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齋藤潤の経済バーズアイ (第71回)

東京への一極集中と集積の利益

 

2018/02/19

【都道府県レベルで見られる収斂傾向】

 経済成長論の分野に収斂仮説(convergence hypothesis)というのがあります。これは、ある時点で一人当たり所得水準が高いと、その後の一人当たり所得の成長率は相対的に低くなり、逆に一人当たり所得水準が低いところから出発すると、その後の一人当たり所得の成長率は相対的に高くなるという仮説です。これが正しければ、ある時点では確かに貧富に大きな差があるように見える国々も、長期的には同じような一人当たり所得水準に収斂していくことになります。発展途上国に明るい希望を持たせてくれる仮説です。

 実証分析によれば、このような意味での収斂仮説は、OECD加盟国の間で見ることができます。また、いくつかの先進国の国内地域間の関係としても確認されています。例えば、アメリカ合衆国を構成する州の間で見られるほか、日本の都道府県の間でもこうした傾向が観察されています(例えばBarro & Sala-i-Martin, Economic Growthを参照して下さい)。

 図表1は、最近までの都道府県別データを基に作成したものです。横軸には、1975年度時点の実質県内総生産(支出側)を就業者一人当たりにしたものの自然対数値をとっています。また、縦軸には、1975年度~2014年度における就業者一人当たりの実質県内総支出(支出側)の平均成長率をとっています。この平面に各都道府県(データが欠落しているものは除く)のデータをプロットしてみると、このように負の相関が確認されます。日本の地域間では収斂仮説が成立していることを窺わせます。

図表1:都道府県間の収斂傾向

【外れ値としての東京都をどう理解するか】

 しかし、この図を見ると、右上に大きなはずれ値があることが分かります。言うまでもなく、これは東京都のデータです。東京都は、高い一人当たり実質所得を出発点にしているにもかかわらず、一人当たり実質所得の成長率も高い水準を維持しているのです。

 このような東京のパフォーマンスをどのように理解すべきでしょうか。

 一つの考え方は、収斂仮説の枠内で理解することです。ここでは、「絶対的な収斂仮説」(absolute convergence)と「条件付きの収斂仮説」(conditional convergence)の区別をすることが重要です。これまで説明してきた収斂仮説は、「絶対的な収斂仮説」を前提にしていました。したがって、全ての国が、同じ一人当たり実質所得に収斂していくことを想定していました。しかし、各国は、それぞれ違う収斂先(定常均衡)を持っていて、それに向けて収斂しているのかもしれません。このような「条件付きの収斂仮説」を前提にすれば、東京都は、他とは違う定常均衡を持っているために「外れ値」になっていると考えられます。

 もう一つの考え方は、集積(agglomeration)の観点から理解することです。都市への集積には、多くのコストが伴います。混雑の増幅、公害の悪化、地価や家賃の上昇などです。しかし、それを上回る集積のベネフィットもあり、そのために都市は成長を続けていると考えられます。例えば、新しい知識の創造・伝搬、非対称的なショックの吸収、経済主体間の取引をマッチング、取引費用の引下げ、財・サービスの多様性といった面で都市には大きな魅力があり、集積が進むのです。

【集積のイノベーション促進効果】

 ここでは、都市への集積によって、知識の創造や伝搬が促進され、労働生産性が上昇するという効果に注目してみましょう。図表2では、2014年度時点の就業者数を横軸に、同じく2014年度時点の一人当たり実質県内総生産(支出側)を縦軸にとっています。縦軸は、就業者ベースの「労働生産性」と読み替えることができます。

図表2:集積の経済的利益(2014年度)

 これを見ると、就業者が集積していくにつれて、労働生産性が上昇する傾向があることが分かります。これは、集積に伴って設備投資が促進されるほか、イノベーションが促進されることを示唆しています。これらは日本経済の成長力を高めることに大きく貢献するはずです。その意味では、東京への集中・集積は否定されるべきではないように思われます。

【東京都への一極集中を認めるべきか、認めざるべきか】

 もちろん、東京への集中や集積に対して否定的な考え方もあります。これまでも、東京への一極集中を排除し、地方へ分散を促すべきだとの観点から、様々な政策がとられてきました。最近の例で言えば、東京都の23区内にある私立大学の定員増を抑制するということがこれに当てはまるでしょう。

 また、都市経済学では、都市化が最適規模を超えてしまうという「過剰都市化」の傾向があることも指摘されています。

 しかし、都市化の「イノベーション促進効果」は、今後も長期にわたって予想される高齢化や人口減少のことを考えると、とても貴重なもののように思われます。もし、日本が直面する人口動態上の変化を食い止めることができないとするならば(そしてそれは当面、疑う余地のないように思われますが)、それらが日本経済の潜在成長率に及ぼす影響を相殺する手立てを考えなければなりません。

 生産性をあげること、特にイノベーションを促進することは、そのための重要な政策オプションです。問題は、イノベーションのサプライサイドに目を向けた時、あまり楽観することができないことです。高齢化・人口減少を背景に、イノベーションを担うべき科学者や技術者が増加していないからです。

 こうした状況の中で、集積によるイノベーション促進効果を利用するというのは、研究者に対する数量的な制約を克服するための方法としては非常に興味深いものであると言えます。都市への集積は、高齢化・人口減少という日本のイノベーションを制約する条件を克服するための一つの方向性を示しているように思われます。

 東京への一極集中問題は、以上を含む、より広い観点から検討されるべきではないでしょうか。