構造政策でどこまで人口減少のマイナス効果を相殺できるか?:IMFの政策提言に対するコメント
2019/02/25
【IMFの2018年対日4条協議の報告書】
国際通貨基金(IMF)は、加盟国に対して、定期的にIMF協定第4条に定める4条協議(IMF Article IV Consultation)を実施しています。日本も例外ではなく、原則として毎年、協議が行われ、その結果が文書で公表されています。2018年に行われた対日4条協議に関する報告書も、昨年11月に公表されています。
2018年のメインテーマは、日本経済に対する人口動態の影響であり、そのマイナス効果が構造政策によって相殺できるか、ということにありました。
4条協議におけるIMFの政策提言をまとめたスタッフ・レポート(Staff Report)では、労働市場改革、財市場及び企業改革、貿易自由化、対日直接投資促進など、日本経済を再活性化させるための改革アジェンダ(a reinvigorated reform agenda)が提言されています。また、その重要性を示すために、IMFが開発したGIMF(Global Integrated Monetary and Fiscal Model)というモデルを使ったシミュレーション結果も公表しています(注1)。
IMFの政策提言とシミュレーション結果は、大変興味深いものです。それは人口動態のもたらす影響の大きさを確認するとともに、IMFの政策提言の重要性を示そうというものとなっています。しかし、同時に、その中身を検討してみると、IMFの政策提言の限界も見えてくるように思います。本コラムでは、その理由を説明します。
【IMFが提言する改革アジェンダの内容】
IMFの提言する改革アジェンダの内容は以下の通りです(詳細については、IMF(2018)をご参照ください)。
第1の柱は、「生産性上昇と労働供給増加をもたらす労働市場改革」です。その中には、非正規雇用者を対象にした訓練や就業機会の提供、職務規定の明確化や報告制度の強化による同一労働同一賃金関連法令の補完、女性・高齢者・外国人労働者の労働市場参加の拡大、過重な長時間労働の削減と生産性上昇に報いるような経営の奨励、企業が定年を設定する権利の廃止、などが含まれます。
第2の柱は、「生産性上昇、投資拡大をもたらす財市場及び企業組織の改革」です。その中には、収益を上げられないような中小企業の退出と潜在的な能力が高い企業の参入の円滑化、参入障壁を引下げるための規制緩和の継続、特定産業における既存企業への保護政策の廃止、専門的サービスに関する規制緩和、国家戦略特区における規制緩和の加速、社外取締役の最低人数の引上げによるコーポレートガバナンスの深化、株式持合いの限度の明示、実質的な所有者に関する情報開示の強化、自動化やAIの導入拡大などが含まれます。
第3の柱は、「投資と成長を強化するための貿易自由化と対内直接投資の促進」です。その中には、高度な多角的貿易協定の一環としての関税及び非関税障壁の撤廃、などが含まれます。
【IMFによる改革効果のシミュレーション結果】
こうした改革アジェンダの効果については、いくつかのシミュレーション結果が示されています。そこでは、現在の政策を単純に継続した場合のGDPの推移をベースライン・シナリオとし、改革アジェンダを実行することによってどれだけそれが上方に変化するか、という形でその効果が示されています。
現在の政策を単純に継続した場合のベースライン・シナリオには、国立社会保障・人口問題研究所の最新の人口推計が織り込まれています。それによりますと、人口減少等の影響によって、今後40年間に、現在の成長を単純に延長した場合に比べ、実質GDPは25%減少すると試算されています(第1図参照)。
これに対して、もしIMFの提言する改革アジェンダの全てが、民間部門に十分信頼されるような形(in a credible manner)で実行されたとすると、40年後の実質GDPは、ベースライン・シナリオより15%高いことになると見込まれています。
【IMFの見方に対するコメント】
改革アジェンダは意欲的なものであり、シミュレーション結果も、大変有益なものです。いずれも、今後必要とされる構造政策に対して、重要な議論の材料を提供するものとなっていると思います。しかし、これを見ると、IMFの提言の限界も見えてきます。
第1に、今後40年間に、実質GDPが25%減少するというベースライン・シナリオは、極めて大幅な減少のような印象を与えますが、実際は、それほどドラスチックなものではないことです。年平均の減少率に換算すると、0.7~0.8%の減少です。このシミュレーションの詳細について説明しているColacelli and Corugedo (2018) によりますと、ベースライン・シナリオが前提としているのは、実質GDPが年平均1.3%で増加していくという姿です。そうだとすると、人口減少等の影響にもかかわらず、今後40年間に平均年率0.5~0.6%で成長することが見込まれるということになります(第2図参照)。今後40年間に人口が平均年率0.7%で減少していく経済としては、それほど悪い姿ではないようにも思えます。もっとも、結果としての成長率は、IMFが想定している潜在成長率である0.5~0.6%を前提にすれば、年平均成長率はマイナスになることになります。
第2に、改革アジェンダの全てを信頼される形で実行したとしても、40年間に実質GDPを15%押し上げる効果しかないことです。これは年平均成長率に換算すると0.4~0.5%の押し上げ効果ということになります。これは、これだけの改革をやっても、人口減少等のもたらすマイナス効果を相殺することはできないということを意味します。
第3に、改革アジェンダに含まれる政策は、ほとんど全てが一回限りの効果しかないものであるということです(注2)。正規雇用と非正規雇用の中間的な雇用契約形態の拡大や、女性や高齢者の労働参加率の引上げ、産業や専門的サービス分野の規制緩和、貿易自由化などは、いずれも重要で実行すべき政策ばかりです。しかし、問題は、こうした政策は、将来にわたってずっとやり続けることができないことです。いったんやり切ってしまえば、その政策の効果も出尽くすことになるわけで、その効果にその後も期待することができません。人口減少が40年たった後も続くことを考えると、このような改革アジェンダだけでは限界があるということになります。
【持続可能で根本的な改革の必要性】
最後に指摘した点はとても重要です。そのようなことになったのは、改革アジェンダが、より持続可能で根本的な改革を含んでいないからです。例えば、イノベーションの促進、人的資本への投資の増強、出生率や婚姻率を引上げるための政策などが含まれる必要があります。また、外国人労働者の受入れ拡大は既に含まれていますが、その規模は極めて限定的なものにとどまっています。労働力人口の減少を相殺できるように、その規模を拡大する必要もあります(注3)。
私たちの視点を40年後より先にまで広げたとすれば、より持続的で根本的な改革が必要とされることは疑いのないことのように思います。
(注1)IMF(2018)はColacelli and Corugedo(2018)のシミュレーション結果を引用しています。ただし、後者では、シミュレーションの対象となったのIMFが2017年の対日4条協議において示した構造改革パッケージだとしています。
(注2)この例外は、外国人労働者の受入れです。これについては後述します。
(注3)Colacelli and Corugedo (2018)によると、シミュレーションでは、外国人労働者の受入れによって労働力人口を1%増加させることを想定しており、これによって潜在成長率が10年の間0.15%引き上げることになる、としています。これは、労働力人口1%相当の外国人労働者を40年間にわたって受け入れることを想定しているものと考えられます。
(参考文献)
Colacelli, Mariana, and Emilio Fernandez Corugedo (2018), “Macroeconomic Effects of Japan’s Demographics: Can Structural Reforms Reverse Them?” IMF Working Paper WP/18/248.
International Monetary Fund (2018), “Japan: Staff Report for the 2018 Article IV Consultation,” IMF Country Report No. 18/33.
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