アメリカ経済の光と影:好調な景気とダイナミズムの変調
2018/06/20
【好調なアメリカの景気】
アメリカの景気の好調さが持続しています。
アメリカの実質GDP成長率を見ると、2008年と2009年におけるマイナス成長の後、8年連続してプラス成長が続いています。その結果、2017年の実質GDPの水準は、リーマンショック前のピークである2007年を15%も上回る水準にまで達しています(第1図)。
第1図 米国:実質GDP指数
2018年に入っても好調さは持続しています。第1四半期には年率2.2%の増加と、前期の2.9%の増加よりは幾分鈍化したものの、過去の平均成長率に匹敵する伸びとなっています。
その結果、労働需給も逼迫してきています。2009年10月には10%に達した失業率は、本年5月には3.8%にまで低下をしてきています。
こうした経済動向を受け、連邦準備制度理事会(FRB)は、6月13日の公開市場委員会(FOMC)で政策金利であるFFレートの誘導目標を1.75~2.00%に引き上げました。今回は今年2回目の利上げですが、アメリカ経済の好調さを背景に、本年中にさらに2回の利上げが行われるとの予想が一般的になってきています。
【先行きも好調さを持続】
今後を見通しても、財政政策の面からは景気をさらに刺激する要因が見込まれます。2018年度と2019年度予算で見込まれる財政支出の増加に加えて、2017年末に成立した税制改革法(Tax Cuts and Jobs Act)によって実現される法人税減税によって、設備投資が促進されることになります。
このままでいくと、2009年7月に始まった今回の景気拡張局面は、1991年4月から10年間続いたそれを上回り、戦後最長の景気拡張局面になる可能性が高いと思われます。
また、こうした「高圧経済」(high-pressure economy)の下で、アメリカは、リーマンショック後に見られた成長トレンドの下方屈折として特徴づけられる長期停滞(secular stagnation)を脱し、従来の潜在GDPのトレンド上に戻るのではないかとの見方も出てきています。
もっとも、以上のような金融引き締めと財政拡張の政策組み合わせは、1980年代のアメリカ経済の状況を想起させます。このようなポリシー・ミックスは、金利上昇とドル高を招き、経常収支赤字の拡大をもたらすリスクがあります。
もしそうなったら、このことはすでに顕著になっているアメリカの保護主義への傾斜をさらに強めることになるでしょう。国際通貨基金(IMF)の第4条協議のためにアメリカの政策当局者を訪問し、議論を重ねてきたミッションが協議終了後に発表したステートメント(Staff Concluding Statement of the 2018 Article IV Mission)でも、こうした点が取り上げられています。
【アメリカ経済のダイナミズムに変調】
しかし、景気の好調さとは裏腹に、アメリカ経済は、いくつかの面で大きな構造問題を抱えるようになってきています。それらは、これまでのアメリカ経済の発展基盤にあったダイナミズムが変調をきたしていることを示しているように思われます。
そうした構造問題の第1は、出生率の低下です。
アメリカの合計特殊出生率は、1970年代半ば以降緩やかな上昇傾向にありましたが、2007年に2.12を記録した後は低下を続けており、2017年は1.76になりました(第2図)。移民の流入によって人口減少は免れていますが、移民に対する慎重な姿勢が強まる中、人口の先行きについては懸念が生じています。
第2図 米国:合計特殊出生率
出生率の内訳を見ると、女性の15~19歳、20~24歳、25~29歳、30~34歳、35~39歳の各年齢層で低下を示しており、特に25~29歳以下の若年層では、過去最低を記録するに至っています。
他方、40~44歳、45~54歳の各年齢層では増加ないしは横ばいとなっています。6歳以下の子供を持つ女性の労働参加率が相対的に低いという事実も勘案すると、女性が出産・子育てか仕事の継続かの二者択一を迫られる中、後者を選択する人が増加しており、結果的に出産が先送りされている、あるいは見送られているという状況が見えてきます。(ただし、25~54歳の女性の労働参加率が全体としては低下している点は注意すべきです。この点は次に見ることになります。)
構造問題の第2は、労働参加率の低下です。
アメリカの労働参加率は、1990年代後半以降は低下傾向にありますが、その低下ペースは2000年代末以降、特に顕著になっています(第3図)。
第3図 米国:労働参加率
この背景にある要因として、高齢化の進展があることは間違いありません。高齢者の労働参加率は上昇していますが、それでも現役世代のそれよりは低いので、高齢化に伴って高齢者の比率が高まると、全体としての労働参加率は低下することになるわけです。
しかし、実は内訳を見ると、若年層(16~24歳)やプライムエージ層(25~54歳)でも低下していることが注目されます。
本年2月に発表になった大統領経済諮問委員会(CEA)の年次報告は、労働参加率の低下の理由として、若年層については、①就学率の上昇と、②それ以外の無為(idle)の時間が増加していること(余暇のリターンが上昇していること)があると指摘しています。またプライムエージ層については、①グローバル化や技術革新による賃金の低迷・下落、②政府の所得移転政策、③肉体的・身体的健康の悪化、④地理的移動の低下、などの要因が労働意欲を減退させているとしています。
このうち、若年層の②については、ビデオゲームの普及が影響しているのではないかと言われています。またプライムエージ層の③に関連しては、鎮痛剤(opioids)の弊害が指摘されています。
第3は、開業率・廃業率の低下です。
アメリカの開業率は長期的に低下傾向にありますが、特にリーマンショック後の落ち込みは大きく、一段と低下した水準にあります。廃業率も同じように長期的な低下傾向にあります(第4図)。
第4図 米国:開業率・廃業率
このうち開業率の背景には、2000年代末の金融経済危機の中で、資金調達が困難になったことがあると考えられていましたが、10年たっても回復していないことを考えると、それだけではないように思われます。
こうした開業率と廃業率の低下は、アメリカにおける長期的な生産性上昇率の低下傾向にも影響しているとの見方が強まっています。本来、廃業は生産性の低い企業の退出を意味し、他方開業は生産性の高い企業の参入を意味しています。したがって両者が活発であれば、生産性の低いところから高いところへ資源が移動することになり、マクロの生産性上昇率が引き上げられることになるはずです。しかし、最近は両者が低下しているので、そうしたメカニズムは働かず、生産性上昇率が鈍化しているというわけです。
【注視すべきアメリカの構造問題】
アメリカ経済については、景気の動向や、保護主義への政策的傾斜などに目が奪われがちです。確かに、短期の視点からはいずれも大変重要です。
しかし、以上で見てきたように、そうしたことに並行して、アメリカでは大きな構造問題が顕在化してきているのです。これらは、アメリカ経済が持っていたダイナミズムが変調をきたしていることを示唆しています。もしそれが事実であれば、アメリカ経済の長期的な経済成長能力の鈍化は必至で、そのことは世界経済にも大きな影響を及ぼすことになるはずです。
アメリカ経済については、こうした構造問題についても注視する必要があると思います。
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