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齋藤潤の経済バーズアイ (第57回)

トランプラリーが内包するリスク

 

2016/12/19

【2016年の三大サプライズ】

 2016年は、多くの番狂わせがみられた年でした。私が今年の三大サプライズをあげるとしたら、次の3つになると思います。

 第1は、ブレキシットです。6月23日に英国で行われた国民投票は、小差ではあっても、EU残留賛成派が勝利するものと思われていました。しかし、蓋を開けてみると、EU離脱派が勝利を制しました。これによって、英国では首相が交替し、内閣も新しくなるという事態に至りました。現在は、英国とEUとの間の離脱交渉を開始するのに必要となる英国のEU離脱通告に向けて、条件整備が進められているところです(当面注目されるのは、当該通告に議会承認が必要か否かの最高裁判断です)。

 第2は、米国の次期大統領にドナルド・トランプ氏が当選したことです。11月8日に行われた大統領選は、ヒラリー・クリントン氏を初の女性大統領に選出するものと思われていました。しかし、実際には、トランプ氏が勝利をおさめ、これからこれまで築かれてきた世界秩序を大きく変えていくものと予想されています。

 それでは、第3は何でしょうか。私にとっての第3のサプライズは、トランプ氏当選後のマーケットの反応です。

 トランプ氏の選挙公約は、TPPからの離脱や、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉など、保護主義的な色彩が強く、彼の当選によって、世界経済に大きな不確実性がもたらされるものと理解されていました。したがって、リスク・オフの動きから株価が下落し、安全通貨である円が買わるものと予想されていました。

 ところが、実際に起こったのは、株価の上昇と円安でした。日経平均は、トランプ氏の当選後、年初来の高値を更新し続け、19400円を超えるとともに、円は、大統領選直前の1ドル104円から、直近では118円台をつけるまで円が減価しています(いずれも12月16日現在)。

 いわゆる「トランプラリー」といわれている市場のこのような動向は、経済の先行きに対して安堵感をもたらしています。日銀は9月21日に金融政策の枠組みを変更し、いわゆる「長短金利操作付きQQE」に移行しましたが、このようなマーケットの動向は、それにとっても追い風になっています。

【トランプ政権下のマクロ経済政策のポリシーミックス】

 しかし、本当に経済の先行きに対して楽観できるのでしょうか。

 市場の肯定的な反応の背景には、トランプ政権下における財政政策に対する歓迎ムードがあるようです。彼の選挙公約には、家計に対する減税(税率区分を3つに簡素化するとともに、最高税率を33%に引き下げる)と企業に対する減税(法人税率を15%に引き下げる)が含まれています。さらに、老朽化したインフラへの投資も主張されています。こうした公約が実施されれば、確かに経済は大いに刺激されることになるでしょう。

 しかし、このような財政政策は当然に財政赤字の拡大をもたらし、金利にも上昇圧力を加えることになります。しかも、こうした動きは、金融政策面からも金利上昇圧力が加わる時期に現れてくることになります。米国の連邦準備制度理事会は、経済の実勢は強いとの判断の下、去る12月14日に1年ぶりの利上げを行いましたが、現時点では、来年も年3回ペースで利上げが続くものと見込まれています。

 このように財政政策と金融政策の両面から、来年以降は、金利に上昇圧力が加わっていくことになります。このことは、米ドルに対して増価圧力をもたらし、経常収支の赤字拡大要因になります。逆に、円に対しては減価圧力が加わり、日本の経常収支黒字を拡大させることになります。

【同様なポリシーミックスの歴史的教訓】

 このようなポリシーミックスは、米国の1980年代におけるポリシーミックスを彷彿とさせます。当時、ドナルド・レーガン大統領は、国防費を中心に大幅な財政支出の拡大を行い、財政赤字を拡大させることになりました。他方、ポール・ボルカー議長の下で、米国連銀は、インフレの鎮静化のために、金利の引き締めを行いました。

 このようなポリシーミックスの結果、高金利と強いドルがもたらされました。高金利が南米の累積債務問題を深刻化させる一方で、強いドルは、米国の経常収支赤字を拡大させることになりました。これが保護主義の台頭をもたらし、日米間の貿易摩擦の激化や、プラザ合意による急激な円高につながっていったということは、歴史上の大きな教訓です。

 このことが教えてくれることは、トランプ政権下のポリシーミックスが、これまで以上の保護主義の動きにつながっていく可能性があるということです。

【日本経済の先行きにリスク】

 トランプラリーは、日本経済にとっては、追い風のように見られるかもしれません。しかし、マーケットが好意的にとらえたマクロ経済政策のポリシーミックスは、米国での高金利と経常収支赤字の拡大、そして今まで以上の保護主義をもたらす可能性があります。日本経済の先行きを考えるときには、現在のトランプラリーが内包しているこのようなリスクを念頭に置く必要があるように思います。