ギリシャに見る財政再建と経済成長
2015/07/21
【ギリシャ情勢のゲーム論的解釈】
緊迫した状況を続けていたギリシャ情勢も、最悪の事態を迎える直前にようやく妥協が成立し、現在は小康状態に入りつつあります。
この間、ギリシャとドイツを中心とするユーロ圏諸国との間に繰り広げられてきた争いは、ゲーム論的に考えると、ギリシャが改革を受け入れるか否かを巡る「チキン・ゲーム」であったと解釈できます。双方が自分の主張にこだわれば、「デフォルト」という最悪の事態を迎えることになる一方、双方がお互いに少しずつ譲歩をすれば「折衷案」という最も好ましい結末に達することができるはずでした。しかし、双方が他方の出方を前提にした最適戦略を採用するとすれば、待ち受けている結末(ナッシュ均衡)は、一方が主張を通して他方が妥協するというものです。そこでの、問題は、「ギリシャ寄り案」で合意をするのか、「ドイツ寄り案」で合意をするのかという、二者択一の問題に絞られます。
この状況を打開しようとしたのがギリシャのチプラス首相による突然の国民投票の実施だったと考えられます。国民投票で改革の拒否(ohxi)を勝ち取ることによって、ギリシャが妥協するという退路を断ち切り、「背水の陣」戦略をとったのです。これによってで、残るのは「ギリシャ寄り案」での合意のみという状況を作り出すことを狙ったのです。
そうした状況の下で、ドイツに残された戦略は、自らは妥協する意思がなく、ギリシャがユーロ圏から離脱することも辞さないことを表明することでした。ドイツも「背水の陣」戦略をとることです。実際、ショイブレ財務相は、ユーロ圏蔵相会議で、「5年間のユーロ圏からのタイムアウト」に言及したようです。
ギリシャがユーロ圏から離脱して、例えば旧ドラクマを復活させたとすると、当然、ドラクマはユーロに対して切り下がることになります。しかし、それは、経常収支の改善には大した寄与をしない一方、ユーロ建ての債務の返済負担(これには中央銀行の決済システムであるTARGET2における債務も含まれます)が膨大なものになると考えられます。もちろん、これの一部(あるいは大部分)が不履行となり、ドイツなどの債権国の負担になることも考えられます。しかし、負担増を経済規模と比較したら、ドイツに比べ、ギリシャの負担ははるかに大きなものになります(GDP でみると、ギリシャはドイツの6~7%程度でしかありません)。ドイツは、こうした状況に陥る覚悟がギリシャにあるのか(ドイツにはある)、と迫ったわけです。
ギリシャは、もともとユーロ圏からの離脱は望んでおらず、しかも次の大きなハードルであるECB保有のギリシャ国債の償還期限を7月20日に控えていたために、結局この時点で、「ドイツ寄り案」で合意せざるを得ないところに追い込まれたというのが結末です。
【新しい改革案の内容】
こうして7月12日に成立したユーロ圏首脳間の合意は、7月15日にギリシャ議会が財政改革を法制化した結果、前提条件がクリアされることにもなり、今後は、金融支援の具体的な中身の交渉という段階に移りました。
ところで、金融支援と引き換えにギリシャに要求されることになる財政や経済に関する改革案のベースとなる枠組みは、どのようなものになるのでしょうか。その一端は、国際通貨基金(IMF)が6月26日に公表した、ギリシャに関するPreliminary Draft Debt Sustainability Analysis及び7月14日に公表した同Updateに垣間見ることができます。
これによると、金融支援策が前提とするギリシャの新しい改革案は、以下の要素がベースとなりそうです。
(A)経済改革によって潜在成長率を2%に引き上げ(それをしないとマイナス0.6%に落ち込む)、現実の実質成長率も2016年に2%、2017年~2018年に3%にまで高めること
(B)2018年までに財政のプライマリー・バランス(PB)の黒字をGDP比で3.5%にまで改善し(2015年は0%)、その後もその水準を維持すること(現在のPB黒字は0%)
(C)債務の返済期限及び返済猶予期間を、これまでの2倍に延長すること
【「負のスパイラル」と改革案の現実性】
このような内容で改革案がまとまるとして、これによってギリシャの財政は持続可能となるでしょうか。ギリシャにおけるこれまでの財政再建と経済成長の関係から見て、それは非常に困難なように思われます。何故かと言うと、一言でいえば、ギリシャの財政再建と経済成長の間には「負のスパイラル」が生じてしまっているからです。
ギリシャはこれまでも財政再建に取り組んできました。図表1に見られるように、その結果、構造的財政収支(GDPギャップがないときの収支)はすでに黒字を達成しています。しかし、そうした財政再建は、経済にマイナスの影響を及ぼすために、景気が悪化しており、税収を落ち込ませています。その結果、循環的財政収支(景気循環によってもたらされる収支)は大幅な赤字となっており、両者あわせた全体としての財政収支は、依然として赤字から脱することができない状態にあります。そのために、政府債務も増加を続けているというのが現状です。
もし、上記(A)のように、財政再建努力を強め、2018年にはPB黒字を3.5%にまで改善しようとすると、「負のスパイラル」が生じ、実質成長率を押し下げることは避けられません。そうなると、同じ期間中に、上記(B)のように実質成長率を2~3%成長にまで引き上げることは困難とならざるを得ません。つまり、財政再建に努力したにもかかわらず、現実のPBの改善につながらないことになりかねません。IMFの想定をグラフにしたのが図表2ですが、このような組み合わせは実現が極めて困難なように思えるのです。
【今後のシナリオ】
以上のように考えると、より現実的な改革案は、財政再建期間を延長すること(財政再建に、より長い期間をかけること)が必要となってくるように思われます。その方が、経済成長への下押し圧力を弱めることになるし、経済改革の効果を取り込みやすくなるからです。ただし、それによって、上記(C)の債務再編に加えて、新たに債務削減(ヘアカット)も必要になってくると思われます。実際、上記IMF文書でも、ベースラインシナリオに比較して財政再建や経済成長に下振れが見らえたときには、ヘアカットが必要になると指摘しています。
ギリシャと他のユーロ圏諸国との間の交渉は、早くても7月いっぱいはかかりそうです。しかし、7月20日のECB保有国債の償還に対応するためのつなぎ融資も手当されました。現時点では、これらの困難は無事クリアされて、ギリシャに対する金融支援も再開され、ギリシャを巡る状況は鎮静化に向かうというのが大方の見方です。
しかし、上述したように、財政再建と景気悪化の「負のスパイラル」のために、厳しい改革を実施したにも関わらず、その成果がなかなか目に見える形で表れてこない可能性が高いように思われます。その結果、ギリシャ国民や、他のユーロ圏諸国に再びフラストレーションが高まる事態が考えられます。また、それに対処するために、財政再建期間の延長や債務のヘアカットを実施しようとすると、それを巡って再び緊迫したやりとりになることが想像されます。欧州情勢が、今回の事態の鎮静化をもって収束に向かうと考えることはできないように思います。
私たちとしては、以上のようなことを、日本における財政再建と経済成長の関係を考えるにあたっての貴重な教訓と受けとめ、それを十分に生かしていくことが必要なのではないでしょうか。
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