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齋藤潤の経済バーズアイ (第93回)

新経済対策の景気刺激効果:その大きさと発現時期

 

2019/12/16

【新経済対策の決定】

 政府は、12月5日に、新しい経済対策を閣議決定しました。

 「安心と成長の未来を拓く総合経済対策」と名づけられたこの経済対策の目的には、三つあります。一つ目は、災害からの復旧・復興を進め、国民の安心と安全を確保することです。二つ目は、経済の下振れリスクを乗り越えようとする者に、重点的に支援を与えることです。そして、三つ目は、未来への投資を進め、東京オリンピック・パラリンピック後も見据えた経済活力の維持・向上を促進することです。

 この経済対策の規模は、財政支出だけで、13.2兆円とされています。これを事業規模に換算すると26.0兆円になるとされています。また、13.2兆円の内訳をみると、国と地方の歳出が9.4兆円、財政投融資が3.8兆円となっています。これらは、2019年度の補正予算と2020年度当初予算で手当てされることになります。

 前回の経済対策「未来への投資を実現する経済対策」(2016年8月2日)の財政支出は13.5兆円、事業規模で28.1兆円程度であったので、今回の経済対策はそれにほぼ匹敵するものであると言うことができます。

 今回の経済対策に関連して注目されるのは、その景気刺激効果の大きさと、その発現時期です。しかし、それを予測するには、いくつかの要因を考慮しなければなりません。以下では、この二つの関心事項について、順次、検討していくことにしたいと思います。

【景気刺激効果はどの程度の大きさになるのか】

 第1に、景気刺激効果の大きさです。このことを考えるにあたって重要なのは、この財政支出がどのように賄われるかです。

 まず国と地方による歳出の増加について考えてみましょう。もしそれが政府債務(国債、地方債)の増加によって賄われるのであれば、それだけ正の乗数効果が期待できます。もちろん、その時に覚悟しておく必要があるのは、それは既に諸外国に比較して大幅に積み上がっている政府債残高をさらに増加させることになるということです。このままでは2020年度に基礎的財政収支を黒字化するという財政削減目標が達成できないと見込まれている時に、さらにそれを困難にすることになります。

 それに対して、もしこの財政支出が、他の財政支出の削減(いわゆる節約)によって賄われることになれば、財政再建の悪化は回避できます。しかし、これでは財政支出増加がもたらすはずの正の乗数効果が、財政支出削減がもたらす負の乗数効果によって相殺されてしまうことになってしまいます。

 したがって、財政支出がどのように賄われるかは、景気刺激効果を知る上で重要であるだけでなく、財政再建への影響を見る上でも重要であるということになります。財政支出がどのように賄われるかは、2019年度補正予算案、及び2020年度当初予算案がどのようになるかを見なければなりません。

 このうち、2019年度補正予算案については、12月13日に閣議決定されました。それをみますと、経済対策関係等の歳出が4.5兆円計上されていますが(経済対策とは関係のない0.2兆円を含む)、それを賄うのが、建設国債の発行による2.2兆円、その他歳出の削減による1.3兆円、税外収入・前年度剰余金の受入れによる1.0兆円となっています。つまり、財政支出のうち、約3割については、正の乗数効果を期待できないことになっています。

 ところで、今回の財政支出には、財政投融資によるものも含まれています。これについてはどのように考えれば良いのでしょうか。

 財政投融資は、一般会計とは切り離されて、財政投融資特別会計によって運用されています。それに用いられる資金は、税金ではなく、財政投融資特別会計国債(通称、財投債)の発行によって賄われているのですが、これは政府債務の一部とは考えられていません。なぜなら、その利払いと返済は、それによって調達された資金が財政融資によって貸付けられ、それがもたらす利子と返済金によって行われるからです。これは政府による金融活動なので、国民経済計算体系(SNA)では、一般政府の枠外にある公的金融機関として位置づけられているのです。

 しかし、そうだとすると、二つの問題が浮かび上がります。

 一つは、財政投融資が公的金融機関の貸出であるのなら、なぜそれが経済対策では、一般会計の歳出とともに「財政支出」として括られているのか、という問題です。これははっきり区別されるべきだと思います。

 もう一つは、財投債と言っても、政府の信用で発行されている以上、万が一貸付けが焦げ付いた場合には、政府が一般会計からの繰り入れで返済をすることになるはずです。そうであれば、政府債務の増加をもたらす可能性があります。その意味では、財投債を政府債務と全く関係ないとすることも、説得的ではないように思います。

【景気刺激効果はいつ発現するのか】

 第2に、景気刺激効果の発現時期です。

 景気刺激策の効果がなるべく早期に発現するためには、2019年度補正予算案に織り込むことが望ましいはずです。実際、経済対策で追加される予定の国と地方合わせた財政支出9.4兆円のうち、4.3兆円分が国だけの支出として補正予算案に計上されました。

 しかし、補正予算案に計上されただけでは、すぐに執行されることにはなりません。補正予算案は、国会に提出され、国会の審議を経て成立し、それに基づいて事業者と契約が交わされて初めて執行されることになるからです。

 このタイムラグにはかなりのものが有ります。12月13日に補正予算案が閣議決定されましたが、通常国会の冒頭に処理されることになったとしても、国会に提出され、審議された上で、成立をみるには、早くても2020年の2月上旬までかかるのではないでしょうか。それから、契約を交わすとなると、場合によっては、年度内に執行することは難しいかもしれません。

 もし年度内に執行ができない時には、来年度に繰り越されることになります。繰越しの額については、決算で確認することができます。例えば、前述の2016年の経済対策の場合には、補正予算で6.1兆円の財政支出が追加されましたが、2017年度への繰越額は、4.7兆円に上っています。

 翌年度への繰越額は、補正予算が国会を通過したタイミングによるところも大きいと考えられます。国会成立が遅ければ遅いほど、タイムラグの存在から、繰越額が多くなることが予想されます。例えば、2013年1月の経済対策は補正予算で12.3兆円の歳出を追加しましたが、その補正予算が成立したのが2月26日でした。そのため、翌年度への繰越額は7.6兆円に上りました。

 こうして考えると、補正予算に計上された歳出の追加も、景気刺激効果が発現するのは、相当程度が2020年度になる可能性があると思います。

【注目される2020年度当初予算編成】

 今回のような景気刺激策をそもそも打ち出す必要があるのかという問題は、以上とは別に議論されるべき重要な問題です。一方では、貿易摩擦を背景にした世界経済の減速や、消費税率の引上げの影響、あるいはオリンピック・パラリンピック後の景気をどう考えるかという問題と関連しています。他方で、景気刺激策のために、ただでさえ政府債務残高のGDP比で世界最大となっている中で、さらにそれを積み上げても良いのかという問題もあります。

 しかし、もし仮に景気刺激策が必要であるとするならば、以上で論じたように、その景気刺激効果がどの程度のものになるのか、またそれはいつ発現するのかということが重要となります。それを考えるにあたっては、補正予算で計上されなかった財政支出がどのように当初予算で賄われるかが鍵を握っています。これから年末にかけて行われる2020年度当初予算の編成が注目されます。