一覧へ戻る
齋藤潤の経済バーズアイ

統計的差別と育児休業制度

 

2019/05/20

【統計的差別に基づく女性差別】

昨年、医大の入試合格者判定において女性が差別されているということが問題になりました。その時に、医大側がそのようなことをする要因として指摘されていたのは、大学病院に女性医師が採用された場合、産休や育休を取得することになる可能性が高いが、そうなると男性医師に負担がかかり、労務管理上、困難な問題が生じるということでした。個々人が実際どのような選択をするかということとは別に、その個人が女性であることから、女性の平均的な行動を根拠にして差別を行っていたのではないかというわけです。

このように、個人の事情とは異なり、その個人が属する平均的な行動を基にその個人に不利な判断をすることを「統計的差別」と言います。女性に対する意識的な差別ではないかもしれませんが、女性に不利な判断をしたことには違いがありません。しかし、この問題を厄介なものにしているのは、その判断が、統計的事実を根拠にしているということです。今回の場合、その統計的事実とは、男性と女性の間の育休取得率の違いです。

【日本における男女別育児休業取得率の現状】

日本における育休取得率は女性の場合8割を超えています。他方、男性の場合、これまでに上昇を示してきてはいますが、いまだに著しく低く、たかだか5%程度です(第1図)。

これを北欧の水準と比べると、大きな違いがあることが分かります。北欧の場合には、男性の取得率が女性に近い水準にまで達していて、両者には日本ほどの違いはありません(第2図)。

このような状況にあれば、北欧において上述のような統計的差別が起こることは考えられません。女性だけでなく、男性も職場から離脱する可能性が高いからです。事実、後で見るように、スウェーデンやノルウェーの男女別労働参加率には大きな差はないのです。このことは、女性と男性を同一条件に置くこと(イコールフッティングにすること)が重要であるということを示しています。

【育児休業におけるイコールフッティング】

それでは、日本において、育児休業取得の面で、女性と男性をイコールフッティングにするためにはどうすれば良いのでしょうか。

一つは、男性に育児休業取得率を女性並みに引き上げるために、男性の育児休業取得率を義務付けるということです。

ただし、その場合には、現状では女性の場合も育児休業の取得は権利であっても義務ではないので、女性の取得も義務化をしてバランスを確保する必要があります。また、育児休業の取得が義務化されると、結婚や出産をする可能性自体が統計的差別の対象にされる可能性が出てきます。これは、人口減少の中にあって、出生率の維持・上昇を図らなければならない日本としては大きな問題です。そう考えると、結婚や出産を選択する人と、それを選択しない人との間をイコールフッティングになるためには、雇用者全員に一定期間(産休・育休相当期間)休暇の取得を義務付けることが必要になってくるのかもしれません。

もう一つは、男性だけが育児休業を取得できる期間を設け、それを取得しないと、男女合わせての育児休業取得可能期間が短縮されてしまうように制度を採用することが考えられます。

これは、ノルウェーやスウェーデンで導入されている「パパ・クオータ」を日本でも導入するということです。これは、男性の育児休業取得を義務化まではしないものの、男性の取得にインセンティブを与えて、それに向けて誘導しようというものです。第2図で見たノルウェーやスウェーデンでの育児休業取得率の高さの背景には、このような制度的工夫があったわけです。

【徴兵制と統計的差別】

なお、今回扱った統計的差別は、出産・子育て以外でも問題になってくる可能性があります。例えば、世界各国を見渡すと、男性に徴兵の義務を課している国々があります。こうした国々では、男性が職場から離脱する可能性が高いので、就職等で男性が不利になる可能性があるはずです。

ただし、第3図でOECD加盟国における労働参加率の男女差を見ると、そう簡単なことではないことが分かります。男性の徴兵を義務付けている国々では(赤い棒グラフで示しています)、男性が不利な立場に置かれているわけですから、男性の労働参加率が女性のそれよりも低くなっているはずです。しかし、実際には、こうした国々の多くは、男性の労働参加率が女性に比べてかなり高いグループに属しています。統計的差別を相殺して余りある要因が他に存在しているということがうかがわれます。(もちろん、そもそも男性優位社会であり、そのために労働参加率に差があり、徴兵制も男性だけが対象になっているということも考えられます。)

もっとも、ここで興味深いのは、スウェーデンやノルウェーのように、徴兵制を男性だけでなく、女性にも義務付けている国々(緑の棒グラフで示している国々)では、概して労働参加率の男女別格差が小さいことです。徴兵制においても、男女間のイコールフッティングが確保されていることも反映されていると見ることができます。

なお、徴兵制の他、例えばタイにおける男性の「出家休暇」などが統計的差別をもたらしているかを分析することも興味深いものがあります。

【女性の社会参加を高めるために】

日本における女性の社会参加の低さは、世界的にみても際立っています。特に労働参加の面でそうです(その点は、第3図において、日本における労働参加率の男女別格差が、世界的にみて高いことからも確認できます)。したがって、如何にこの問題を解決するかは、女性にとっても日本全体にとっても大きな課題です。

この背後には統計的差別もあるというのが今回のテーマでした。この背後には、歴史的に引き継がれてきた男女間の分業関係が大きな影を落としています。それが育児休業取得率の男女別の格差にも表れていると考えられます。

こうした現状を打ち破るためには、道徳的説得を超えて、制度を大胆に変えることも視野に入れる必要があります。男性の育児休業取得の義務化や「パパ・クオータ」の導入も含めて、そうした観点からの議論を深めていくことが必要だと思います。


※2017年10月以前のバックナンバーはこちら(旧サイト)をご覧ください。