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齋藤潤の経済バーズアイ (第56回)

ポートフォリオ・リバランス効果の点検

 

2016/11/24

【長短金利操作付き量的・質的金融緩和の導入】

 日本銀行は、去る9月21日に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」と呼ばれる金融政策の新しい枠組みを発表しました。

 その一番のポイントは、金融政策の操作目標を従来のマネタリーベースからイールドカーブに変更したことです。短期金利におけるマイナス金利は維持しながら、新たに長期金利の水準(当面は10年物の国債金利をゼロ%程度に維持する)に目標を設定することになりました。

 長期金利をコントロールするために、引き続き長期国債の購入は続けることとしていますが、買入れのペースについては従来よりも柔軟になっています。これまでのように保有残高の増加額(これまでは年間約80兆円)にコミットするのではなく、長期金利の目標を実現するために必要な額だけを買入れるとしています。

 以上のような「イールドカーブ・コントロール」に加えて、日銀はさらに、マネタリーベースの拡大を、消費者物価指数(除く生鮮食品)でみたインフレ率が実績値で安定的に2%を超えるまで続けることも発表しました。金融政策の効果が表れてくるには長期間のタイムラグが伴うことを考慮すると、このようなコミットメントは、実際のインフレ率が、インフレ率の目標である2%をある程度上回る(オーバーシュートする)ことを許容することを意味します。このことから、このようなコミットメントのことを「オーバーシュート型コミットメント」と呼んでいます。

【ポートフォリオ・リバランス効果を検証することの必要性】

 ところで、今回の金融政策の新しい枠組みを発表するに当たり、日銀は、これまでの経済・物価動向と政策効果に関する総括的な検証を行っています。それは広範囲にわたる詳細なものとなっています。しかし、その中には、「ポートフォリオ・リバランス効果」に関する分析は含まれていません。これは、量的・質的金融緩和(QQE)が導入された際に、ポートフォリオ・リバランス効果が金融政策の重要なトランスミッション・メカニズム(波及経路)の一つとして位置付けられていたことを考えると、不思議なことです。

 例えば、QQEが導入された直後の2013年4月12日に行われた黒田総裁の講演では、QQEが効果を発現する際のチャネルとして、①長期金利や資産価格のプレミアムを引き下げること、②リスク資産運用や貸出を増やすポートフォリオ・リバランス効果を促すこと、③市場や経済主体の期待の抜本的な転換を図ること、の3つが挙げられています。

 このうち、①の長期金利の引き下げや、③の期待への働きかけは、短期金利の操作を中心とする伝統的な金融政策の枠組みの下でも期待できるものです。これに対して、②こそは、長期国債の買入れにコミットするQQEの独自の効果といえます。したがって、ポートフォリオ・リバランス効果がどの程度見られたのかを検証することは自然なことだったように思われます。

【銀行のバランスシートに見るポートフォリオ・リバランス効果】

 そこで、以下では、このポートフォリオ・リバランス効果を検証してみましょう。特に以下では、QQEが主として影響を及ぼそうとしている銀行のバランスシートに焦点を当てることにします。

 これを見ると、QQEが導入された2013年4月以降、国債が減少傾向にあり、代わって現金・預け金が増加していることが分かります。これは日銀の銀行からの長期国債購入と、その代金の日銀当座預金への振込みを反映していると考えられます。他方、ポートフォリオ・リバランスが行われていれば増加しているはずの貸出金や、社債や外国証券などは、QQE以前からの緩やかなトレンドで増加している程度で、大きな変化は見られません。

 同じ銀行の資産内訳を、1年前からの変化で見てみたのが第2図です。これを見ると、今述べたような傾向が、より明確に見てとれます。国債の減少に伴って現金・預け金は増加しています。しかし、貸出金やその他のリスク資産の増加は限定的なものに止まっています。

【ポートフォリオ・リバランス効果が限定的であることの背景】

 このように、銀行においてポートフォリオ・リバランス効果があまり見られなかった背景には、銀行の貸出態度と企業の借入需要の双方における要因が介在しているように思われます。

 銀行の貸出態度が、日銀短観を見ても分かるように改善していることは事実です。しかし、これまでのようなマネタリーベースの大幅な拡大に加えて、マイナス金利も適用されているような環境下にあることを考えると、これで十分であるとは言い切れません。リスクテイクへの躊躇がまだ残っている可能性があります。

 他方、企業の借入需要は低いままです。低金利であるにもかかわらず、民間設備投資の増加は極めて限定的です。海外移転の動きや、長期的な人口減少を背景にした国内市場の縮小見通しが、企業の投資需要に影響を及ぼしていると考えられます。

 以上のことは、ポートフォリオ・リバランス効果が、日本経済の抱える構造的な問題を解決しない限りは発現しづらいことを示しているとともに、銀行を介しての経路をメインに考える限りは限界があることを示しています。金融政策が効果を発揮するためには、一方で、構造政策に対するより強力な取組みを求めるとともに、金融政策自身のさらなるイノベーション(例えば、資産を銀行からではなく、市場から直接買入れることを重視するような政策)が必要とされているように思われます。

【イールドカーブ・コントロールの課題】

 新しく発表された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、金融政策面での新しいイノベーションの必要性に対する日銀の現時点での回答であると言えます。今まで見てきたように、ポートフォリオ・リバランス効果があまり見られなかったことも、量的緩和から金利操作への変更の背景にはあったのではないかと思われます。

 しかし、イールドカーブのコントロールは、興味深い政策ではあるものの、問題もあります。

 そもそも、長期金利をどのようにすればコントロールできるのでしょうか。これまで長期金利に対しては、フォワード・ガイダンスを通じて影響を及ぼそうとしてきました。短期金利をゼロに抑えることに加え、マイナス金利を導入するような政策が長期にわたって継続されるという期待を形成することによって、長期金利を下げようとするものです。これは長期金利の形成に関する「期待仮説」に基づくアプローチです。これに対して、長期国債の買入れによって長期金利に影響を及ぼせるとする考え方は、「市場分断仮説」に基づく考え方です。この両者は、本来は両立しないものと考えられます。この点をどのように整理すべきなのでしょうか。

 また、長期金利をゼロに抑えるために長期国債の買入れを行うとすると、例えば、財政規律に疑念が生じ、財政プレミアムの上昇から長期金利に上昇圧力が加わった時には、長期国債の買入れを増加させなければなりません。しかし、そのことによって、長期金利の上昇という市場が発する「警告」は打ち消されることになります。それは望ましいことなのでしょうか。

 新しい金融政策の枠組みについては、その効果とともに、そのリスクについても注意深く見守っていく必要があるように思われます。