為替相場制度の選択
2015/05/20
【為替相場制度の変遷】
戦前の為替切り下げ競争の反省を受けて、戦後、国際通貨基金(IMF)の下で、世界的な固定相場制度が構築されたことはご存じのことと思います。基礎的不均衡を理由にした平価の調整を時折行いながらも、安定した為替レートが戦後の貿易・投資の回復と発展に寄与したことは疑いのないところです。
そのような世界的な固定相場制度の時代も、1971年のニクソンショックによって、終止符を打たれることになりました。スミソニアン体制として一時的に立て直しが試みられたものの長続きはせず、1973年初に日本や西ドイツが変動相場制度に移行することに伴って、世界は変動相場制度の時代に突入したかのように思えました。
しかし、欧州諸国の間では、域外通貨に対しては変動しながらも、域内通貨相互の変動幅は抑制をする試みが続けられました。それはやがてマーストリヒト条約に収斂基準を満たした国々による不可逆的な固定相場制度の採用、そして単一通貨ユーロの誕生へとつながっていくことになりました。
このように、各国の為替相場制度は、戦後の短期間をとっただけでも、大きな変遷を遂げています。そして、固定相場制度と変動相場制度という両極端の制度だけでなく、その中間的な形態も含めて、多様な制度が併存しているのが現実です。このような状態は正常なのでしょうか。それとも、いずれ為替相場制度は収斂していくと考えるべきでしょうか。
【二極化の予見】
現存する多様な為替相場制度も、長期的には、固定相場制度と変動相場制度のいずれかに「二極化」(bipolarization)していくはずだという考え方があります。その理由としては次のようなものが挙げられます。
第1に、国際金融論における有名な定理である「インポッシブル・トリニティー」に立脚する議論です。この定理は、一国にとっては魅力的な「自由な資本移動」「安定した為替レート」「裁量的な金融政策」の3つの政策目標は、そうしたくても同時に満たすことはできず、もしこのうちの2つの政策目標を優先させるならば、残る1つは満たすことはできないという議論です。
これによれば、先進国のように、既に「自由な資本移動」を認めている国々は、「安定した為替レート」(すなわち固定相場制度)をとるか、「裁量的な金融政策」(そのかわり変動相場制度)をとるか、このいずれかしかないことになります。仮に、ある国が、この間に存在するような中間的な形態をとっていたにしても、「自由な資本移動」を諦めない限りは、いずれかの制度に移行せざるを得ないというわけです。
第2に、アジア危機など、過去の通貨危機から学べる教訓に立脚する議論です。固定相場志度と変動為替相場制度の間に存在するような中間的な形態(例えば伝統的ペッグ制)は、当局が適切だと考える為替レート水準に実際のレートも安定させようとするものですが、(例えば外貨準備の減少などから)いったんその維持可能性が疑われてしまうと、通貨投機の対象になり、最後はそのような制度を放棄せざるを得なくなるという議論です。
こうした議論からすると、固定相場制度であれば、通貨当局がその制度を絶対に放棄しない(あるいは放棄できない)と信ずるに足るような確固としたものでない限り、変動相場制度を採用せざるを得なくなるはずだということになります。
【世界の為替相場制度の現状】
それでは、実際にそのような傾向は観察できるのでしょうか。その点を図表1で確認してみましょう。ここで集計されている各国の為替相場制度は、IMFが毎年公表するAnnual Report on Exchange Arrangements and Exchange Restrictionsに掲載されているDe Facto Classification of Exchange Rate Arrangements and Monetary Policy Frameworks (為替相場制度と金融政策の枠組みの実態に基づく分類)の最新版(2014年4月30日現在)に基づいています。
この図表からは、以下のようなことが読み取れます。
第1に、ソフト・ペッグ制のシェアが一番大きく、かつ拡大していることです。中でもシェアが大きいのが「伝統的ペッグ制」(2014年で23.0%)です。また、拡大幅が大きいのは「疑似クローリング制」(2008年1.1%→2014年7.9%)です。
第2に、ハード・ペッグ制のシェアは小さく、しかも増加はしているものの、微増にとどまっていることです。この中に含まれる「外国通貨流通制」と「カレンシー・ボード制」のシェアはほぼ同じ(それぞれ2014年で6.8%、6.3%)となっています。
第3に、フロート制は、比重がソフト・ペッグ制に次いで大きいものの、このところ減少を続けていることです。特に「フリー・フロート制」の減少幅が大きいものとなっています(2008年19.7%→2014年15.2%)。しかも、この「フリー・フロート制」に含まれる国(2014年で29カ国)のうち、約6割はユーロ圏参加国(同18カ国)なので、純粋なフリー・フロートの国々は日米英など少数(11カ国)となっています。
【先進国における傾向、新興国・途上国における傾向】
図表1からすると、為替相場制度のハード・ペッグ制とフロート制への二極化傾向は必ずしも存在していないようにみえます。しかし、注意しなければならないのは、この分類はIMF加盟国全体(188か国と3地域)についてのものであって、先進国だけではなく、新興国や途上国も含まれていることです。したがって、当然のこととして、資本取引規制の程度もかなり異なっています。
そこで、資本取引規制の自由化が進んでいるOECD加盟国だけをとったらどうなっているかを見たのが、図表2です。ここでは、OECD加盟各国(34か国)について、①IMFの分類による各国の為替相場制度(最新データ=2014年)と、②Fernandez, Klein, Rebucci, Schindler, and Uribe (2015) が作成した各国の資本取引規制の程度(最新データ=2013年)を両軸とするマトリックスの形で整理しています。これを見ると、OECD加盟国の大部分は、資本取引の自由化が進んでおり、かつ為替相場制度としては「フリー・フロート制」が採用されていることが分かります。
また、図表1にある「ハード・ペッグ制」を採用している国々も、OECD加盟国ではありませんが、資本取引が自由な国や地域が含まれています(例えば、パナマ、香港、ブルネイなど)。前述のインポッシブル・トリニティーが教えるように、資本取引が自由な国々の中では「二極化」が確認できるのです。
それではなぜIMF加盟国全体では見られないのでしょうか。それは、IMF加盟国には資本取引の自由化が進んでない新興国や途上国が数多く含まれており、これらの国々は、ソフト・ペッグを採用している国が多いからです。こうした国々では、インポッシブル・トリニティーに迫られることがないので、極力、変動制を避け、為替レートを安定化することを選好する傾向があるのです。こうした傾向は、「フローとすることへの恐怖」(fear of floating)と呼ぶこともあります。
【アジアの為替相場制度と資本取引規制】
ところで、図表2で見ると、ユーロ圏諸国(赤字で示してあります)では、大部分の国々において資本取引の自由化が進んでいることが分かります。それでは、欧州に成立したユーロ圏のような通貨統合の可能性についてしばしば議論されるアジア諸国は、どのような現状にあるのでしょうか。最後にそれを確認しておきたいと思います。
図表3は、アジア諸国の中でも、特にASEAN諸国と日中韓に注目して、各国の為替相場制度と資本取引規制について見たものです。
図表3を見ると、ASEAN+日中韓の為替相場制度は、ハード・ペッグ制、ソフト・ペッグ制、フロート制にまたがって分布しており、必ずしも為替相場制度に収斂傾向が見られないことが分かります。このような状態を見ると、これらのアジア諸国で通貨統合が実現するような条件は、まだ醸成されていないように思えます。
ではなぜそのような現状にあるのでしょうか。その背景には、資本取引規制の程度の違いが大きく影響しているように思えます。アジア諸国の中には、資本取引規制が極めて強い国々と極めて弱い国々の両極端が存在しています。そして、それに対応するように、資本取引規制が強い国々はソフト・ペッグ制を、資本取引規制の弱い国々はハード・ペッグ制ないしはフロート制を採用する傾向が強いのです。
そのような整理には収まらない国々もあります。例えば、タイやインドネシアのように、資本取引規制は強いがフロート制を採用しているような国々です。これらの国々は、かつてソフト・ペッグ制を採用していたためにアジア通貨危機に見舞われ、それを克服するのに多大なコストを負担しなければならなかった経験を有しています。したがって、これらの国々は、前述の「二極化」の要因で言えば、インポシブル・トリニティによって迫られたというよりは、通貨危機の教訓としてフロート制を採用しているのではないかと考えられるのです。
アジアにおける通貨統合の実現性に関しては、アジア地域が「最適通貨圏になっているか」という実体経済面における収斂条件について議論されることが多いように思いますが、以上みてきたように、「為替相場制度は収斂しているか」という金融経済面からの議論も重要であるように思います。
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