グローバリゼーションはイノベーションを促進するか?
2018/07/17
【不平等度拡大の要因】
先進国の不平等度が拡大をしています。その要因については、大別して、二つの考え方があります。
一つは、グローバリゼーションが主因であるとする考え方です。
貿易の自由化が進むと、相対的に高技能労働者が多く、低技能労働者が少ない先進国では、相対的に優位性のある高技能労働集約的な製品の輸出が拡大し、価格も上昇することになります。しかし、他方で、相対的に優位性のない低技能労働集約的な製品は安く輸入されることになります。
そうなると、高技能労働者の賃金は上昇する一方、低技能労働者の賃金は低下をすることになります。もともと前者は高賃金を得ており、後者は低賃金を得ているとすれば、賃金格差は上昇することになります。
(ただし、以上のことは、相対的に低技術能力労働者が豊富で、高技術能力労働者が希少な発展途上国では逆に作用することになるので、賃金格差は縮小することになることに注意が必要です。)
もう一つは、イノベーションが主因であるとする考え方です。
イノベーションは、シュムペーターが「創造的破壊」と言い換えたように、既存の産業構造を大きく変換するような性格をもっています。これは今までと同じ生産要素の投入によって、より多くの生産を可能にするもので、社会的には有用で「創造的」な過程です。しかし、これは、これまでの技術を前提に生産を行ってきた既存の企業にとっては脅威で「破壊的」です。
同じことは労働者にとっても言えます。これまで労働者がしてきた仕事をより効率的に行う生産システムや機械設備が登場し、仕事が奪われるからです。今、注目されているのは、情報通信(IT)やロボット、人工知能(AI)ですが、これらは、定型的な業務に従事している労働者の仕事を代替していくと考えられます。こうなると、労働者は、自分の技能を高め、高技術能力の仕事に就くのでない限りは、低技能の仕事に甘んじるか、失業する、あるいは労働市場から退出する(非労働力化する)という選択を迫られることになります。これも、不平等度を拡大することになります。
不平等度の拡大の原因については、様々な実証分析が行われてきました。その結果を総合すると、この二つの要因の中ではイノベーションの寄与が大きく、グローバリゼーションの寄与は副次的である、というのがコンセンサスのようです。この点については、OECD, Divided We Stand: Why Inequality Keeps Rising, 2011; Dabla-Norris et al., Causes and Consequences of Income Inequality: A Global Perspective, IMF Staff Discussion Note, 2015; Bourguignon, World Changes in inequality: an overview of facts, causes, consequences and policies, BIS Working Papers, 2017 などを参照してください。
【グローバリゼーションとイノベーションは相互に独立しているのか】
しかし、そもそも、この二つは相互に独立した要因なのでしょうか。確かに、グローバリゼーションが不平等度を拡大することには、既存の技術だけで十分に説明可能であり、イノベーションを必要としていません。また、イノベーションによる説明も、外国との関係を捨象しても説明ができ、グローバリゼーションを必要としていません。しかし、現実には、両者は相互に関連しあって進んでいるのではないでしょうか。もしそうであれば、グローバリゼーションかイノベーションかという二分法は、必ずしも適当ではないということになります。
【グローバリゼーションがイノベーションを促進する経路】
ある国のイノベーションを考えたとき、それは、自前の研究開発にだけ依存するのではなく、外国の研究開発の成果を利用する形でも進展することも可能です。その点も考慮しながら、グローバリゼーションがイノベーションを促進する経路について整理すると、次のようなものが考えられます。
第1に、グローバリゼーションによって、外国の技術へのアクセスが容易になるという経路です。
まず、外国のイノベーションの成果を導入して、それを利用することが考えられます。それは技術を買い取るなり、その使用権を購入することによって可能になります。また、グローバル・バリュー・チェーンに組み込まれることによって、技術移転が行われることもあるかもしれません。それには、対内直接投資を受け入れることで、外国企業の操業を通じて、技術が受け入れ国に移転することも含まれます。このほか、知識や技能を習得した技術者、研究者や労働者を受け入れることでも技術は伝搬すると考えられます。
第2に、グローバリゼーションによって、国内の研究開発が刺激されるという経路もあります。
当該技術が特許を取得していれば、技術の内容が公開されるので、そのことを通して、新しい研究開発のアイディアを得て、国内のイノベーションが促進されることが考えられます。
第3に、グローバリゼーションがもたらす競争の激化が、企業のイノベーションへのインセンティブを強化するというものです。
グローバリゼーションは、競争相手となる企業が拡大することを意味します。そうした競争的な環境においては、イノベーションを促進することが競争上の優位に立つためにも必要になってくるはずです。
【IMFによる実証分析】
以上のような経路は、実際にはどれほど有効に作用しているのでしょうか。
この点を考えるのに参考になる分析が、本年4月に公表になった国際通貨基金(IMF)のWorld Economic Outlookの第4章「グローバル化した経済において生産性の上昇は共有されているか?」において提供されています。
そこでは、知識や技術が国家間をどのように伝播するのかを問題にしていますが、特許(パテント・ファミリーに注目)や研究開発投資(累積に注目)のデータを利用した実証分析によると、第1と第2の経路が実際にも寄与していることが確認されています。特に新興国において、その効果が大きかったことが示されています。
第3の経路についても、正の効果が一認されています。中国との間の貿易の拡大で示されるような競争の激化や、売上高における上位4社のシェアでしめされるような集中度(市場支配力)の低下は、イノベーションの促進につながったという結果になっています。
ただし、IMFは、競争がイノベーションを促進すると断定することには慎重です。それは、先行研究が必ずしもコンセンサスに至っていないからです。その理由としてIMFは、競争はイノベーションに対して、「レント効果」(rent effect)と「競争回避効果」(escape competition effect)という、相反する二つの効果をもたらすからだと指摘しています。
「レント効果」とは、グローバリゼーションがもたらす競争の激化によって、イノベーションによって得ることのできる超過利潤(レント)が小さくなるために、イノベーションへのインセンティブが弱められてしまうことを指しています。これに対して、「競争回避効果」は、競争激化の中で、競争に打ち勝つことを目指して、イノベーションへのインセンティブが強まることを言っています。このような、相反する効果が存在しているために、国や状況、時代によって、ネットの効果は変わってくるのではないかというわけです。
【不平等度拡大をもたらす経路】
こうしてみると、一般的には、グローバリゼーションはイノベーションを促進する効果を持っていると言って良さそうですが、具体的にどのようなチャネルがどの程度寄与しているかについては、より多くの研究が必要になっているようです。
ところで、イノベーションやグローバリゼーションに注目したのは、そもそも、これらが現在における不平等度の拡大の原因になっているのではないかという問題意識からでした。その際に考えられる影響経路の一つとして、労働参加率の低下というのがあります。アメリカで典型的に見られているように、イノベーションやグローバリゼーションの結果、失業した人が、再雇用の見通しがつかないことから、不本意ながら非労働力化してしまい、いわゆるdiscouraged workerになってしまうという経路です。
これについても、IMFのWEOは、その第2章「先進国における労働分配率:要因と展望」で分析していますが、そこでは、アメリカと欧州について異なる結果を得ています。アメリカでは、イノベーションを受けやすい定型型業務の多い地域や、グローバリゼ―ションの結果、海外移転されやすい工場が多い地域では、労働参加率が低下する傾向があるのに対して、欧州では、むしろ労働参加率は上昇する傾向があるという結果になっているのです。これは、何を意味するのでしょうか(IMFは、家計補充的な配偶者の労働参加の有無、あるいは政策のあり方の違いではないかとしています)。
こうした点も含めて、イノベーションとグローバリゼ―ションの関係、あるいはこれらと不平等度の拡大との関係についてさらに研究を深めていくことは、対応策を考える上でも極めて重要であると思います。
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