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齋藤潤の経済バーズアイ (第89回)

ダイバーシティーに向けて:帰国子女を活かすために必要なこと

 

2019/08/19

【求められるダイバーシティー】

 一般に、企業の構成員は、その属性において一様である傾向があります。特に日本の企業はそうです。日本企業の場合、伝統的に、日本人の若い男性健常者が主体となってきました。これに対して、最近、ダイバーシティー(多様性)の重要性が叫ばれています。女性、高齢者、外国人、障害者を含めた多様な主体から企業を構成することが好ましいという考え方です。それは、社会を構成するあらゆる人に社会参加の機会が与えられるべきだという人権論としてだけでなく、多様性のある企業の方が、生産性も高いという経済合理性の観点からも主張されています。

 そもそも社会が多様な主体から構成されているのであれば、なぜ企業が偏った組織構成になるのかが問われるべきであるように思いますが、通常は、一様な構成員から成る企業を出発点にして、それが多様化することによる効果を考えます。そこで、ここでもそういう思考過程を踏襲することにしたいと思いますが、以下の議論を通じて、なぜ一様な組織が一般化したのかということも見えてくるはずです。

 ところで、ダイバーシティーについて論じる場合、女性や高齢者、外国人、障害者の雇用を増加させるなど、いくつかのケースについて考えることができます。このコラムでは、その中でも、特に外国人雇用について取り上げ、その効果に焦点を当てて考えてみたいと思います。

【ラジアーのグローバル企業論】

 企業における外国人雇用の意味を考える際に参考になるのが、エドワードP. ラジアー教授のグローバル企業における多国人構成員に関する論考です(Lazeer, Edward P. “Globalization and the Markets for Team-Mates”, The Economic Journal, March, 1999)。彼は、企業が直面する課題(task)の解決にあたっては、なるべく異なる知識や技能からなる「情報集合」(information set)を持った人材から構成されたチームで取組むことのメリットが大きいと指摘します。既にいる自国人材と、新たに雇用される外国人材の持っている情報領域が重なっていれば、両人材間の関係は代替的になってしまいますが、もしそれが異なっていれば補完的になるというわけです。ラジアーは、人材の持つこの情報領域の「相違性」(disjointness)が重要だと言っています。

 もちろん、知識や技能が異なっていれば良いと言うものではありません。新たに追加される知識や技能が、課題解決にとって意味のあるものでなければなりません。ラジアーも、当面する課題に対する情報領域の「有用性」(relevance)が必要だと言っています。何が有用であるかを見極めることは容易なことではありませんが、一般論としては確かにその通りです。

 ところで、十分に有用で相違性がある情報領域を有する人材がチームとして組合わされることにメリットがあるのであれば、現実には、もっと多様な人材からなるチームが観察されても良いように思います。しかし、実際には、多様性は極めて限られています。その要因としてラジアーが指摘するのは、「意思疎通」のためのコスト(communication cost)の存在です。このコストがあるために、このコストを上回るメリットがない限り、人材は多様化しないことになります。

 ラジアーの場合、グローバル企業におけるチーム構成が論考の対象なので、意思疎通コストに注目しています。したがって、主として異なる言語を理解するためのコストが念頭にあるように思います。しかし、もう少し一般的に考えると、人種、宗教、文化、価値観、習慣の違いなどの壁を克服するために、かなりのコストがかかるものと考えられます。そこで、以下では、このコストを異質性克服コスト(cost of overcoming heterogeneity)と呼ぶことにしましょう。場合によっては、この異質性克服コストが相当大きくなり、多様性を妨げることになることは想像に難くありません。異民族間対立が内紛を起こしてしまうような事態が最悪の例です。それほどコストが高いのであれば、チームの構成は一様である方が良いということになるわけです。

【高い日本の異質性克服コスト】

 このように考えてくると、日本においても、外国人がもっと企業にいても良いように思いますが、実際にはまだ限定的です。それは、なぜなのでしょうか。

 前述の議論との関係で言うと、外国人をチームに加えることに伴う異質性克服コストが多様性メリットを上回っているからだということになります。それでは、異質性克服コストがそれほどまでに高い理由は何でしょうか。

 真っ先に思いつくのは、言語の壁です。日本では子供の頃から、長期間にわたって英語教育の機会を提供していますが、なかなかそれが実践的な英語能力につながっていません。したがって、英語で意思疎通を図ることにはまだ高い壁があります。英語を会社の公用語に採用したところもありますが、まだ例外的です。そうした高いコストのために、日本企業では、多様性によるメリットを活かせていないというのが現状のようです。

【帰国子女等の潜在性】

 もし外国人を雇用するのが難しいというのであれば、帰国子女等に活躍してもらうということが、企業の観点からもっと考えられても良いように思います。帰国子女等も、外国語で外国教育を受け、普通の日本人とは異なる情報集合を持っていると考えられるからです。

 その点を考えるために、まず帰国子女等がどれ位いるのか見てみましょう。

 ここで「帰国子女」とは、親の仕事の関係で、数年にわたって外国で生活をし、帰国後、日本の初等・中等・高等教育機関に在学することになった子どものことを言うことにします。ただし、文部科学省が統計上、「帰国児童生徒数」にカウントしている子供は、「各年度間(4月1日から翌年3月31日まで)に帰国した海外勤務者等の子どもで、翌年5月1日現在、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校又は中等教育学校に在学している児童生徒数」(学校基本統計)に限られています。したがって、幼稚園や大学・大学院に在学している子供は除かれていることに注意して下さい。そうした帰国児童生徒の最近における推移を見たのが図表1です。

 これを見ると波があることが分かりますが、近年では、毎年、12000人程度は帰国している(人材供給がされている)ことが分かります。

 帰国子女は、基本的には帰国するまでは外国で現地の学校に通っていたはずです。したがって、現在、外国の学校に通っている海外在留邦人の子供は、潜在的な帰国子女ということになります。そこで、在留邦人の子女の最近の推移を見たのが図表2です。ただし、ここで外務省が統計上「在留邦人子女」としているのは、小学部・中学部に通っている子供だけで、幼稚園、大学・大学院の他、高等学校も除かれていることに注意して下さい。

 これを見ると、年々増加しており、最近は世界に約8万人の潜在的帰国子女がいることが分かります。このうち、外国の教育を外国語で受けていると考えられる「現地・国際校」に通っている子女に限ってみると、約4万人となります。

 ところで、先ほど、「帰国子女等」と言いました。ここで帰国子女に「等」を付けたのには理由があります。異なる情報集合の持ち主ということでいうと、帰国子女の他に、日本の外国人学校(インターナショナル・スクールを含む)に通う日本人児童・生徒もカウントして良いのではないかと考えたからです。

 外国人学校は主として外国人の児童・生徒を対象にした教育施設ですが、ここには日本人の児童・生徒も在籍しています。そうした子供たちは、外国の教育内容を外国語で勉強しているということでは、外国の現地校に通っている日本人児童・生徒と同じ情報集合を持っていると考えられます。したがって、こうした児童・生徒も帰国子女に準じた扱いにしても良いのではないか、ということです。

 そのような日本にある外国人学校に通っている日本人在籍者については、継続的な調査はないようですが、2005年5月時点における文部科学省の調査によると、幼稚園・小学校・中学校・高校を合わせて5,918人(全在籍者の対する割合は20.9%)いたとのことです。

 以上見てきたように、帰国子女等は、外国の教育を受けているという意味では、日本で教育を受けた人材とは異なる知識と技能=情報集合を持っている人材で、かなりの人数が毎年蓄積されています。そうであれば、日本人だけのチームに帰国子女等を入れることは、同じチームに外国人を入れたのと同様のメリットがあると言えます。しかも、多くの場合、日本語を話し、日本文化等も理解しているので、意思疎通コストは、その分外国人に比べて低くなっているはずです。このことからすると、日本企業がもっと帰国子女等を採用していてもおかしくありません。

【帰国子女を活かせていない日本の雇用システム】

 ところが、現実は、そうでもないようです。その原因は、日本に特有な雇用システム(高度成長期型雇用システム)にあるように思います。

 第1に、日本企業では、職務が明確にされておらず、終身雇用を前提に無限定な働き方を求められます。このことは、入社しても、自分が何をやるかは明確にされておらず、自分の希望や能力と関係なく、会社が決めるということを意味します。自分は外国で教育を受けて、普通の日本人とは異なる知識や技能を持っていても、それを活かせる職務に従事できるかどうかは分からないのです。こうなると、会社に役立つ知識や技能を持っていると自負している人材であればあるほど、日本企業を希望しないことになります。

 第2に、仮に自分の知識や技能を活かせる職務につくことができても、それにふさわしい報酬は得られません。会社に役に立つ知識や技能を持っているのであれば、それに対してプレミアムが支払われても当然です。しかし、日本企業ではそれをしません。年功賃金体系の下では、同期入社は一律同一給与が支払われるのが原則だからです。そうであれば、帰国子女等はあえて日本企業を選ぶことをしないとしても不思議ではありません。

 このように、終身雇用・年功賃金を前提にした現在のような雇用システムを維持する限り、日本企業において帰国子女等が活躍することは困難です。帰国子女等が活躍できるようになるためには、現在の日本の雇用システムが大きく変わることが必要です。

【異質性が重要】

 最後に指摘しておきたいのは、帰国子女等を採用するとしたときに重要なのは、異質性克服コストを低下させることであって、帰国子女等に既存の構成員との同一化を求めることではないということです。同一化を求めたのでは、生産性の上昇にとってそもそも重要な情報集合の違いを打ち消すことになってしまいます。異質性こそが重要なのです。

 この異質性こそが重要であるという認識は、単に帰国子女等の採用を考える時にだけ重要なのではなく、外国人労働者の採用を考える時はもちろんのこと、ダイバーシティー一般に取り組むに際して重要な視点ではないかと思います。