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齋藤潤の経済バーズアイ (第63回)

財政の中長期試算の読み方

 

2017/06/20

【今年度の「骨太の方針」における財政再建目標の修正】

 今年度の「骨太の方針」(正式名称「経済財政運営と改革の基本方針」)が、経済財政諮問会議の答申を受け、6月9日に閣議決定されました。今年の注目点の1つは、財政再建目標についてどのような記述をするかということにありました。

 結果的に見ると、昨年度までの「国・地方を合わせた基礎的財政収支について、2020年度までに黒字化、その後の債務残高対国内総生産(GDP)比の安定的な引き下げを目指す」(「骨太の方針2016」、P.31)という表現が、今年度は「基礎的財政収支を2020年度までに黒字化し、同時に債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指す」(「骨太の方針2017」、P.43)という表現へと修正されました。債務残高のGDP比の引き下げを、基礎的財政収支のGDP比の「黒字化の後」に目指すのではなく、「黒字化と同時」に目指すという目標設定への変更です。

 今月のコラムでは、この財政再建目標の修正の意味を、財政の中長期試算との関係において考えてみたいと思います。

【これまでの財政再建目標】

 これまでの財政再建目標は、「中期財政計画」(2013年8月閣議了解)に定められた、以下の3つから成り立っていました。

Ⅰ. 2015年度までに2010年度に比べ、国・地方を合わせた基礎的財政収支の対GDP比を半減すること。
 (以下、「2015年度PB半減目標」)
Ⅱ. 2020年までに、国・地方を合わせた基礎的財政収支を黒字化すること。
 (以下、「2020年度PB黒字化目標」)
Ⅲ. その後の債務残高GDP比の安定的な引き下げを目指すこと。
 (「2020年度以降債務残高引下目標」)

 このうち、「2015年度PB半減目標」は、既に達成されています。他方、消費税率の10%への引き上げを延期した後の15年度「骨太の方針」においては、財政再建目標に向けた進捗状況を評価するため、「改革努力のメルクマール」として、18年度の基礎的財政収支赤字の対GDP比をマイナス1%程度とすること(以下では「2018年度中間目標」)が付け加えられました。

 したがって、今後、達成が求められている目標は、上記の「2020年度PB黒字化目標」と「2020年度以降債務残高引下目標」、及び時期的にはその前に設けられている「2018年度中間目標」の3つです。

【中長期の財政シミュレーション】

 このような財政再建目標の進捗状況を点検するとともに、財政再建目標の達成に向けた政策を検討するための材料を提供すべく、内閣府は毎年2回(年初と夏に)、「中長期の経済財政の試算」を公表しています。

 直近の「中長期試算」は、本年1月に公表されました。ここでは、2つのケースについて、17年度から25年までのシミュレーション結果が示されています。2つのケースとは、「ベースラインケース」と、「経済再生ケース」のことです。前者が、「経済が足元の潜在成長率並みで将来にわたって推移する」(上記「中長期試算」、P.2)場合を想定しているのに対して、後者は、「デフレ脱却・経済再生に向けた経済財政政策の効果が着実に発現する」(上記「中長期試算」、P.1)場合を想定しています。これによると、ベースラインケースの下では、長期的に実質GDP成長率は1%以下に、また名目GDP成長率も1.5%以下で推移し続けます。これに対して、経済再生ケースの下では、長期的に実質GDP成長率は2.5%近くに達し、名目GDP成長率も4%近くにまで達する結果となっています。

 しかし、基礎的財政収支に関するシミュレーション結果を見ると、いずれのケースにおいても、楽観を許さないものとなっています。第1図でも分かるように、経済再生ケースにおいてさえ、18年度の基礎的財政収支のGDP比は2%を上回り、基礎的財政収支のGDP比が黒字化するのは25年度となっています。ベースラインケースはもっと悲惨で、基礎的財政収支のGDP比は黒字化するどころか、21年度以降悪化を示し、25年度には2.5%の赤字となっています。

第1図 中長期の財政シミュレーション結果:基礎的財政収支のGDP比

 (データ出所) 内閣府「中長期の経済財政の試算」(2017年1月25日)

 他方、公債等残高のGDP比に関するシミュレーション結果は、第2図が示すように、いささか様相を異にしています。ベースライン・シナリオの下では、公債等残高のGDP比が25年度に向けて上昇を続けていくのに対して、経済再生ケースの下では、16年度以降、同比率は低下傾向を示すことになっているのです。

第2図 中長期の財政シミュレーション結果:公債等残高のGDP比

(データ出所) 内閣府「中長期の経済財政の試算」(2017年1月25日)

 冒頭で紹介した本年の「骨太の方針」の新しい表現も、経済再生ケースの場合には、基礎的財政収支のGDP比が黒字化していなくても公債等残高のGDP比が低下していくとの展望があることを根拠にしていると考えられます。

【公債等残高のGDP比が低下していく理由】

 以上が示していることは、次のように要約できます。

 基礎的財政収支のGDP比のシミュレーション結果を見る限り、財政再建目標を達成するには、これまで以上の政策努力を必要としていることを示しています。経済再生ケースでさえ、「2018年度中間目標」も「2020年度黒字化目標」も達成できないからです。

 しかし、公債等残高のGDP比のシミュレーション結果を見ると、ベースラインケースでは「2020年度以降債務残高引下目標」は達成できませんが、経済再生ケースの下ではそれが達成できるという結果になっているのです。

 このような結果は、「ドーマーの条件」を考えると、一見、不思議に思えます。なぜなら、標準的な理解では、基礎的財政収支のGDP比が黒字化しない限り、公債等残高のGDP比は低下しないはずだからです。

以下では、この点を、もう少し具体的に見てみましょう。

「ドーマーの条件」は、次の恒等式に基づいています。

 ここで、D は政府債務残高、Y は名目GDP, G は政策的政府支出(政府債務に対する利払い費を除いた政府支出)、T は政府税収、i は名目利子率、g は名目GDP成長率をそれぞれ表しています。

 この式を見ると、政府債務残高のGDP比の変化(上昇するか、低下するか)は、名目利子率と名目GDP成長率の差の影響を受ける右辺第1項と、政策的政府支出と政府税収との差(=基礎的財政収支の逆符号をとったもの)の影響を受ける右辺第2項に依存していることが分かります。なお、ここでは、基礎的財政収支が赤字の場合には、右辺第2項は正の値をとることに注意して下さい。

 この式の標準的な理解は、名目利子率と名目GDP成長率は等しいと仮定して、右辺第1項をゼロとするものです。こうすると、政府債務残高のGDP比の変化は、基礎的財政収支の符号次第ということになります。基礎的財政収支が赤字であれば、政府債務残高比率のGDP比は上昇するが、基礎的財政収支が黒字であれば、同比率は低下することになるというわけです。これが、標準的な理解の由来です。

【利子率成長率格差の重要性】

 言うまでもなく、もし名目利子率と名目GDP成長率が等しくなければ、このような標準的な理解は成立しません。この点は大変に重要です。と言うのも、「中長期の経済財政の試算」のシミュレーション結果を見ると、実際、名目利子率と名目GDP成長率とは等しくなっていないからです。両者が等しくなっていないとすると、政府債務残高のGDP比の変化は、右辺の2つの項の相対関係によって決まるということになります。

 そこで、シミュレーション結果を利用して、経済再生ケースについて、公債等残高のGDP比を、上記の右辺第1項(以下では「利子率成長率格差要因」)と右辺第2項(以下では「基礎的財政収支要因」)の2つの項に寄与度分解してみたいと思います。その結果が第3図です。

第3図 中長期の財政シミュレーション結果(経済再生ケース):
公債等残高のGDP比の前年度差の寄与度分解

(データ出所) 内閣府「中長期の経済財政の試算」(2017年1月25日)と筆者試算

 これを見ると、基礎的財政収支要因は24年度まで引き上げ要因として寄与しているのに対して、利子率成長率格差要因は一貫して引き下げ要因として寄与していることが分かります。

 このような関係は、経済再生ケースの下でのシミュレーション結果として示されている名目長期利子率と名目GDP成長率の動向からして、自然な結果だと思われるかもしれません。第4図にあるように、中長期のシミュレーション結果によると、23年度にその関係が逆転されるまで、名目GDP成長率は名目長期利子率を上回り続けるからです。

第4図 中長期の財政シミュレーション結果(経済再生ケース):
名目利子率と名目GDP成長率

(データ出所)内閣府「中長期の経済財政の試算」(2017年1月25日)と筆者試算
(注)ここでいう「名目長期利子率」は、第5図の「市場」名目利子率と同じ。

【「実効」名目利子率と「市場」名目利子率】

 しかし、これだけでは、タイミングの問題を説明できません。第4図によると、23年度以降、名目利子率は、名目GDP成長率を上回り、政府債務残高のGDP比に対しては引上げ要因に作用し始めているのに対して、第3図を見ると、利子率成長率格差要因は、23年度以降も引き下げ要因として作用していという結果になっているからです。

 このタイミングの差は、「実効」名目利子率と「市場」名目利子率を区別することによって説明ができます。「ドーマーの条件」に出てくる名目利子率iとは、政府債務の利払いに関する利子率なので、過去に負った政府債務もあることを考慮すると、過去の政府債務にかかる名目利子率の加重平均に相当する「実効」名目利子率のはずです。これに対して、シミュレーション結果に示されている名目長期利子率は、その時々の「市場」名目利子率なのです。

 2つの名目利子率の関係は次のようなものになります。もし過去の「市場」名目利子率が高く、その後、それが低下してきているとしましょう。その時は、「実効」名目利子率は「市場」名目利子率より高くなっているはずです。なぜならば、政府債務の「実効」名目利子率は、一部が満期を迎え、借り換えられた時にしか「市場」名目利子率を反映しないからです。もしそれとは逆に、過去の「市場」名目利子率が低く、その後、それが上昇してきているような時には、当然、「実効」名目利子率は「市場」名目利子率よりも低くなっているはずです。

 このようなことが、実際にも、このシミュレーションのなかで起こっていることのようです。シミュレーション結果から政府債務の「実効」名目利子率を逆算してみて、それと名目GDP成長率とを比較してみると、第5図のようになります。

第5図 中長期の財政シミュレーション結果(経済再生ケース)
「実効」名目利子率と名目GDP成長率

(データ出所) 内閣府「中長期の経済財政の試算」(2017年1月25日)と筆者試算

 これを見ると、「実効」名目利子率と名目GDP成長率の差は、シミュレーション期間中、一貫して、政府債務残高のGDP比に対しては引き下げ要因として寄与していることが分かります。この結果は、第3図の利子率成長率差要因の動きと整合的です。

【基礎的財政収支を黒字化することの重要性】

 これまでの検討の結果を踏まえると、以下のようなことが言えるように思います。

 第1に、経済再生ケースにおいて、基礎的財政収支が赤字であるにもかかわらず政府債務残高のGDP比が低下するというシミュレーション結果が示されているのは、「実効」名目利子率の上昇が名目GDP成長率の上昇に比べて遅いことによるということです。

 第2に、しかし、「市場」名目利子率は上昇傾向にあり、長期的には名目GDP成長率を上回るようになるので、政府債務の借り換えが進むにつれ、「実効」名目利子率もいずれ名目GDP成長率を上回るようになると見込まれるということです。ただし、そのようなことが実際に起こるのは、26年度以降になると予想されます。

 第3に、この結果、利子率成長率格差要因もいずれ(26年度以降)政府債務残高のGDP比に対する引上げ要因になっていくので、その要因を相殺するだけでなく、そのような引上げ要因を引下げ要因が上回るようになり、政府債務残高のGDP比を低下させていくようになるためには、基礎的財政収支が十分な黒字を達成することが必要であるということです。

 確かに政府債務残高のGDP比は直近では低下傾向を示すかもしれません。しかし、これを持続的な低下傾向として定着させるためには、基礎的財政収支の黒字化は引き続き重要であることを忘れてはならないように思います。