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齋藤潤の経済バーズアイ (第50回)

同一労働同一賃金の先にあるもの

 

2016/05/23

【正規・非正規の賃金格差】

 労働市場における最近の最も顕著な変化の一つは、非正規労働者が趨勢的に増加していることです。労働力調査によると、雇用者に占める非正規労働者の割合は、2002年平均の29.4%から2015年平均の37.5%へと、8%ポイント強の上昇を示しています。

 このように増加している非正規労働者の大きな問題は、正規雇用に比べて低い賃金に甘んじなければならないことです。したがって、新たに労働市場に参入してくる労働者は、多くができれば正規労働者になりたいと考えています。しかし、正規雇用の道は限られているため、不本意ながら非正規労働者にならざるを得ない人たちが増加しています。

 実際には、賃金格差はどの程度あるのでしょうか。

 厚生労働省が発表した「平成27年賃金構造基本統計調査」の調査結果によって、時間当たり所定内給与額を比べてみると、フルタイム正規労働者の賃金水準を100とした場合、フルタイム非正規労働者の賃金水準は64.2、パートタイム非正規労働者の賃金水準は54.1となっています。

 また、同じく厚生労働省が発表した「平成26年就業形態の多様化に関する総合実態調査」(不定期調査)の調査結果で見ることもできます。この調査は、9月1か月間に支払われた賃金総額(税込)を調べたもので、非正規労働者(調査対象労働者全体の40%)には、出向社員(同1.2%)、契約社員(専門職)(同3.5%)、嘱託社員(再雇用者)(同2.7%)、パートタイム労働者(同23.2)、臨時労働者(同1.7%)、派遣労働者(登録型、常時雇用型)(同2.6%)、その他(同5.2%)が含まれています。

 これで正規・非正規別の賃金総額階級別の労働者割合を見てみると、図表1のようになっています。非正規労働者の賃金分布が正規労働者のそれに比べて低賃金の方に偏っていることが見て取れます。

 もっとも、非正規労働者の中には労働時間の短いパートタイム労働者(週30時間未満の労働者の割合が57.1%)や臨時労働者(週30時間未満の労働者の割合が64.3%)が含まれているので、労働時間が短いことによる影響も考えられます(正社員は週40時間以上が74.5%)。そこで、こうした短時間労働者以外の非正規の就業形態別の賃金分布について見たのが、図表2です。

 これを見ると、出向社員のように正社員よりも高い賃金をもらっている就業形態もありますが、それ以外の就業形態の非正規労働者の賃金は、やはり正規労働者より低い賃金階級を中心に分布していることが確認できます。

【同一労働同一賃金の重要性】

 このように、非正規労働者の賃金が相対的に低い水準に止まっている実態があることから、政府は、「同一労働同一賃金」の実現を打ち出したと考えられます。同一労働同一賃金は、現在取りまとめ中の「ニッポン一億総活躍プラン」の大きな柱になることが予定されています。

 同一労働同一賃金を実現することは、日本経済が直面する深刻な事態を解決するにあたって、大変重要な意味を持っています。

 第1に、賃金格差の縮小につながるからです。格差が拡大していることに対する社会的な不満が高まっていますが、そもそも同じ仕事をこなしていながら、雇用形態が異なるだけで賃金も異なってくるというのはいかにも不公平です。経済学的に言っても、付加価値生産に対する貢献が同じであるならば(限界生産性が同じであるならば)、賃金も同じであるべきだと言えます。同じ労働をしているのであれば、非正規労働者であっても、正規労働者と同じ賃金を受け取れるようにすることは、合理的なことでもあるわけです。

 第2に、人口減少問題への取り組みという意味もあるからです。人口減少の直接的な要因である出生率の低下の背景には様々な問題があります。結婚をすることに意味を見いだせず、独身でいることを選択している若者が多い一方で、またそれを可能にする社会的・経済的な環境が整っていることの影響は大きいと思われます。しかし、それだけでなく、所得が少なく、経済的な要因から結婚できず、子供も産み育てられないという状況もあります。その意味で、同一労働同一賃金に向けた取り組みによって、こうした若者の所得環境を改善することができれば、結婚・出産への制約を緩和することにもなります。

 第3に、(より短期的な観点からになりますが)賃金全体の底上げを通じて、個人消費を喚起することができるからです。仮に個人消費を喚起することができれば、短期的な観点から大きな課題となっている所得と支出の好循環を実現し、景気の自律回復力を高めることにつながります。大企業の正規労働者を中心とした春闘の賃上げだけでは力不足であるとすれば、非正規労働者の賃金引き上げをもたらすような取り組みは極めて重要です。

【同一労働同一賃金を実現することの難しさ】

 このように、その実現が大きな意味を持つ同一労働同一賃金ですが、実は日本でそれを実現することには極めて難しい問題があります。同一労働同一賃金の取り組みと、現在の雇用システムとの間には、本質的に相容れない問題が存在しているからです。

 そもそも、現在の雇用システムにおいては、同じ個人が同じ仕事をしていたとしても、同じ賃金が支払われているとは限りません。正規労働者として定年を迎え、非正規労働者として再雇用される場合、賃金が引き下げられるのが一般的です。同一労働同一賃金が求めるのは、ここの場合にも賃金が一定に保たれることです(実際、これを求めた裁判に対する判決が先日ありました)。しかし、それは定年の再雇用制の前提を根底から覆すことを意味します。再雇用は、賃金を引き下げられるからこそ行われていると言えるからです(なお、米国では、年齢による差別は違法とされており、定年制もありません)。

 これが異なる個人間になると、問題はさらに難しくなります。一方が正規労働者であり、他方が非正規労働者である場合、同一労働(より正確には「同一価値労働」)であるか否かを判断することは難しいからです。日本の正規労働者のように、職務を特定されて採用されているわけではなく、会社の一員として採用されている場合には、いったん正規労働者として就職をすると、上司の広範にわたる業務命令に従うことが義務付けられます。その結果、同じ職場にいながら様々な仕事をやらされますし、配置転換によってそれまでとは全く異なる仕事に従事することもあります。さらに転勤が求められることもしばしばです。職務内容の曖昧さに伴うこのような様々な負担を負わなければならない代わりに、正規労働者の場合には、終身雇用制が保障されてきたわけです。

 また、そうした終身雇用制を補完するものとして形作られてきたのが年功型賃金体系です。年功型賃金体系は、正規労働者が様々な職場を経験したり、企業内訓練を受けたりしながら、次第に身に着けていく企業特殊的な技能を賃金に反映させていきます。つまり、正規労働者が受け取る賃金は、「職務」に対応しているのではなく、「職能資格」に対応しているわけです。したがって、「職務」に対応している非正社員の賃金と、「職能資格」に対応している正社員の賃金を直接比較することは極めて困難です。

こうした違いがあるにもかかわらず、正社員と非正社員の仕事を「同一労働(あるいは同一価値労働)」であるかどうかを判断し、それに「同一賃金」を適用しようとすることになると、必ず雇い入れ側と労働者側で見方が分かれ、それに決着をつけるために、行政や司法の判断が入ることが必至となります。言わば、行政や司法が賃金を裁定する仕組みです。

 かつて、2000年代後半に、筆者が経済団体の関係者と議論をしたときに、先方が同一労働同一賃金をあたかも公定賃金制のように捉えていることを知って驚いたことがありましたが、そのような捉え方は、実は「同一労働同一賃金」のある面を的確に捉えていたと言えるのかもしれません。

【同一労働同一賃金を実現するための究極的な方策】

 現状におけるこうした難しい問題があるにも関わらず、もし同一労働同一賃金を実現する方法があるとすれば、それは、労働市場において、市場経済メカニズムがより機能を発揮できるようにすることではないかと思われます。より具体的に言うと、雇用の流動性を高めることが重要になってくると考えられます。

 そもそも、「同一労働」であるにもかかわらず「同一賃金」になっていないとすれば、それは雇用の流動性がないためだと言わざるを得ません。もし流動性が保証されていれば、労働者は自分の労働が正当に評価されていないと思えば、より高い賃金を支払ってくれる職場に転職をすれば良いはずです。労働者に去られた職場は、賃金を引き上げて労働者を確保しようとするでしょう。市場経済メカニズムが十分に機能しているのであれば、そうした裁定を通じて、やがて(あるいは長期的に収斂していく先としての均衡において)同一労働同一賃金は実現されるはずです。

 さらに言うと、前述した、行政や司法の判断に基づいて実現されるような賃金体系も、それが本当に同一労働同一賃金にふさわしいものとなっているかどうかは、こうした市場経済メカニズムのテストにさらしてみないと分からないはずです。

【雇用システムを根本的に改革する動きへ】

 言うまでもなく、雇用の流動性を高めるということは、現在の雇用システムが大きく変革されることを意味します。雇用はより職務内容に基づいたものに転換することになるでしょうし、これに伴い、賃金体系も大きく変わることになると考えられます。

 このように考えてくると、「同一労働同一賃金」を求める動きは、いずれ、高度成長期以来の日本経済を支えてきた現在の雇用システムを根本的に改革する動きへとつながっていかざるをえないのではないかと思われるのです。