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齋藤潤の経済バーズアイ (第81回)

日本企業のガバナンスと株式会社組織

 

2018/12/17

【株式保有割合の変化】

 日本企業におけるコーポレート・ガバナンスは、1980年代まではメインバンクによって担われていました。それは企業や金融機関の間の株式持合の存在によって、株主による経営者への圧力は弱かった一方で、銀行貸出を通じて関係を強めたメインバンクの影響力は強く、企業が経営困難に陥った時には、その存続を左右することさえできたことによります。

 しかし、バブルが崩壊した1990年代以降、大企業は銀行からの借入を縮小させ、「銀行離れ」を進めていきました。これは、コーポレート・ガバナンスの主体としてのメインバンクの退場を意味します。このため、日本企業におけるコーポレート・ガバナンスを空洞化させないためには、メインバンクに代わる主体が登場してくる必要があります。

 実際、メインバンクに代わる主体の登場を示すような変化が見られています。外国人投資家、機関投資家の台頭です。その背景には、時価会計の導入(2002年3月期から)や銀行の株式保有制限(2006年9月期から)など、株式持合を縮小に向かわせるような政策が導入されてきたことがあります。他方で、東証の定めるコーポレートガバナンスコード(2015年6月)が政策保有株式(株式持合のために保有する株)については分かり易い情報開示を求めるなど、企業の株式持合を困難にさせるような要請も強まっています。

 こうした結果、株式持合は次第に減少しています。図表1によると、事業法人や都銀・地銀の株式保有割合が減少し、それに代わって外国法人や信託銀行の保有割合が上昇していることが分かります。信託銀行の保有割合の増加は、ここ最近の日本銀行のETF購入を反映している面もありますが、基調的には年金基金の増加を反映しているものと考えられます。このような投資主体は、日本企業に対する新たなガバナンス構造を成立させる可能性があります。

図表1 投資部門別株式保有割合

 こうした変化がコーポレート・ガバナンスの強化につながることを後押しするような取り組みも見られます。金融庁が2014年に発表したスチュワードシップ・コード(2017年に改訂)や、2015年に導入されたコーポレート・ガバナンス・コード(2018年に改訂)は、そうした取り組みの例です。

 加えて、政府は、コーポレート・ガバナンスを強化する観点から、新たな株式会社組織の導入を可能にするような法整備を進めてきています。以下では、こうした法整備を受けて、日本の大企業の株式会社組織がいかに変化してきたのか(あるいは変化してこなかったのか)について見ていきたいと思います。

【監査役会設置会社】

 これまでの日本の大企業には、株主総会の決定を受けて組織された取締役会と監査役会が併存してきました。このような企業は監査役会設置会社と呼ばれています。取締役会も監査役会も3人以上で組織されますが、取締役会には、その中から代表取締役及びその他の業務の執行に責任を持つ取締役を任命することが義務付けられています。他方、監査役会の場合には、半数以上が社外監査役である必要があり、さらに一人以上の常勤監査役がいることが求められています。

 このような株式会社組織は、コーポレート・ガバナンスの観点からは、いくつかの弱点を持っています。

 第1に、取締役会と監査役会は別個の組織と位置付けられているので、取締役の職務の執行を監査するという監査役の業務は、取締役会の外部から行われなくてはなりません。これでは、情報の入手可能性や、人事権や指揮権の面で、どうしても制約に直面せざるを得ません。

 第2に、取締役会の任務は、業務執行のための決定を行うと同時に、代表取締役等による業務の実際の執行を監督することにありますが、それ自身の中に監督対象となる代表取締役等を含んでいます。監査される側が監査する側でもあるというこのような取締役の二重性は、その職務の遂行にとって制約となりかねません。

【指名委員会等設置会社の導入】

 こうした取締役会設置会社の有する弱さを克服するために、2003年から導入可能になったのが指名委員会等設置会社です。

 企業が指名委員会等設置会社になると、取締役会の中に、指名委員会、報酬委員会、監査委員会の3委員会が設置されることになります。株主総会で取締役を任命するわけですが、その取締役会は、株主総会に提案する取締役の選任議案の内容を決定する指名委員会、執行役や取締役の個別の報酬の内容を決定する報酬委員会、執行役や取締役の職務の執行を監査する監査委員会といった3委員会の委員を取締役の中から選任します。各委員会は3人以上の取締役から構成されますが、その過半数は社外取締役である必要があります。

 このような株式会社組織を構成することによって、一部の取締役が、その指名や報酬について自分が有利になるように影響力を及ぼすということが困難になります。また、監査も取締役会の内部から行われるために、そうでない場合に比べて、情報や権限の面で強化されることになります。

 指名委員会等設置会社のもう一つの重要な点は、業務執行の決定機能と具体的な執行機能が分離されることです。取締役会は、その中なら業務の執行に責任を持つ代表取締役等を選任するのではなく、必ずしも取締役である必要のない代表執行役等を選任し、その職務の監督を行うというかたちをとります。これによって、業務執行の決定と、業務の具体的な執行の間に、明確な線が引かれることになります。

 このような組織形態は、前述した日本の伝統的な株式会社組織である監査役会設置会社とは大きく異なり、むしろ米国において一般的な株式会社組織に類似しています。その意味で、日本の大企業にとって、指名委員会等設置会社の組織形態を採用することは、大きな飛躍を意味します。そのためか、日本の大企業で指名委員会等設置会社となっているのはほんの一握りの企業でしかありません。2018年8月時点で2012社あった東証一部上場企業のうちで、当該組織形態を採用していたのは60社しかなく、しかもこのところ全く増加を見せていません(図表2)。

図表2 株式会社の組織形態別会社数

【監査等委員会設置会社】

 こうした低迷状況の中にあって、コーポレート・ガバナンスを一層強化するために、これまで見てきた二つの株式会社組織の中間的な形態をとることを可能にするような法整備が2015年に行われました。監査等委員会設置会社といわれるこの組織形態は、取締役会の中に、過半数が社外取締役からなる監査等委員会を設置するというものです。これは、取締役会の外にある監査役会に監査を委ねるという従来型の監査役会設置会社とは異なることはもちろんですが、米国型の指名委員会等設置会社とも異なっており、指名委員会や報酬委員会を設置する必要がありません。その意味では、日本の大企業にとって、相対的に採用しやすい組織形態となっているわけです。

 このような株式会社形態を採用するように作用するインセンティブも導入されています。監査役設置会社の場合、社外監査役を少なくとも2人確保する必要があります。加えて、2015年に公表されたコーポレート・ガバナンス・コードは、企業に少なくとも2人の社外取締役を置くことを推奨し、それをしない場合は、説明責任を負わせられることになっています(comply or explain)。つまり、監査役会設置会社のままでいたければ、少なくとも4人の外部人材が組織に参加している必要があるわけです。しかし、もし企業が監査等委員会設置会社になることを決め、2人の社外取締役が監査等委員会の委員に選任されれば、それで要件は満たされることになります。

 実際、監査等委員会設置会社の数は、増加傾向にあります。2018年8月時点では、東証一部上場企業の約四分の一(513社)にまでなっています(図表2)。

【任意委員会設置会社】

 しかし、最近の傾向で顕著なのは、上記のような正式な株式会社組織を採用することなく、任意のかたちで、指名委員会や報酬委員会を設置する会社が増加していることです(図表3)。それによって外部に対してコーポレート・ガバナンスを強化していることを示すことがねらいと思われます。

図表3 任意の委員会設置会社

 しかし、ここで注意しなければならないのは、任意の委員会の約半分では、社外取締役が半数に満たないということです(図表4)。また、同じく約半数では、社外取締役以外の取締役が委員長を務めているということです(図表5)。こうしたことを見ると、任意の委員会会社におけるコーポレート・ガバナンスの実効性にはまだ限界があるように思われます。

図表4 社外取締役比率

図表5 設置委員会の委員長

【社外取締役になれる人材のプール必要】

 これまで見てきたように、日本の大企業においては、コーポレート・ガバナンスを強化するような株式会社組織の導入が進められてきました。しかし、その歩みには遅いものがあります。だからこそ、最近、日本の企業においては、コーポレート・ガバナンスがもっと強固なものであれば防げたかもしれないような問題が、次々と顕在化しているのかもしれません。

 最後に指摘しておきたいのは、コーポレート・ガバナンスが強化されるには、社外取締役になれるような人材が豊富に存在していることが必要であるということです。その意味では、日本の現状には不満足なものがあります。日本における多くの社外取締役は、複数社の社外取締役を兼務しているのです。一人で見れる範囲には限度があります。また、複数社に関係すると、利益相反が生じる可能性も高まります。早急に人材のプールを大きくする必要があると思われます。