問題は、これが国際的に見てどうかということです。

 ストックの指標で国際比較が可能な統計としては、25~64歳の人口における大学卒業者・大学院修了者の割合があります。OECDのEducation at a glance 2014によりますと、図表3にあるように、どの国も、年齢層が若くなるにつれて、比率が上昇していますが、これは、どの国においても大学・大学院進学率が上昇していることを反映しているものと考えられます。しかし、日本における進学率そのものが諸外国と比べて低いことから、全年齢層における日本の比率は、米国や英国、韓国より低いものとなっているのです。

【大学院在学者数の比較】

 ちなみに、これまでは、大学と大学院とを合わせてみてきました。しかし、実は、同じようなことは、大学院に絞ってみても言えるのです。図表4でも分かるように、大学院在学者数も、日本は、諸外国に比べて少ないのです。大学院を修了した者は、本来、大学における教育研究だけでなく、民間部門における研究開発や経営の中心を担うべき人材であることを考えると、日本は、技術や経営のイノベーションでも後れをとっていく可能性があるということになります。大学院を巡る問題については、それ自体を取り上げる必要があるように思います(3月23日に日経センターで開催予定のセミナー「高度人材の活用と大学院のあり方」では、そうした観点からこの問題について考えてみたいと思っています)。

【人的資本蓄積の相対的な遅れ】

 以上見てきたように、日本の大学・大学院教育が、過去に比べて改善をしていることは間違いありません。しかし、その改善ペースを諸外国に比べると、遅いものに止まっています。その結果、近年、日本と諸外国との差は広がっているように思われます。米国やヨーロッパの国々との差ばかりでなく、韓国との差も拡大しているのです。

 もちろん、教育の「量」だけでなく、「質」の面を評価することも重要です。しかし、以上みてきたような「量」の面における差の拡大だけを見ても、高等教育が抱える問題について、もっと掘り下げて考えてみる必要があるのではないでしょうか。