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齋藤潤の経済バーズアイ (第70回)

デフレ脱却と2%物価安定目標の実現:二つは別物か

 

2018/01/15

【上昇を続ける消費者物価指数】

 消費者物価指数(CPI)の総合が上昇を続けています。図表1に示されているように、2017年11月は前年同期比で0.6%の上昇となり、2016年10月以降、14カ月連続の上昇となっています。日本銀行の物価安定目標である2%にはまだ手が届かないものの、持続的な上昇を示していることから、政府が近くデフレ脱却宣言をするのではないかとの憶測も浮上してきています。内閣府も「デフレ脱却に向けた局面変化が見られる」としています(例えば、「デフレ脱却に向けた現状の検証」、2017年11月16日経済財政諮問会議提出資料)。

図表1: 消費者物価指数(総合)の動向

(データ出所) 総務省統計局


 仮に政府がデフレ脱却宣言をしたとしたら、日本銀行の2%物価安定目標にはどのような意味があることになるのでしょうか。そもそもデフレ脱却が2%物価安定目標に先行して達成されるということはあり得るのでしょうか。今月のコラムは、この問題について考えてみたいと思います。

【デフレ脱却とは何か】

 まずデフレ脱却の定義を確認することから始めましょう。デフレ脱却を定義するためには、デフレの定義を見ておくことが必要です。デフレ(正式にはデフレーション)は、物価(商品やサービスの価格の集計値)が持続的に下落を続けているような状態のことを言います。したがって、一時的な物価の下落はデフレではありませんし、特定商品あるいはサービスの価格が持続的に下落することもデフレとは言いません。

 そうだとすれば、デフレ脱却とは、物価が持続的に下落しているような状況ではないことになります。実際、内閣府は、デフレ脱却を「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みのないこと」と定義しています。そのような状況は、物価が持続的に安定ないし上昇するようになったとき(つまりインフレになったとき)になって初めて言えることのはずです。

 それでは、どのようになれば物価が持続的に安定ないし上昇を示していると言うことができるのでしょうか。そのためには、CPIが上昇を続けているというだけでは十分ではありません。

 その理由の一つとしては、CPIにはラスパイレス型指数に特有の上方バイアスがあることが挙げられます。まだ「真の物価」が下落をしていても、CPIは上昇を示すこがあり得るからです。したがって、上方バイアスを見込んでも確実に「真の物価」が安定ないし上昇していると言えるような幅の上昇であることが必要になります(この点については後述します)。

 もう一つの理由は、物価が持続的な安定ないし上昇を示していると言えるためには、CPIの動きが「持続的」なものであること(=基調的な動きであること)を確認することが必要になるからです。

【物価の持続的な安定ないしは上昇を確認するための指標】

 物価の基調的な動きを確認するためには、次のような指標の動向を見ることが有用です。

 第1は、GDPデフレーターです。

 物価が持続的に安定ないし上昇しているためには、物価が国内要因によって支えられている必要があります。海外要因は、原油価格が典型例ですが、一時的な変動に過ぎないことが多いのです。したがって、海外要因によってもたらされた物価の安定ないし上昇は持続的であるとは言えません。

 物価の変動のうち国内要因による部分を示しているのがGDPデフレーターです。GDPデフレーターは、直接的には名目GDPを実質GDPで除したものですが、名目GDPは国内生産された付加価値(利潤+賃金)のことであり、実質GDPは国内で生産された生産数量に対応していると考えられるので、GDPは生産数量一単位当たりの付加価値を示していると解釈できます。このため、GDPは、「ホームメイド・インフレ」や「ホームメイド・デフレ」の指標であると考えられています。

図表2によると、GDPデフレーターが直近でプラスになったのは、ようやく2017年の第3四半期のことです(それ以前のプラスの背景には、消費税率の引き上げなどがあると考えられます)。このプラスは、持続的な物価の安定ないし上昇の兆しかもしれませんが、1四半期の動きだけで即断することはできません。

図表2: デフレ脱却の関連指標

(データ出所) 内閣府経済社会総合研究所


 第2は、GDPギャップです。

 GDPギャップは、実現されたGDPと潜在GDPとの差のことで、マクロ的な需給を表しています。これは物価に対するディマンド・プル圧力を表しているとも言えます。これがマイナスであるときは、実現GDPが潜在GDPを下回っていて需要不足の状態にあり、物価に対しては下押し圧力が働いていることを意味します。また逆にこれがプラスであるときは、実現GDPが潜在GDPを上回っていて需要超過の状態にあり、物価に対しては上昇圧力が加わっていることを意味します。

 図表2で見ると、GDPギャップは2017年の第2四半期からプラスとなっています。これは物価に対して上昇圧力が加わるようになってきていることを意味していますので、このような状態が続くことになれば(これ自身まだ予断を許しませんが)、一定のタイムラグを伴いながらも、いずれ物価は持続的に上昇することになると期待することができます。

 第3は、単位労働費用(ULC)です。

 ULCとは、生産数量一単位当たりの労働費用のことで、物価に対する賃金面からのコスト・プッシュ圧力がどの程度作用しているのかを表しています。仮にこれが下落をしていればコスト・プッシュ圧力は弱く、これが上昇していると賃金コストが物価を押し上げていく圧力が強まっていることを意味します。

 図表2を見ると、ULCは2014年以降、上昇を示していることが分かります。ただ、最近は上昇率が弱まっています。しばしば物価上昇をもたらすには賃金上昇が弱いと言われますが、そうしたことがこのようなULCの動きでも確認できます。

 以上、CPIに加えて三つの指標を見てきましたが、これら4指標は、政府がデフレ脱却の判断に際して注目する指標として挙げている指標と一致しています。そのような観点から言えば、政府の立場からしても、まだデフレ脱却を宣言するまでには至っていないと判断することができます。

【物価安定目標が2%である理由】

 次に、こうしたデフレ脱却をしたかどうかの判断と、2%の物価安定目標達成の判断との関係を考えてみたいと思います。

 一見すると、両者は別々のことを言っているように見えます。また、現在の分業関係で言うと、前者は政府の責任で判断し、後者は日銀の責任で判断することになっています。実際、それを前提にして、デフレ脱却宣言が2%物価安定目標の達成に先駆けて行われるのではないかとの観測が浮上していることは冒頭でも指摘した通りです。

 しかし、そもそもこの両者の達成が別々のタイミングで行われるということはあり得るのでしょうか。両者は同じ事を別々の視点で言っているだけであって、一方が達成されたと判断されたときには、他方も達成されたと判断されることになるのではないでしょうか。

 そのことを考えるためには、日本銀行がなぜ物価安定目標を2%に設定しているかを確認する必要があります。日本銀行は、物価安定を「持続可能な物価の安定と整合的と判断する物価上昇率」と定義し(日本銀行金融政策決定会合「金融政策運営の枠組みのもとでの『物価安定の目標』について」、2013年1月22日)、次のような説明をしています(例えば、黒田総裁の講演「なぜ『2%』の物価上昇を目指すのか」、2014年3月20日)。

 第1に、CPIには上方バイアスがあることです。

 CPIは基準年次で価格の加重平均を求める際に使用されるウェートが固定されるラスパイレス型の指数であるため、例えば価格が下落したために販売数量が伸びて家計支出に占める割合が大きくなった商品やサービスがあったとしても、それには基準時における低いウェートがそのまま適用されることになっています。そのため、物価下落が過小評価され、「真の物価」に比べて物価が過大評価される可能性があるのです。

 それでは、上方バイアスはどの程度のものでしょうか。アメリカについてはかつてボスキンレポートというのが発表されており、上方バイアスは1.1%程度と試算されています。また、日銀も、消費者物価指数の変化率とGDPデフレーターの変化率が1%程度上回っていることを指摘しています。こうしたことから、上方バイアスは1%程度あるものと考えられます。

 第2に、再びデフレに陥らないようにするためには、ある程度の余裕を持たせておく必要があるということです。

 例えば、物価は短期的な要因や海外要因によって変動します。そうだとすれば、物価上昇率が低すぎると、そうした要因によって簡単に物価が下落してしまうことになってしまいます。そうしたことを避けるためには、ある程度のプラスを確保しておく必要があるということになります。

 日銀は、この余裕を持たせる必要性を金融政策の観点から論じています。物価上昇率が低いと金利水準も低くなりますが、それでは物価が下落圧力に直面したときに金利緩和をする余地が小さいものになってしまいます。金融緩和の可能性をなるべく残すためには、ある程度の物価上昇率と金利水準を確保しておく必要があるということになります。日銀はこのことを「のりしろ」という言葉で表現しています。

 以上の他、経済学の立場からは、名目賃金の硬直性が存在するような状況では、ある程度の物価上昇率を確保することで実質的な調整を行うことが可能になるという議論があります。また、日銀は、2%が主要な中央銀行でも採用されている「グローバル・スタンダード」であることを指摘しています。

 これらを総合すると、2%の物価安定目標は、真の物価の安定基調に対応するCPI上昇率に、再びデフレに戻らないようにするための余裕をある程度上乗せするという考え方から設定されていると言えます。そうであれば、デフレ脱却の考え方と基本的には一致していると言えます。考え方としては、デフレ脱却と判定されるような状況であれば2%は達成されているはずです。逆に2%が達成されたような状況ではデフレ脱却も達成されているはずです。換言すれば、デフレ脱却と2%物価安定目標の達成は基本的には同時になるはずであり、両者の達成時期の間に大きなタイムラグが生じるということは考えにくいのではないでしょうか。

【物価安定目標から見た物価の現状】

 それでは、物価安定目標の観点から物価の現状を見た場合、どのように評価できるのでしょうか。

 確かにCPI総合はこのところ上昇を続けています。しかし、CPI総合は、一時的な要因によっても影響されます。したがって、CPIを見るときには、その基調を読み取るためのいろいろな工夫が必要になってきます。そのような観点から、CPIについては、いくつかの特別な指数が作成されています。

 第1に、生鮮食品を除くCPI総合です。これは日銀のコアCPIと呼ばれることもあるもので、天候要因などで大きく変動する生鮮食品の影響を取り除こうというものです。

 しかし、生鮮食品以外にも一時的な物価変動要因はあります。例えば原油関連の商品・サービスなどは、まだ含まれたままです。従って生鮮食品を除いただけでは不十分だと言えます。

 第2は、生鮮食品とエネルギーを除くCPI総合です。これは日銀のコアコアCPIと言われることもあるもので、生鮮食品に加え、一時的な変動の大きい原油関係などエネルギー価格を除いたものです。基調を見るには、生鮮食品を含むCPI総合よりは適当であると考えられます。

 第3は、食料(酒類を除く)及びエネルギーを除くCPI総合です。これは米国型コアとも呼ばれるもので、生鮮食品とエネルギーを除くCPI総合から、さらに一時的な変動を示すことの多い生鮮食品以外の食料(ただし酒類を除く)も除いたものです。

 確かに、米国型コアの方が基調をつかまえるには相応しいと言えそうですが、他方で、カバーされる品目のウェートがかなり小さくなってしまうという欠点もあります(現行CPIにおけるウェート合計は、CPI総合の10000、生鮮食品を除くCPI総合の9586、生鮮食品及びエネルギーを除くCPI総合の8882に対して、米国型コアは6713しかありません)。

 第4は、CPI連鎖指数です。前述のように、CPIはラスパイレス型の指数なので上方バイアスがあります。連鎖指数は、その上方バイアスをできるだけ取り除こうとしたものです。具体的には、指数を求めるための加重平均の際に、基準年次のウェートを用いるのではなく、常に前年のウェートを用いるというものです。日本ではあまり注目されませんが、重要な指数の一つです。

 図表3によると、CPI総合とそれ以外の指数の間にはやはり乖離があります。どちらが高いかは時期にもよりますが、少なくとも最近は、CPI総合の方が概して他よりも高くなっています(例外は生鮮食品を除くCPI総合)。特に、日銀コアコア及び米国型コアは依然としてゼロ近傍にあります。これらを見る限り、2%の物価安定目標を達成するにはまだ相当の期間を必要とするように思われます。日本銀行も、「2%程度に達する時期は2019年度頃になる可能性が高い」(日本銀行「経済・物価情勢の展望」、2017年11月1日)としています。

図表3: 消費者物価指数に関する代替的な指標

(データ出所) 総務省統計局


【政府と日本銀行の連携が必要】

 以上のように考えてくると、デフレ脱却の判定と2%の物価安定目標達成の判定とは、同じ「持続的な物価の安定ないし上昇」を異なる視点から判定しようとしているだけであって、両者の判定時期は基本的には一致すべきものであるように思われます。

 そうであるとすると、仮に政府の判定と日本銀行の判定とが異なる時期に行われることになれば、かえって両者の判断の違いに関する憶測が生まれるなど、不必要な混乱を招く可能性があります。

 そうした混乱を回避するためにも、政府と日本銀行は物価基調の見方に関する意見交換を十分に行い、判定時期についても十分な連携をとる必要があるのではないでしょうか。