政府と日銀には経済が同じに見えているか
2016/09/16
【政府と日銀の間の政策割り当て】
一般に、マクロ経済政策は、金融政策と財政政策に大別されます。日本の場合には、日銀が金融政策に責任を持って物価安定に努め、政府が財政政策に責任を持って完全雇用(あるいはその前提となる安定した景気の維持)に努めています。
このような政策の分業関係は、マンデルの政策割り当て論(Principle of Effective Market Classification)によって理解することができます。それによれば、政策はそれぞれ比較優位にある目標を実現するように割り当てられるべきだということになります。金融政策は、相対的には完全雇用より物価安定により効果を有すると考えられるので、物価安定に割り当てられ、財政政策は、物価安定よりは完全雇用により有効だと考えられるので、完全雇用に割り当てられる、というわけです。
また、マンデルの政策割り当て論の重要なところは、政府も日銀も、自分に割り当てられた目標だけに注目し、その現実値を目標値に近づけるように政策を運用すればそれでよく、もう一方が何をしているかを考慮する必要がないということです。だからこそ、中央銀行の独立性が正当化されることになります。
【政府と日銀の経済認識に関する微妙なズレ】
以上のような政府と日銀と間の分業関係は、両者の間に経済に対する見方が共有されているときに、一番有効だと考えられます。逆に言うと、両者の間に経済に関する見方が共有されていないときには、分業関係の有効性も損なわれる可能性があるということになります。
実は、現在、政府と日銀の経済に対する見方に、微妙なズレが生まれてきている可能性があるように思います。そのズレは、以下の三つの分野で見られます。
第1に、基調的なインフレの動向についてです。
日銀は、2013年4月の量的質的金融緩和(QQE)の導入以来、消費者物価総合(ヘッドラインCPI)で2%のインフレ率を2年間に達成することを目標にしてきました。しかし、ヘッドラインCPIは、原油価格の下落のような一時的な価格変動の影響を大きく受けるため、金融政策の効果を点検するためには、別の指標が必要になってきました。
総務省統計局は、以前から、ヘッドラインCPI以外に、消費者物価の系列として、「生鮮食品を除く総合」、「食糧及びエネルギーを除く総合」を公表してきました。これらに加え内閣府は、従来から、基調的なインフレ率を見るための指標とひて、「生鮮食品、石油製品及びその他特殊要因を除く総合」を作成・公表し、それをモニターしてきました。これに対して日銀は、最近、同じく基調的なインフレ率を見るために、「生鮮食品とエネルギーを除く総合」の系列を作成・公表をするようになってきました。
両者は、直近時点では同じような数字になっています。例えば、2016年6月で見ると、内閣府系列は前年比0.6%であるのに対して、日銀系列は同0.7%です。しかし、過去にはより大きなかい離を示していた時もあるのです。例えば、2015年平均で見ると、前者は前年比1.4%でしたが、後者は同0.9&%でした。モニターすべき指標のこのような違いは、基調的なインフレ率に関する認識の違いに結び付きかねません。
第2は、GDPギャップの大きさについてです。
マクロ的な需給ギャップを表すGDPギャップ、あるいはその前提となる潜在成長率は、推計方法によって大きく違ってきます。したがって、どのような推計値も幅を持って理解する必要があります。そのことを前提に、内閣府は、以前からGDPギャップの推計値を公表してきました。また、日銀も、最近になって独自の推計を公表するようになりました。
両者を比べると、かなりの乖離があります。両者の統計が入手可能な2016年1~3月期を見ると、内閣府の推計値がマイナス1.0%であるのに対して、日銀の推計値はマイナス0.1%となっています。言い換えると、政府から見ると、まだかなり供給超過になっていると考えられるのに対して、日銀から見ると、すでに需給は均衡しつつあるということになります。この違いは、これ以上の景気刺激策の必要性に関するスタンスの違いをもたらすものにつながる可能性があります。
第3は、GDPそのものについてです。
日本の国民経済計算(SNA: GDP統計はこの一部)は、内閣府の経済社会総合研究所で作成・公表されています(ちなみに、今年末に公表予定の国民経済計算の基準改定時には、2008年SNAへの対応も同時に行われる予定です)。これに対して、最近、日銀は、ワーキングペーパーとして、分配面から推計したGDPの試算値を公表しました。
日銀の試算値によると、現在のGDPの公表値は大幅に上方改定される必要があることになります。特に、2014年度についてみると、上方改定の幅は6%に及び、実質成長率も、現在公表されているようにマイナスではなく、プラスになるとしています。この違いは、消費税率の引き上げの影響が大きかったか、そうではなかったか、という判断の違いにつながっていきます。
【経済認識のズレは早い段階で解消を】
以上のような違いは、現在はまだ些細なズレかもしれません。また、こうした違いも、経済の現状をより正確に認識しようとするための様々な試みの一環であるということであれば、それは否定されるべきではありません。
しかし、ズレがそのまま放置されていると、将来、政策判断の違いをもたらす可能性があると言えます。例えば、将来実施中の「マイナス金利付きのQQE」が出口に近づいていくような時期に、それが問題になる可能性があります。2006年において、日銀が当時実施していた量的緩和政策を解除しようとした時に、政府と日銀の間で政策判断に違いがあることが明らかになったことはまだ記憶に新しいところです。
政府と日銀の間にある経済に関する認識のズレは、早い段階に解消しておく必要があると思います。
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