グローバルバリューチェーンの再編と日本経済
2019/07/22
【グローバルバリューチェーンの再編を迫る動き】
最近、グローバルに張り巡らされたバリューチェーンの再編を迫るような事態が相次いでいます。
一つは言うまでもなく、米国と中国との間の貿易戦争です。米国は、これまでに四段階に分けて、総額2500億ドルに及ぶ中国からの輸入に対する関税の引上げを実施し、それに対して中国も、米国からの輸入に対する報復的な関税引上げを行っています。この事態は、両国間の貿易を縮小させ、両国間の良好な貿易関係を前提に築かれてきたバリューチェーンに組み込まれている各国に大きな影響を及ぼしています。
もう一つは、日本の韓国に対する半導体関連三素材の輸出管理の強化です。対日依存度が高かったこれらの素材の輸入が一時的にもせよ滞るということは、輸出の20%以上を半導体に依存する韓国にとって、極めて深刻な事態であると言えます。日本の措置を受けて、韓国政府が、早速、集中投資をして半導体関係の素材の開発を進めることにしたのも、そのことを表しています。
グローバルバリューチェーンの形成には長い歴史があります。日本においては、特に1985年のプラザ合意以降の急激な円高を契機に、コストを軽減するために、米国のような最終消費地に日本から直接に輸出するのではなく、人件費が安い中国に生産拠点を移管し、そこに中間財を輸出し、それを用いて最終製品を組立てたうえで、中国から米国に輸出するという、間接的な輸出を行うような体制が築かれるようになりました。その後、さらに中間財の生産自身に関する国際分業も進んでいます。
こうした変化は、貿易統計を見ていただけでは、貿易の実態をつかむことが難しくなってきたことを意味します。輸出統計を見ても、(中間的あるいは最終的な製品の)生産拠点向けの中間財の輸出が計上されているだけで、必ずしも最終消費地に向けたものではないので、最終消費地の最終需要に対する依存度は分かりません。また、輸出の中には、外国で生産されて輸入された中間財によって生産されたものが含まれているので、輸出統計を見ただけでは、それが自国の付加価値生産にどれだけ寄与しているのかは分かりません。
そこで、これまでの貿易統計のもつ問題点を克服するために作成されたのが、OECDが作成している付加価値貿易統計(Trade in Value Added; TiVA)です。これは、輸出や輸入に含まれる付加価値を、その生産国にまで遡って捉え、その内訳をみることを可能にしたものです。
そこで、今回は、このTiVAを利用して、これまでのバリューチェーンの構築が日本経済に与えた影響を考え、現在顕在化しているバリューチェーン再編の動きが日本経済にどのような影響を及ぼしていくことになるかを考えてみたいと思います。
【グローバルバリューチェーンの現状】
パソコンを念頭におくと、典型的なバリューチェーンの一つは、日本が半導体生産関連の素材を韓国に輸出し、韓国がそれを使用して半導体を生産し、それを中国に輸出して、中国がそれをもとにパソコンを生産し、米国に輸出するというものです。その様子をTiVAで追跡すると、第1図のようになります。これは、その国の「コンピューター、電子製品、光学製品」の輸出について、そこに含まれる付加価値の生産国を2015年時点(最新データ時点)で見たものです。
これによると、バリューチェーンを下流に降りていくにしたがって(日本→韓国→中国)、自国での付加価値の比率が低下し、外国の付加価値の比率が上昇していることが分かります。このうち、日本の付加価値の比率を見ると、韓国の輸出で1.4%、中国の輸出で2.4%となっています。中国の数値の中には、日本から中国に直接輸出された中間財を介した付加価値も含まれていることに注意する必要があります。
この結果、米国の「コンピューター、電子製品、光学製品」の輸入における国別の付加価値比率を見ると、第2図のようになります。
これを見ると、中国の比率が急上昇していることが分かります。2015年時点でその比率は42.1%を占めています。また。NAFTAの一員であるメキシコの比率が高いことも分かります(2015年において7.9%)。これに対して、日本の比率は急速に低下しており、2005年に13.8%あったのが、2015年には5.3%になっており、韓国(6.3%)を下回るに至っています。つまり、グローバルバリューチェーンが形成される中で、米国の輸入に対する日本の直接・間接の貢献が少なくなっているのです。
【米国及び中国の最終需要に対する日本の付加価値比率の低下】
以上は、「コンピューター、電子製品、光学製品」の例ですが、似たようなことが他の製品でも起こっているものと考えられます。そこで、他の製品も含めて、米国の最終需要全体に含まれる各国の付加価値の比率を見たのが、第3図です。これは、米国の最終需要が一単位増加したときに平均的に誘発される各国の付加価値の大きさを表していると解釈することもできます。
最終需要には当然、自国で生産された付加価値も含まれます。米国の場合、85%以上が国内の付加価値です。そこで、米国自身の付加価値比率を除き、主要国の比率だけを取り出したのが第4図です(なお、この図では、主要国以外の「その他」も除かれています)。
これを見て気が付くのは、NAFTA参加国のカナダとメキシコの水準の高さとともに、日本の低下と、中国の急上昇です。2005年からの10年間に、日本の比率は1.2%から0.8%に低下したのに対して、中国の比率は1.2%から2.4%に急上昇しています。
最近は中国の国内市場も大きくなっています。したがって、中国の最終需要に含まれている各国の付加価値への影響を見ておくことも必要です。米国の場合と同じように、中国の最終需要に占める国別の付加価値比率を見たのが第5図です。
中国の場合も、80%以上が自国の付加価値です。そこで、中国自身の付加価値を除き、主要国の比率だけを取りだしたのが、第6図です(ここでも、「その他」は除かれています)。
ここでも、日本の低下は顕著です。2005年に3.3%あった比率は、2015年には1.3%に低下しています。それに加えて、韓国の比率が低下していることも注目されます。他方、それ以外の国の比率は比較的安定しています。では、日韓の低下分はどうなったのでしょうか。実は、日本や韓国の比率が低下した分は、自国の付加価値比率が上昇した分に対応しているのです。この10年間に中国自身の付加価値比率は80.1%から85.8%に上昇しているのです。
【グローバルバリューチェーンの再編に向けて】
以上、付加価値貿易統計(TiVA)によって、グローバルバリューチェーンの形成状況を確認するとともに、それによって、米国や中国といった経済大国の最終需要によって誘発される日本の付加価値生産について見てみました。
日本は、2005年から2015年にかけての10年間、内需は弱く、外需に大きく依存する経済でした。しかし、付加価値貿易統計をみて分かったことは、米中の最終需要によって誘発される日本の付加価値は低下しているということです。つまり、グローバルバリューチェーンが形成される中で、結果的に付加価値比率の低い財や生産工程に特化してきており、そのために、米中の成長の恩恵を受ける度合いが低下しているのです。
かつて生産拠点を中国などに移管する際には、最終製品は作らなくなったが、そのための中間財を中国などに輸出するので、中国などでの生産と日本における生産は補完的だと言われてきました。しかし、その過程で、付加価値比率の大きな財や生産工程は日本から外国に移譲されていたのです。
冒頭でも述べたように、今また、バリューチェーンの再編の可能性が高まっています。特に今回の場合は、最近の保護主義的な動向を踏まえて、グローバル化を積極的に取り込むような再編ではなく、むしろ各国の国内生産への回帰(内製化)に向かっていくことになりそうです。ということは、日本からは生産拠点が移譲された各国への中間財さえも輸出できなくなる可能性があるということです。これは、ますます日本の付加価値生産能力を低下させることになりかねません。
日本としては、保護主義的な動きを食い止める努力をしなくてはならないことは言うまでもありません。それに加えて、もしグローバルバリューチェーンの再編が不可避であるならば、その中で、いかに自国の付加価値生産を高めるような再編にするかを考える必要があります。それこそが、現在の局面における、「海外の需要を取り込む」ということの具体的な内容であるように思います。
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