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齋藤潤の経済バーズアイ

第1次世界大戦後の100年間:世界経済はどのように成長してきたか

 

2018/11/20

 1918年11月11日11時に第1次世界大戦の停戦協定が発効してから100年が経ちました。正式な講和条約(ヴェルサイユ条約)は翌年の6月に調印されましたが、第1次世界大戦の参戦国の多くでは、停戦協定発効の日をArmistice Dayなどとして記憶に止めています。特に今年は100周年ということで、独仏首脳を含む各国首脳がパリで開催された記念式典に参加した他、東京でも、ドイツ大使館とフランス大使館の共催で、両国大使が隣接する両大使館を移動しながらのレセプションが開催されました。

 この100年の間に、政治面では、ファシズムの台頭、第2次世界大戦への突入、東西冷戦下の緊張、欧州の地域統合、植民地の独立と新興国の台頭、ソ連の崩壊と中国の強大化など、様々な変化が見られました。

 それでは、経済面ではどのような変化が見られたのでしょうか。本稿では、この100年間における経済面での変化を、主要国における経済成長に焦点を当てて考えてみたいと思います。

【主要国の経済成長の姿】

 ここで使用するデータは、長期時系列データの整備の先駆者であるアンガス・マディソンの業績を引き継いで、その改善と延長を行っているグローニンゲン大学(University of Groningen)が提供するMaddison Project Database 2018(以下ではMPD2018)です。データの詳細については、Bolt, Jutta, Robert Inklaar, Herman de Jong and Jan Luiten van Zanden (2018), “Rebasing ‘Maddison’: new income comparisons and the shape of long-run economic development”, Maddison Project Working paper 10 を参照して下さい。

 このデータによると、第1次世界大戦の前後における主要国(いわゆる「列強」)である米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、日本と、その後に大きな影響を持つようになるロシアと中国の実質GDPは、第1図のような推移を示しています。

第1図 主要国の実質GDP水準の推移

 これを見ると、いずれの国においても、長期的には実質GDPは着実な増加を示していますが、それぞれの国においては大きく減少するような局面も散見されます。また、各国間の大小関係が入れ替わっているような場合も見られます。

【最先進国としての米国の登場】

 こうした中で、第1次世界大戦前後の大きな変化として注目すべき第1の点は、世界経済における最先進国の地位が英国から米国に移行したということです。

 第1次世界大戦の前後における主要国である米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、日本の実質GDPに絞って、第1次世界大戦の前後の動向を見てみると、1870年代末には米国は英国の水準を追い抜いており、最先進国の移行は、第1次世界大戦よりかなり前に終了しているように見えます(第2図)。

第2図 主要国のGDP水準の推移

 しかし、実は、1890年代から第1次世界大戦にかけての時期の米国の実質GDPの伸びは、人口要因によるところが大きいのです。米国の人口水準が1860年代末に英国のそれを上回るに至り、その後も米国の人口が英国のペースを上回って増加を続けたことが寄与しています(第3図)。

第3図 主要国の人口の推移

 これに対して、一人当たり実質GDPを見ると、1850年代に米国が英国にいったん追いついた後、しばらくは同一水準で推移しており、ようやく米国が英国の水準を超えるようになるのは1880年代に入ってからです(第4図)。しかし、その後も、1890年代のように米国の水準が英国水準にまで落ち込むことがあり、米国の実質GDPが英国のそれを上回る状態が定着することになるのはようやく1900年代以降になってからです。そして最終的には、第1次世界大戦で英国の水準がかなり落ち込むことによって交替は決定的になっています。

第4図 主要国の一人当たりGDPの推移

 このように世界経済における最先進国になった米国が、第1次世界大戦後に設立された国際連盟に加盟しなかったことは、第1次世界大戦後の世界の平和と安定にとっては深刻な問題であったことは疑いもありません。他方、米国でいったん大恐慌が起こると、それが世界経済に対して大きな影響を及ぼすことになることも必至であったことが理解できます。

 なお、同じ第4図でドイツの動向を見ると、1860年代以降、急成長を遂げており、第1次世界大戦の直前には一人当たりGDPの水準が英国のそれに追いつこうとしていたことが分かります。ドイツが第1次世界大戦に至る大きな背景には、こうした経済成長の急進展があったわけです。

【米国水準への収斂傾向】

 第1次世界大戦後の経済成長の特徴の第2は、米国のGDP水準への各国の収斂傾向がみられるようになるということです。

 まずその前提として米国の一人当たり実質GDPの成長率を見ておきましょう。第5図は、米国の一人当たり実質GDPの対数値を表しているので、データが一直線状に並んでいるということは、米国の一人当たり実質GDPの伸び率が一定であることを表しています。これを見ると、すでに先行研究でも確認されているように、米国の一人当たり実質GDPは、米国が英国を恒常的に上回るようになった1880年代以降、ほぼ一貫して1.9%程度で成長していることが分かります。経済成長論の世界では、定常均衡ということが良く言われますが、米国の経済成長を見ると、まさに定常均衡の状態にあることを窺わせます。

第5図 米国の一人当たり実質GDP(対数値)の推移

 第1次世界大戦後は、この米国の一人当たり実質GDP水準に主要国のそれが徐々に収斂していくというのが、経済成長の姿になったのです。このことは、第6図を見ても分かります。

第6図 主要国の一人当たり実質GDP(対数値)の推移

 ただし、より詳細に見ると、米国への各国の収斂は、第1次世界大戦前には見られず、第1次世界大戦後に始まったことが分かります。第7図は、そのことを確認するために、時期別に各国の平均成長率を見たものです。各国は、1980年時点のGDP水準が低い順に並んでいるので、もし収斂仮説が成立していれば、左にある国ほど米国より高い成長率を示しているはずです。第7図を見ると、第1次世界大戦の前は、そうした傾向はみられず、概して言うと、各国とも米国と同じ程度の成長を遂げているに過ぎません。しかし、第1次世界大戦後になると、各国とも米国より高い成長率を示すようになります。そして、第2次世界大戦後になると、はっきりと1880年時点のGDP水準とGDP成長率が負の相関を示すようになります。

第7図 各国の時期別の一人当たり実質GDP成長率 (年平均、%)

 なお、日本の場合、1880年代から一貫して米国より高い成長を遂げ、着実に収斂をしていることが分かります。他の諸国と違うこのような特徴をどのように理解するかは今後の課題だと思います。

 第1次世界大戦後の経済成長の第3の特徴は、これまで見てきたような資本主義諸圏に対して、第2次世界大戦後は「冷戦」に象徴されるように競合するに至る社会主義諸圏の存在が、まだ未成熟であったことです。

 社会主義圏は、ソ連として1917年のロシア革命で誕生していましたが、第2次世界大戦までは大きな経済力を有しているわけではありませんでしたし、資本主義圏と対峙する関係にはありませんでした(残念ながら戦間期のソ連に関するデータはこのデーターベースには含まれていません)。むしろ両大戦間期のソ連は国内の経済的基盤を固めることに専念しており、資本主義圏の現実の政治的な脅威となったのは、政治的には正反対の立場にあるファシズムでした。

 しかし、第2次世界大戦後になるとソ連も経済規模が大きくなり、また中華人民共和国も誕生し、社会主義圏が資本主義圏に対する大きな脅威として登場してきました。第8図でも分かるように、1960年には、ソ連はドイツを上回り、中国は英国に匹敵するような経済規模を有することになります。

第8図 1960年時点における主要国別GDPシェア

 このような違いは、大戦後の世界秩序の形成に大きな影響を与えたと思います。第1次世界大戦後は、資本主義圏の外に脅威はなかったため、その政治的な影響を恐れることなく、敗戦国ドイツへの厳しい姿勢につながったと思います。ケインズが懸念を示したドイツに対する巨額の賠償要求も、そのような背景を念頭に置くと理解できます(なお、ドイツによる第一次世界大戦の賠償金の最後の支払いは2010年10月に行われたばかりです)。

 これに対して、第2次世界大戦後には、ソ連や中国という脅威があったために、日本に対する占領政策も大きな影響をうけました。それまでは民主化・非軍国主義化に重点のあった連合国の占領政策が、1950年頃を境に復興自立へと舵を切っていった背景には、日本を社会主義の浸透に対する防波堤にするとの考え方があったと考えられます。

 その後、ソ連は崩壊しましたが、中国は「改革開放」を経て急成長を遂げ、現在は米国に比肩する経済力を有するに至ったことは周知の通りです(第1図)。最近の米国の「米国第一主義」も、こうした中国の勢力拡大抜きには、その意味を十分に理解することはできないと思います。

【経済成長の歴史を振り返る】

 以上、今月は、この100年間の経済成長の姿を振り返ってみました。

 現在の私たちの生活水準、世界の経済秩序は、こうした経済成長の歴史の上に成り立っています。時折、こうした歴史的な歩みを顧みることは、現状の理解にとっては重要なことのように思います。


※2014年12月以前のバックナンバーはこちら(旧サイト)をご覧ください。