一覧へ戻る
齋藤潤の経済バーズアイ (第66回)

グローバル化と不平等度の拡大

 

2017/09/25

【有権者の反乱と不平等度の拡大】

 昨年のブレグジットやトランプ大統領の誕生は、世界経済に大きな衝撃を与えました。それは、戦後世界経済の基本的なパラダイムであったグローバル化を否定し、新たに保護主義的な経済政策を対置するものでした。これを機に、これまでのグローバル化の道を引き続き辿っていくのか、それとも保護主義の道へと舵を切っていくのか。世界経済は、この二者択一の岐路に立たされているように見えます。

 なぜこのような事態に至ったのでしょうか。いずれも国民投票や大統領選挙における「有権者の反乱」に起因しているだけに、有権者において何か大きな地殻変動が起きているはずです。

 理由として考えられるのは、Thomas Piketty が問題提起をした近年における不平等度の拡大です。米国や英国では、例えば所得でトップ1%に入る富裕者が得る所得のシェアが急速な上昇を示しているのです(第1図参照)。Pikettyは、それがスーパーマネージャーと言われる一部の経営者が高額の報酬を得ていることによってもたらされていると指摘しています。また、トップ0.1%層では、金融所得が労働所得を上回っていることから、そうした高額の報酬が蓄積されて金融所得の源泉になっているとも言っています。後者は拡大している不平等が固定化されている可能性を示しています。有権者は、こうしたことを敏感に感知して、グローバル化に矛先を向けているのではないかと考えられます。

第1図 所得上位1%層の所得シェア

(データ出所)World Wealth and Income Datbase

(ただし、米国では、不平等の問題を直接取り上げても、政治的には大きな力にならないとの指摘もあります。不平等度の拡大と有権者の投票行動の関係については、より精緻な分析が必要とされているように思います。)

【不平等度の拡大をもたらした要因】

 不平等の拡大は事実であるとしても、それが必ずしもグローバル化によってのみもたらされたものではないということは注意をする必要があります。グローバル化以上に不平等度の拡大をもたらした要因として考えられるのが、技術革新です。IT化を中心とした技術革新によって、定型化され、容易に置き換えることのできる職業を中心に雇用が消滅している、あるいは消滅の危機に瀕しているのです(skill-biased technological change)。オックスフォード大学の研究者の計算によると、米国の2010年時点における職業の47%が高い確率で置換可能(中程度の可能性のものを加えると66%)と試算されています(Frey and Osborne, 2013)。これがいわゆる中間層の没落をもたらしていることは容易に想像できます。

 しかし、これに加えて、グローバル化が影響していることも否定できません。輸入財の増加によって、それによって代替されてしまう産業は大きな影響を受けます。また、外国とのサプライチェーンの構築によって、一部工程が外国に移譲されることにもなります(往々にして自国企業の外国子会社がその生産を分担しているのですが)。米国の労働分配率の低下を説明する要因として、こうしたグローバル化の影響が、技術革新に次ぐ大きな要因として挙げられるという分析結果が、IMF(国際通貨基金)によって示されています(IMF 2017 Article IV Consultation Staff Report)。

【日本で不平等度の拡大が限定的であった理由】

 ところで、このように考えてくると、一つの疑問に至ります。なぜ日本の不平等度はそれほど拡大していないのか、ということです。

 もちろん、日本の貧困率は上昇をしています。OECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも、いまや上位に位置しています。また、所得上位10%層の所得シェアでは、日本は欧米とそれほど異なるわけではありません。これは深刻な状況であることは間違いないことで、特に正規・非正規の処遇格差、一人親世帯の貧困の問題は早急に解決すべき問題です。ただ、先ほどのような所得上位1%層などで国際比較をすると、米国や英国に比べて不平等度の拡大が限定的であるということも事実です(第1図参照)。

 日本において不平等度がそれほど拡大していない理由として一つ考えられるのは、我が国において、実は、技術革新やグローバル化があまり進んでいないのではないかということです。

 技術革新の遅れについては、二つの面が考えられます。新しい技術を創造する面での遅れと、それを産業に実際に応用したりする面での遅れです。また、グローバル化については、「内向きのグローバル化」の遅れです。ここでは、後者のグローバル化の遅れに焦点を当てて、いくつかの指摘をしたいと思います

【遅れている日本の「内向きのグローバル化」】

 日本のグローバル化は、「外向きのグローバル化」を見る限り、外国と見劣りすることなくグローバル化が進んでいるように見えます。

 輸出は大幅な拡大を示し、経常収支黒字の大きな源泉になってきましたし、対外直接投資も、GDP比で見るとOECDの中で相対的に高い水準に示してきました。労働移動の面でも、多くの移民が南米に移住したり、多くのビジネスマンが海外駐在員として活躍したりしてきたのです。

しかし、実は、「内向きのグローバル化」という面で見てみると、その進捗は極めて限定的であることが分かります。この点は、本コラムですでに取り上げたことがありますので、詳しくはそちらに譲ることにしたいと思います(詳細は「内なるトランプを見つめる」17年3月21日をご参照ください)。以下では、要点だけ述べることにします。

 まず、輸入では、農産物が依然として厚く保護されています。そのため、12カ国で合意した本来のTPPにおける関税撤廃率を見ても、12カ国中10カ国で100%、1カ国が99%であるのに対して、日本だけが95%にとどまっているのです。

 また、対内直接投資残高のGDP比率を見ると、5.2%にとどまっています。これは、OECD諸国中でも最下位の水準です。

 最後に、外国人労働者の受入れにおいても、極めて限定的なものとなっています。労働力人口に占める外国人労働者の比率は2016年で1.6%と、OECD加盟国中で最も低い国の一つとなっているのです。

【「内向きのグローバル化」を進める】

 以上、「内向きのグローバル化」が限定的にしか進んでいないことを見てきました。これをこのままで放置しておいて良いということにはなりません。今後、高齢化・人口減少の下でも日本経済が持続的な経済成長を遂げていくためには、「内向きのグローバル化」を積極的に進め、日本経済がグローバル化のメリットを十分に享受できるようにする必要があります。アベノミックスの第三の矢では、この「内向きの自由化」の推進が大きな柱の一つでなくてはならないと思います。

 ただ、ここで注意しなければならないのは、「内向きのグローバル化」のためにすべきことは、それを妨げている「直接的な規制」を自由化すればそれで済むというような簡単な話ではないと言うことです。例えば、対内直接投資に対する直接的な規制(内外を差別するような規制)は、他のOECD加盟国と比べて特に厳しいというわけではありません。OECDのFDI Restrictiveness Indexを見ても、規制の程度は中程度となっています。

 では何が対内直接投資を妨げているのか。実は、対内直接投資を妨げているのは、一般的な事業環境のようなのです(内外差別のない規制)。例えば、外国企業は、収益性が低いことやコストが高いということを問題にしています(「対日直接投資に関する有識者懇談会報告書」、2014年)。しかし、これらは、いずれも国内企業が直面している問題でもあるのです。だからこそ、我が国ではベンチャーなどもなかなか出てこないのかもしれません。対内直接投資が少ないことと、開業率が低いことは、実は根を持つ問題なのかもしれないのです。だとするならば、対内直接投資を増加させるためには、国内の利益率を引上げたり、事業コストの引下げを図ったりするといった、「一般的な事業環境の改善」を必要とするということになります。

【不平等度を拡大させないために】

 これまで遅れていたイノベーションとグローバル化を推し進めると、これまでに経験してこなかったようなことが起こっていく可能性があります。特に指摘すべきは、米国や英国のような不平等度の拡大がもたらされるリスクがあるということです。

 特に「内向きのグローバル化」を進めると、海外からの競争圧力を高めることになり、事業からの撤退を余儀なくされたり、リストラで雇用の場を奪われたりするようなケースが増えてくる可能性があります。そのようなことが起こるのを防ぐためにはどうすればいいのでしょうか。

 この点では、大きく二つのことが考えられます。

 第1に、人的資本の蓄積を促進するとともに、そうした人材の活用を図ることです。

 教育内容を高度化し、簡単に代替の効かない専門的な技能を身につけたプロフェッショナルを効率的に育成していく必要があります。また、企業も、ゼネラリストだけではなく、専門的な技能をもったプロフェショナルをもっと積極的に雇用していく必要があります。これによって生産性が上昇し、対外競争力も高まることになるはずです。

 第2に、人的資本の不断の高度化を可能にするとともに、そうした人材が新たな職場に速やかに移動できるような環境を整備することです。

 グローバル化によって、海外からの競争によって古い産業が比較優位を失うことになった場合、人材が速やかに必要とされる技能を身につけ、比較優位があり、今後成長が見込まれる新しい産業に円滑に移行できるようにすることが重要になります。そのためには、技能を効率的に高めることができるような社会人教育や職業訓練の機会が提供されている必要があります。また、それと並行して、企業と個人のマッチングを円滑に行う職業紹介機能の整備・高度化を進めることが求められます。

 後者の分野は、OECDなどで言う積極的労働市場政策(Active Labor Market Policy)の領域と重なります。その整備度合を当該政策に対する公的支出の規模で見ると、例えば米国や英国は、OECD加盟国のなかでも極めて低い国々のグループに含まれているのです。それが、不平等度の拡大を許した要因の一つになったように思われます。

第2図 積極的労働市場政策への公的支出(対GDP比、2015年)

(データ出所)OECD

 しかし、実は、この指標で見ると、日本の支出規模も極めて低い水準にあるのです。これを改めない限り、我が国も米国や英国と同じ事態に追い込まれる可能性があります。教育制度と雇用支援制度の抜本的な見直しが求められています。