新型コロナの経済的影響:人的移動制限措置のもたらすもの
2020/03/16
【広がりを見せる新型コロナ】
中国武漢市での最初の症例が報告された昨年12月末以降、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が急激に拡大しています。それを受けて、本年3月11日には世界保健機関(WHO)が「パンデミック」(世界的な大流行)であるとの宣言を発しましたが、その後も感染は拡大を続け、現時点(欧州中央時間:3月15日、16:00時点)において、新型コロナは世界146カ国・地域に広がり、感染者数は153,648人、死亡者数も5,746人にのぼっています。
このような事態は、既に日本経済に大きな影響を与えています。今後もその影響がさらに大きくなっていくことが予想されます。それがどのようなものになるのか。それに対してどう対応すれば良いのか。この点を、短期的な面と中長期的な面に分けて考えてみたいと思います。
【短期的な影響:人的移動制限措置がもたらす世界同時不況】
まず短期的な影響という観点でみると、新型コロナ対策として採られている人的移動を制限する措置が、今や日本における景気後退ばかりでなく、世界的な同時不況をもたらしつつあると言えます。
その点を確認するために、今年に入ってからの日本経済への影響の推移を辿ってみましょう。
第1期は、1月下旬から2月下旬にかけての時期です。この時期には、中国において、武漢市の封鎖(1月23日)、春節休暇期間(工場閉鎖期間)の延長(1月26日)、国外への団体旅行の禁止(1月27日)などの決定が行われました。これらを受けて、日本経済は、供給と需要の両面でのショックに見舞われることになりました。
供給面では、グローバル・サプライ・チェーンを通じて、中国に依存してきた中間財の輸入が止まってしまったことの影響が深刻でした。これによって、自動車などの製造業において、国内生産の縮小を余儀なくされてしまうような事態に陥りました。他方、需要面では、中国からのインバウンド観光客の急減によって、宿泊、輸送、飲食、小売などのサービス業が開店休業状態に追い込まれました。
この時期の特徴は、中国発の影響で製造業での供給制約とサービス業での需要制約が並行して見られたことにあります。
第2期は、2月下旬から3月上旬にかけての時期です。この時期には、政府による外出自粛要請(2月16日)、北海道の緊急事態宣言(2月28日)を契機に、学校の休校、イベントの中止、娯楽施設の閉鎖などの動きが国内で広がりました。(この時期は、2月3日に横浜に到着したクルーズ船に隔離をされていた乗員や乗客の下船が開始された時期でもありました<2月19日以降>。)
これによって、サービス業を中心として国内発の需要減少が見られるようになりました。また、感染拡大の防止のために事業所が閉鎖になってしまった従業員や、休校で自宅にいる子供の面倒を見なければならない親のために、テレワークへの転換なども見られるようになりました。
この時期にも供給制約と需要制約が見られますが、主因が国内要因に転じていることが特徴です。また、そのなかで、中小企業を中心とする経営悪化や、雇用者の収入減少の問題が深刻化してきました。
第3期は、3月上旬から、現在に至る時期です。この時期には、新型コロナが海外で急激に拡大し、金融市場をも巻き込む事態に発展をします。
海外での新型コロナの拡大は、早い時期から韓国やイラン、イタリアで見られていましたが、この時期には、それがヨーロッパ全土やアメリカにまで拡大していきます。特にアメリカによるヨーロッパからの入国制限(3月12日に発表、当初は除かれていた英国とアイルランドも3月14日に追加)が発表されると、世界的な需要の急激な縮小が意識され、株式市場と為替市場が大きく反応することになりました。ニューヨークダウ平均株価指数は3月12日に21154.46ドルの最安値(直近のピークである2月12日の29568.57ドルに比べ、28.5%減)を記録し、円ドルレートも、3月9日に一時的に101円台と、直近の円安水準である112円台に比べて10円以上の円高となる局面が見られました。
世界的な経済活動の低下と需要の急激な縮小は、世界貿易の縮小を伴いながら、各国の景気悪化をもたらしますが、加えてこうした金融面でのリスク回避の動きは、一部のハイリスク企業や金融機関の資金繰りに困難をもたらすリスクを高めることになりました。
以上のように、新型コロナが世界的な広がりを見せ、人的移動制限措置が次から次へととられていく中で、実体経済の悪化が金融をも巻き込むようなかたちで進行しています。現在、世界各国・地域の経済は、同時に景気後退に向かいつつあるように思います。
【新型コロナを発端とする世界同時不況への対応】
これに対して各国は景気対策や金融緩和措置を発動し始めています。しかし、その難しさは、どのような政策対応を採るべきかについて、過去の経験が参考にならないことです。なぜなら、今回の景気後退は経済的な要因に起因しているわけではなく、感染拡大を防止するために人的移動制限措置をとったことに起因しているからです。したがって、基本的にはこの人的移動制限措置を解除できない限り、経済の好転はあり得ません。いくら需要を追加するようなマクロ経済政策をとっても、景気の悪化をある程度抑制することはできたとしても、景気の積極的な好転をもたらすとは期待しにくいのです。
この点を踏まえると、緊急にとられるべき経済対策としては、以下のようなものが骨格になると考えられます。
① 新型コロナウイルス感染症を予防し、治療するためのワクチンや治療薬の開発に対する経済的支援。
② 新型コロナウイルス感染症の感染者に対する医療行為を行う病院や診療所、あるいは医師や看護師に対する経済的支援。
③ 需要減少によって資金繰りが悪化した企業に対する経済的支援。
④ 休業を余儀なくされる従業員の雇用保証・所得補填を行うための経済的支援。
⑤ テレワークや遠隔取引を行うのに必要なインターネット環境の整備に対する経済的支援。
⑥ 為替相場を安定させるような金融政策の実施。
なお、日本で新型コロナを克服できたとしても、従来からの貿易や人的交流などの国際経済関係を復活できるわけではありません。それが復活できるためには、世界的に新型コロナを克服する必要があります。そのために、経験や成果の共有を含む国際協力も極めて重要になってくると思われます。
【中長期的な影響:協業と対面取引の見直しと遠隔供給体制へのシフト】
次に中長期的な影響を考えてみましょう。今回の新型コロナ対策として採用された人的移動制限処置を契機として、働き手が空間的な距離をおいて顧客に財やサービスを供給する「遠隔供給体制へのシフト」を加速するのではないかと考えられます。この点をもう少し詳しく説明しましょう。
今回の事態で第1に考えられるのは、製造業における協業の見直しです。
協業とは、働き手が生産の現場である工場などに物理的に集合し、労働サービスを供給するという労働形態です。もちろん、分業が重要であることはアダムスミスが力説した通りです。それぞれが生産工程の一部に特化して労働サービスを供給することによって生産性が上昇します。そのことは否定できません。しかし、だからと言って、働き手が物理的に集合する必要はないのではないか。今回の事態によって、改めてこのことに気づかされたのではないかと思います。
自動化、コンピュータ化、ロボット化によって、生産工程のかなりの部分は、機械に委ねることができるようになりました。働き手としては、状況をモニターし、必要であれば修正を加えたりすれば済むようになっています。しかし、それぐらいのことであれば、実際に現場にいなくても、インターネットを介して、リモートでできるはずです。また、生産に直接関与していない間接部門であれば、なおさらそれは可能であり、実際、今回においても、多くの職場でテレワークが試みられています。
このように、工場で生産が行われるという方式は変わりませんが、働き手は、物理的な協業から解放されて、空間的な距離をおいたデジタル的な関与へと変化していくものと考えられます。
第2に、サービス業における対面取引の見直しです。
サービスは、生産と消費の同時性・分離不可能性を特徴とすると考えられてきました。確かに、サービスを保存し、在庫することができないという意味ではその通りです。しかし、インターネットの発達は、サービスにおける対面供給という制約を取り除きました。今や、インターネットショッピングやインターネットバンキングが当たり前になっています。今後は、遠隔医療サービスや遠隔介護サービスの提供、ドローンを使った輸送なども一般化されると考えられます。サービス生産と消費の同時性・分離不可能性が空間的な制約から解放されるわけです。
ついでに言うと、これに加えて、時間的な制約からの解放も進むかもしれません。例えば、人工知能(AI)に販売員、医師、看護師などから得た必要なデータをインプットすれば、そのAIが顧客や患者などへの対応を行い、働き手によるリアルタイムでの関与を必要としなくなるかもしれません。
もちろん、こうしたことが直ちに実現すると期待することは非現実的です。しかし、今回の新型コロナ対策としての人的移動制限措置は、産業における協業や、サービス業における対面供給が必ずしも必要不可欠ではないことを明らかにし、そうした制約を徐々に解放していくものと考えられます。これは、各産業における働き方を大きく変えていく可能性を秘めています。
【遠隔供給体制へのシフトに伴う日本経済の課題】
もっとも、こうした変化は、新しい課題をも提起します。日本経済の観点からすると、こうした中長期的な変化に対応するのには、少なくとも二つの大きな課題があると考えられます。
第1に、上記のような変化は、インターネットや電力供給への依存度を高めることを意味するということです。それらが機能している限りにおいては、もちろん問題はありません。しかし、サイバー攻撃やシステムダウン、停電などのリスクにさらされる度合いが高まることになります。今後は、そうしたリスクの顕在化に対応できることが必要となります。どのように事業の継続性を確保していくのか、その方法を整理し、そのための体制を構築することが求められることになります。それは、既に検討されている地震や津波などの自然災害への備えとも重なるところが多いはずです。新しい事態を踏まえて、それをさらに発展させることが必要になっています。
第2に、協業や対面取引に基づく生産のあり方が変わることは、これまで日本の強みと言われてきた様々な長所の重要性が低下することを意味します。例えば、日本の製造業の強みと考えられてきた、個人間の対面による「擦り合わせ」や「暗黙知の伝承」が機能しなくなります。また、日本のサービス業の強みは、サービス供給者と顧客の間の対面による「おもてなし」だと言われてきましたが、これも発揮できなくなります。新しい生産のあり方、働き方の中で、どのような比較優位を形作っていくのか、これを明確にするのが中長期的に課された課題になります。
【求められる危機対応と課題への挑戦】
新型コロナに対する戦いは、日本にとってだけでなく、世界各国・地域にとっても、未知の部分が多い、困難な戦いになります。まずは、その戦いに勝ち、当面する危機を乗り越えなければなりません。しかし、それを乗り越えた先にも、新たな挑戦が待っています。新しい産業のあり方、働き方への対応という挑戦です。今から、その見通しを持ち、それらに取り組む覚悟を固めておくことが必要のように思います。
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