日本における不平等度の拡大:その特徴と背景
2017/12/22
【日本において不平等度は拡大しているか】
トマ・ピケティーの『21世紀の資本論』の出版以来、不平等度の拡大が注目を浴びています。彼によると、多くの国で、所得上位1%の階層の所得シェアが上昇しており、不平等が拡大しているとのことです。その理由としては、一部の経営者(スーパー・マネージャー)が高所得を稼ぐこと、相続によってそうした金融資産が蓄積されていること、そして金融資産の収益率が実質成長率を上回っていること、などが挙げられています。こうした傾向は、第1図でも分かるように、米国の他、多くの欧州諸国にも見られています。
第1図 G5諸国:所得上位1%層の所得シェア
(データ出所)World Income and Wealth Database
しかし、それとは対照的に、日本では、同じく第1図に見られるように、そうした意味での不平等度の拡大はあまり見られません。他方、他の指標に基づいて、日本でも不平等度の拡大が観察されているとの見方もあります。
今月のコラムでは、OECDが提供するデータを参照しながら、日本における不平等度の拡大の特徴とその背景について検討してみたいと思います。
【日本における不平等度の拡大の特徴】
不平等度の拡大については、OECDがいくつかの指標を提供してくれています。そのうちでも重要なのが、ジニ係数と相対的貧困率です。
そこで、まずジニ係数によって日本の実情を見てみましょう。第2図では、市場で得られる総収入に基づくジニ係数と、税負担や移転支払による所得再分配後の可処分所得に基づくジニ係数の両方が示されていますが、これを見ると、市場で得られる総収入に基づくジニ係数は、このところ緩やかに上昇していることが分かります。その意味では不平等度は拡大しているということができます。しかし、所得再分配後の可処分所得に基づくジニ係数の方は安定して推移しています。
第2図 日本:ジニ係数
(データ出所)OECD
この結果、可処分所得に基づくジニ係数を国際比較してみても、第3図でもわかるように、日本のジニ係数は、OECD加盟国の中では中位より少し上に位置する程度で、米国や英国に比較してかなりの低水準にあります。
第3図 OECD加盟国:可処分所得に基づくジニ係
(2014年または最近年)
(データ出所)OECD
ただし、税負担や移転支払によるジニ係数の引下げ効果についてみると、税負担と移転支払による所得再分配の効果は、第4図が示しているように、諸外国に比べてそれほど大きなものではありません。
第4図 OECD加盟国:ジニ係数に対する所得再分配の効果
(データ出所)OECD
また、税負担と移転支払とを比べると、日本における再分配効果は、第5図が示しているように、税負担よりも移転支払によるところが大きいものになっています。
第5図 日本:ジニ係数に対する税負担及び移転支払別の効果
(データ出所)OECD
ジニ係数でみたのと同じようなことは、相対的貧困率についても言えます。相対的貧困率とは、国民の中位所得者が稼ぐ所得の半分以下の所得しか得ていない国民の割合のことです。それによると、市場で得られる総収入に基づく相対的貧困率は徐々に上昇していますが、税負担と移転支払による所得再分配後の相対的貧困率はほぼ横ばいとなっていることは、第6図が示しているとおりです。
第6図 日本:相対貧困率
(データ出所)OECD
もっとも、相対的貧困率を国際比較すると、様相は変わってきます。第7図が示しているように、日本は、相対的貧困率の比較的高いグループに属しており、米国に近く、英国よりはかなり高い水準となっています。
第7図 OECD加盟国:相対貧困率
(データ出所)OECD
【日本における相対的貧困率が高い理由
相対的貧困率が高い理由については様々な研究が行われていますが、そこで挙げられている主なものは次の通りです。
第1に、人口の高齢化です。高齢者層は、そもそも相対的貧困率は高い年齢層です。高齢化が進行すると、そうした高齢者層のシェアが拡大することになるので、全体としての相対的貧困率も拡大することになります。
このことは第8図で確認することができます。これによると、相対的貧困率が最も高い年齢層は76歳以上層であり、それに次ぐのも66歳~75歳層となっています。
第8図 日本:年齢層別の相対貧困率
(データ出所)OECD
ここで注目すべきことは、高齢者層の相対的貧困率は、高水準ではあるものの、上昇を示しているわけではないということです。高齢者層の中でも高齢化が進んでいるとすれば、相対的貧困率が上昇しても不思議はないのですが、それが安定している背景には、移転支払による所得再分配の効果(特に年金支払によるそれ)があるものと考えられます。
なお、高齢者は、特に単身者世帯になると、生活上の困難に陥ることが多くなります。そのことは、例えば、高齢者の生活保護受給者が増加していることにも現れています。第9図によると、高齢者の生活保護受給者が1990年代以降、顕著に増加しています。
第9図 日本:生活保護世帯の内訳
(データ出所)厚生労働省
相対的貧困率が高い理由の第2は、非正規雇用者の増加です。非正規雇用者の賃金は、正規雇用者の賃金より低いものとなっています。その非正規雇用者の全雇用者に占める割合が上昇している(2016年度で40%程度)ため、相対的貧困率も上昇しているのです。
第8図において18歳~25歳層の相対的貧困率が上昇している背景には、こうした要因が存在しているものと考えられます。もっとも、これでも、それの全体に及ぼす影響は小さなものにとどまっている可能性があります。というのも、全人口に占めるこうした年齢層のシェアが、高齢化・人口減少の影響で小さくなっているからです。
理由の第3は、片親世帯(母子家庭と父子家庭)における貧困化が進展していることです。離婚率は上昇傾向にあります(2016年までの30年間に離婚件数は31%増加しました)。その結果、片親世帯が増加していますが、片親世帯においては、母子家庭を中心に非正規雇用に頼らざるを得ないこともあって、相対的貧困率は高水準にあるのです。
このことを子供のほうから見ると、子供の貧困化が進んでいることになります。第8図において、18歳未満層の相対的貧困率が緩やかに上昇しているのも、こうしたことを反映しているものと考えられます。
【日本が直面する経済成長と平等社会のトレードオフ】
このように見てくると、不平等度の拡大は、ますます深刻になっているものと考えられます。こうした問題に対する対応策は強化する必要があります。貧困化に直面している世帯を中心に、セーフティネットの整備が図られるべきです。
しかし、日本における不平等度の拡大には特徴があります。それを確認しておくことは、政策的対応を考えるうえでも極めて重要です。
すでに確認したように、所得上位1%の階層の全所得に占めるシェアは、諸外国、特に米国や英国ほどには拡大していません。日本における不平等度の拡大は、高所得者がますます高所得になったことによってもたらされているわけではないのです。
加えて、日本における不平等度の拡大の特徴は、現役世代の不平等度が拡大しているわけでもないことです。第8図においても、26歳~40歳層、41歳~50歳層、51歳~65歳層における不平等度の拡大は限定的なものにとどまっています。日本における不平等度の拡大は、既にみたように中低所得層における貧困化に起因しているのです。
なぜ欧米との間にこのような違いが生まれてくるのでしょうか。もし米国や英国のように技術進歩が進展し、グローバル化が深化していたら、そうした国々と同じように不平等度が拡大したはずです。
これに対する答えは二通り考えられます。
ひとつの答えは、日本の政策が適切に立案・実施された結果、不平等度の拡大を阻止することに成功したとするものです。技術進歩が進展し、グローバル化が深化したとしても、積極的労働市場政策が採られた結果、十分な教育・訓練が施され、企業と労働者のマッチングも改善されたことにより、不平等度の拡大をもたらす要因を取り除くことに成功したという可能性が考えられます。
しかし、このような積極的労働市場政策に対する日本の公的支出のGDP比は、諸外国に比べて極めて低いものにとどまっています。第10図にあるように、OECD諸国の中で、日本は米国とともに、この分野に対する公的支出のGDP比が最も低い国々のグループに属しています。
第10図 OECD加盟国:積極的労働市場政策に対する公的支出
(データ出所)OECD
このように考えると、もうひとつの答えが浮かび上がってきます。それは、日本においては、欧米のように技術進歩が進展しておらず、グローバル化も深化していないのではないかというものです。
日本の近年における生産性上昇率の低さは、確かに技術進歩が遅れていることを示しているように思えます。また、農業分野における貿易保護の強さ、対日直接投資の少なさ、外国人労働者受入れに対する厳しさは、日本がまだ十分にグローバル化していないことを示しているように思えます。(なお、この点については、本コラム「グローバル化と不平等度の拡大」17年9月25日でも既に触れたことがあります。詳細については、そちらをご参照ください。)
もしこのことが日本における不平等度の拡大の背景にあるとしたら、これは諸外国における不平等度の拡大の背景にあるものとはかなり異なるものであるということになります。
【トレードオフを克服するにはどうすればいいのか】
不平等度の拡大は、社会に対する深刻な挑戦です。このような事態を回避すべく、その背景にある要因を取り除くことが必要であることは言うまでもありません。
しかし、もし不平等度の拡大を回避するための手段が、技術進歩の抑制であり、グローバル化の限定であるとすれば、話は複雑になります。なぜなら、技術進歩とグローバル化の放棄は、成長機会を逸失するという対価を支払わなければならないからです。
日本は現在、極めて困難なトレードオフに直面しているように考えられます。技術進歩とグローバル化は、生産可能性フロンティアを拡大し(技術進歩)、それによって可能になった可能性を十分活用するために効率性を高める(グローバル化)ことに寄与します。それは成長をもたらすことになります。しかし、技術進歩とグローバル化は、同時に、不平等度の拡大をもたらします。そうしたトレードオフに直面して、これまでは、技術進歩とグローバル化を犠牲にすることを選択してきました。しかし、そうした選択を、今後も続けるのでしょうか。
もし将来の成長展望を高めたいのであれば、政策選択の転換を図らなければなりません。その場合には、技術進歩を促し、グローバル化を深めるような新しい政策体系を追求すべきです。
ただし、新しい政策選択は不平等度の拡大をもたらすような作用を持つことは必至です。したがって、もし成長展望を高めるために技術進歩の促進とグローバル化の深化のための新しい政策体系を選択するのであれば、同時に不平等度の拡大に対処するための補完的な政策体系を準備する必要があります。生涯を通じて必要な人的資本を蓄積することが可能な教育制度を提供すること、陳腐化した技能に変わる新たなスキルを身につけるための訓練機会を用意すること、労働需給のマッチング機能を高めることは、緊急に取り組まれるべき政策課題です。
今日活発化している教育をめぐる議論においても、こうした観点を取り入れることが必要ではないかと思われます。
バックナンバー
- 2023/11/08
-
「水準」でみた金融政策、「方向性」で見た金融政策
第139回
- 2023/10/06
-
春闘の歴史とその経済的評価
第138回
- 2023/09/01
-
2023年4~6月期QEが示していること
第137回
- 2023/08/04
-
CPIに見られる基調変化の兆しと春闘賃上げ
第136回
- 2023/07/04
-
日本でも「事前的」所得再分配はあり得るか?
第135回