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齋藤潤の経済バーズアイ

保護主義に対抗するために何をすべきか

 

2018/10/22

【保護主義の強まり】

 トランプ政権の誕生後、戦後世界が営々と積み上げてきた自由貿易体制が大きな危機に直面しています。「アメリカ・ファースト」の理念の下、一方では、保護主義的な政策が次々と実行に移され、TPPからの脱退を皮切りに、米韓FTAの見直し、NAFTAの見直しが行われました。他方で、中国などに対する関税率の引上げが行われ、米中間は貿易戦争の様相を呈してきました。そして、ついには日本にも二国間の貿易交渉を迫ってきています。

 こうしたトランプ政権からの圧力に対して、世界はどう対抗すべきなのでしょうか。

【一方的な輸入自由化による対抗】

 経済学の視点から考えれば、その答えははっきりしています。自由貿易は各国の厚生を高めるという命題は、経済学者の間で異論のない、数少ない命題の一つです。したがって、保護主義を排し、自由貿易を推進することこそが求められているということになります。

 この点をもう少し具体的に考えてみましょう。ここで自由貿易と言う場合には、輸入割当や輸入関税の撤廃のことを指します。こうした障壁を取り除けば、比較優位のない産業の財を海外から安く輸入し、消費者の実質購買力は増加をすることになります。また、それによって解放される資源は、比較優位のある産業に移すことができることになります。このように、自由貿易のメリットは、輸入サイドから及んでくるわけです。

 そうであれば、自由貿易を推進するためには、各国は、輸入割当や関税を撤廃すれば良いということになります。それは、相手国による相応な措置を求めない、一方的な撤廃(unilateral liberalization)で良いのです。実際、戦後、1960年代以降に日本が進めた貿易自由化は、貿易交渉を介さず、一方的に進められました。また、最近は、発展途上国もそのような政策を採用しています(Baldwin, 2010)。

【自由貿易協定による対抗】

 しかし、実際に保護主義に対抗しようとしている国々が進めようとしている自由貿易政策は、こうした一方的な輸入自由化ではなく、交渉を通じた自由貿易協定(free trade agreement)、あるいはより広範な範囲を含む経済連携協定(economic partnership agreement)です。10月に発表されたIMFのRegional Economic Outlook; Asia and Pacific でも、一方的な自由化に並んで、アジア域内の貿易自由化(つまりアジアFTA)の経済的影響に関するシミュレーション結果を示し、今後の政策オプションとして推奨しています。

 貿易交渉をするのは、相手国にも輸入自由化を迫るためですが、では何故、そのような双方向的な(reciprocal)な措置を求めるのでしょうか。

 そもそも、自由貿易協定は、生産性が高く輸入価格も安い、協定外の第三国からの輸入を減らし、相対的に生産性は低いが、域内関税の撤廃によって輸入価格が安くなった、協定参加国からの輸入によって置き換えてしまうという「貿易代替効果」があります。他方、域内の国々の国内生産を輸入に置き換えていくという「貿易創造効果」もあります。しかし、後者が前者を上回る保証はなく、自由貿易協定は必ずしもFTA参加国全体の厚生を高めるとは限りませんし、FTA域外国の厚生を低下させる可能性もあります(Panagariya, 2000)。

【自由貿易協定追求の背景】

 にもかかわらず、自由貿易協定を推進し、相手国にも輸入自由化を迫るのはなぜでしょうか。言い換えると、なぜ輸出を促進するような政策をとる必要があるのでしょか。

 第1に、これまでの輸出志向型開発戦略の成功があると考えられます。かつての経済発展戦略の主流は、輸入代替戦略でした。それが失敗する一方、「東アジアの奇跡」で見られたような輸出志向型(export-oriented)の開発戦略が成功したことは、その後、各国が輸出拡大を経済発展の基軸に据えることにつながったと思われます。

 第2に、貿易自由化を進めるための政治経済的な戦略が考えられます。輸入自由化を進めていくと、輸入品の脅威にさらされる事業者の抵抗は強くなります。これに対抗するために、輸出の拡大を図り、輸出事業者の支持を取り付ける必要があるというわけです(Rodrik, 2018)。

 第3に、貿易自由化に伴う調整を円滑化させるために必要だということが考えられます。輸入自由化によって解放されることになる比較劣位産業の資源は、市場経済メカニズムが機能していれば、速やかに比較優位産業に移動されるはずです。そのような場合には、失業も一時的な場合を除いて生じません。しかし、何らかの理由で市場メカニズムが円滑に機能していないと(硬直性が存在すると)、資源の移動が滞り、失業などが発生することになります。それを補うためには、輸出を促進し、生産の拡大、雇用吸収力の増大を図る必要があります。輸出促進は、この場合、国内における硬直性を補完するための政策ということになります。

【国内の構造政策と世界的な貿易自由化を視野に】

 保護主義に対抗することが重要であることは言うまでもありません。しかし、それに対してどのように対抗するか、その手段についても十分に考えることも必要です。

 本来であれば、一方的な輸入自由化という手段がとられてしかるべきです。もしそのような政策が国内経済に存在する硬直性のためにとれないのであれば、まずは国内において市場メカニズムの機能を高めるような構造政策をとる必要があります。

 そのうえで、なお自由貿易協定を締結することが必要となる場合も考えられます。しかし、自由貿易協定自身は、厚生を高めるとは限らないので、それが最終目標であることはできません。あくまでも、最終目標は世界的な(多角的な)貿易自由化であるべきで、自由貿易協定はそれに向けた一里塚という位置づけになるはずです。自由貿易協定を積み重ね、拡大させ、いずれ世界的な貿易自由化につなげていく。最終目標を実現するためのそうした努力は、おろそかにしてはならないと思います。


※2018年4月以前のバックナンバーはこちら(旧サイト)をご覧ください。