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齋藤潤の経済バーズアイ (第87回)

新たな財政再建不要論:現代貨幣理論(MMT)

 

2019/06/20

【注目をあびる財政再建不要論】

 現代貨幣理論(MMT)が注目を浴びています。代表的論客の一人がステファニー・ケルトン教授(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校)ですが、彼女は民主党の大統領候補だったバーニー・サンダースの経済アドバイザーを務め、ポール・クルーグマン教授などとはなばなしく論戦を交わしています。

 MMT(Modern Money Theory またはModern Monetary Theory)の最大の特徴は、財政再建不要論を主張するところです。MMTの理論的支柱の一人であるL. Randall Wrayによると、「独自の通貨を有する主権国家は、債務を履行できないことはあり得ない。なぜなら、債務の期限が来れば、そのたびごとに通貨を発行することで支払いができるからだ。」その点で、「主権国家は家計や企業とは違う。家計や企業は通貨の利用者に過ぎないのに対して、主権国家は通貨の発行者なのだ。」というわけです(Wray, 2015)。

【MMTの貨幣論】

 このように考えるのは、彼らが、主流派経済学が想定してきたものとは異なる貨幣論に立脚していることが大きく影響しています。主流派経済学は、貨幣の起源を物々交換が直面する「二重の欲望」という困難性を克服するために登場した「一般的受容性」に求めます。これは金属主義(Metallism)と呼ばれている立場です。これに対して、MMTは、貨幣の起源を、政府が発行し、それによって納税することを要求することに求めています。これは表券主義(Chartalism)と呼ばれている考え方です。このため、MMTは、しばしば新表券主義(Neo-Chartalism)とも呼ばれています。

 MMTは、通常は政府と中央銀行を統合した統合政府で考えていますので、「政府が通貨を供給する」という言い方をします。もちろん、近代では、中央銀行が貨幣を供給するのであって、政府ではありません。しかし、彼らは、それを考慮しても本質は変わらないとしています。その際に利用されているのが、循環理論(Circuit Theory)と呼ばれるアプローチで、政府と中央銀行の間のバランスシート上のやり取りを詳細に追っていくことで説明しようというものです。

 それを通じて、貨幣は、政府が支出をすることによって供給され(Injection)、徴税によって回収される(Distruction)と理解します。これの逆ではないことが重要です。これの逆であると、政府支出は税収によって制約されることになります。しかし、そうではないというのが、財政再建不要論につながるところです。

【部門間の貯蓄投資バランスの調整】

 以上のような議論は、民間部門や海外部門を考慮したとしても、基本的には変わらないといいます。マクロ経済的な側面から見ると、政府部門と民間部門や海外部門との間では、貯蓄投資バランスの合計がゼロでなければならないという制約があります。仮にここで簡単化のために海外部門はバランスしているとすると、政府部門が投資超過(財政赤字)であれば、民間部門は貯蓄超過でなければならないというわけです。これは事後的には必ず成立する関係ですが、事前的には成立する保証はありません。何らかのメカニズムが作動することによって、政府部門の貯蓄投資バランスと民間部門のそれとが整合するように調整される必要があります。

 この点について、MMTは、財政のビルトインスタビライザーの機能に大きく期待します。例えば、財政赤字が過大である場合には、経済活動がそれだけ活発になっているはずだが、その場合には、制度に組み込まれたビルトインスタビライザーのメカニズムによって自然に財政収支が調整され、財政赤字と民間部門の貯蓄超過とが整合するように調整されるとしています。

【政府の雇用保障プログラム】

 通常想定されるようなビルトインスタビライザーの場合、それほど大きな作用を及ぼすことは考えにくいのですが、実は、この前提には、MMTの独特な失業対策の考え方があります。MMTは、完全雇用の達成を重視しますが、それをケインジアンが主張する有効需要政策を通じて達成するのではなく、政府が労働市場に直接介入することで達成すべきだと主張します。

 具体的には、雇用保障プログラム(Job Guarantee program)の導入を提案しています。これは一定の賃金水準を前提に、政府が、常に希望者全員に仕事を提供するというプログラムです。これが導入されれば、不況時には多くの申し込みがあり、財政支出は増えるものの、失業者はいなくなることになります。また、好況時には、失業者が減り、申し込みが減少し、財政支出は減少することになります。このように政府が最後の雇い主(Employer of Last Resort)になることによって、政府の財政赤字は民間部門の貯蓄投資バランスと整合性が採れるはずだとします。

【インフレと完全雇用】

 このような場合に懸念されるのは、それほどまでに財政赤字が拡大し、通貨供給も膨張すれば、インフレをもたらすことになるのではないかということです。しかし、MMTはそれを否定します。MMTによれば、インフレは完全雇用になって初めて生じるものであり、ひとたび完全雇用が達成されれば積極的な財政政策は必要なくなるので、インフレは起きないとしています。

【政府債務の上限】

 最後に、どうしても残る疑問は、財政赤字を続けることによって累積される政府債務には上限はないのか、という点です。その点についてもMMTは楽観的です。

 MMTによれば、そもそも、政府は通貨を供給できるので、財政支出をするための原資を調達するために国債を発行する必要はありません。にもかかわらず政府が国債を発行するのは、民間部門に利子が付く金融資産を提供するためであり、中央銀行に利子率目標を達成するための政策手段を提供するためだと説明します。

 では、政府債務のGDP比が際限なく上昇を続ける可能性はないのか。この疑問については、それと並行して様々な調整が行われるはずなので(例えば民間活動の活発化による税収のGDPを上回る伸び等)、そのようなことにならないと説明しています。また、仮にそのような事態になったとしても、利子率を政策的にコントロールできるはずだし、最終的には、政府はいくらでも通貨を供給することができるので、債務不履行になることはない、とします。

【MMTへの問題提起】

 以上のようなMMTの考え方については、主流派経済学とはあまりに考え方が違うので、戸惑うことが多いのですが、とりあえずは、以下のような問題を提起したいと思います。

 第1に、MMTが前提とする貨幣論についての疑問です。歴史的に金属主義の方が正しいのか、表券主義の方が正しいのかは、貨幣史による検証を待つしかありません。しかし、表券主義の場合、仮に徴税によって貨幣の使用を強制できたとしても、それはあくまでも「支払手段」としてであって、交換手段としての機能や、価値尺度としての機能ではないはずです。そうであれば、貨幣に後者のような機能がどのように備わってきたのかについて、説明が必要であるように思います。

 第2に、政府が発行する国債を民間部門が全て購入することができるのか、という疑問です。仮に貯蓄投資バランスが整合的になるべきだとしても、民間部門が保有したいと思うポートフォリオの内容と国債の発行額とが整合的か、という問題があります。仮に国債が過剰に発行されてしまった場合、当然、国債価格が下落し、国債利回りが上昇します。これに対して、MMTは、利子率は政策変数なので、コントロールすれば良いだけで、問題はないと考えるのです。しかし、中央銀行がコントロールできるのは短期金利であって、長期金利は通常はコントロールできません(イールド・カーブ・コントロールをやっている日本は異常なのです)。こうした点については、どのように考えるのかは課題だと思います。

 第3に、インフレに対する楽観的な考え方に対する疑問です。インフレは、MMTが想定しているように、完全雇用になってから初めて問題になるような非連続的な現象ではなく、フィリップス曲線が示すように連続的な現象です。したがって、完全雇用に到達する以前にインフレが高じることがあるはずですが、その時にどうするかという問題が生じる可能性があります。これは貨幣供給による財政赤字のファイナンスに対する制約にはならないのでしょうか。

 第4に、統合政府の考え方に対する疑問です。統合政府の考え方は、主流派経済学でも取り入れられており、政府と中央銀行を統合するものです。これについては、現代の中央銀行は政府から独立していて、国債の引き受けも禁じられているのであって、それを無視しているという批判があります。加えて、MMTの場合には、徴税が重要な意味を持っているわけですが、これは民主主義的な国家においては、政府ではなく、議会の権限に属しています。そして議会が、政府の考える税制の変更に異論を唱えることは容易に想像できます。このような権限の分離が制約にならないのかについても、検討する必要があるように思います。

【非主流派経済学としてのMMT】

 財政再建の必要性を否定するという考え方としては、近年注目されたHelicopter money論や物価の財政理論などがあります。MMTは、その結論においては、そうした考え方と共通するところがありますが、MMTの特徴は、それらのように主流派の経済学の中から出てきたものではなく、いわゆるPost-Keynesian の流れをくむものだということです。その起源はKeynes やMinskyの考え方に基を辿ることができます。また、基本的な主張については、Abba Lerner が主張したFunctional Financeにもその源流が見られます。

 このような特徴を持つMMTに対して、主流派経済学の立場から批判することは容易です。しかし、理論的な枠組みの外から批判するだけではMMTとの議論はかみ合いません。異なる枠組みを前提にするMMTに対しては、これまでの財政再建否定論に対するのとは別の検討を必要とします。その理論的な起源にまで遡って、その議論を丁寧に吟味する必要があるように思います。


【参考文献】

・Bell, Stephanie, “Functional Finance: What, Why, and How?,” Working Paper No.287, Levy Economics Institute of Bard College, November 1999.
・Fullwiler, Scott, Stephanie Kelton, and L. Randall Wray, “Modern Money Theory: A Response to Critics,” Working Paper, Number 279, Political Economy Research Institute, University of Massachusetts Amherst, January 2012.
・Lerner, Abba, P., “Functional Finance and the Federal Debt,” Social Research, February. 1943.
・Tymoigne, Éric, and L. Randall Wray, “Modern Money Theory 101: A Reply to Critics,” Working Paper No.778, Levy Economics Institute of Bard College, November 2013.
・Wray, L. Randall, Modern Money Theory, Second Edition. Palgrave Macmillan, 2015.