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齋藤潤の経済バーズアイ

コロナ下における日本の雇用調整

 

2020/07/01

【急速な悪化を示す景気】

 日本の景気は急速に悪化しています。その状況は、景気の現状を見るために毎月作成されている景気動向指数(CI)を見ることで確認をすることができます。それを図表1で見ると、景気動向指数のうち、景気と同時的に動く一致指数は、すでに2018年半ば以降、徐々に低下傾向を示し始めていることが分かります。当初は米中貿易摩擦の影響を受けての低下でしたが、2019年10月の消費税率の引上げがそれに追い打ちをかけるような形になりました。

 しかし、最後の一撃を加えることになったのは、新型コロナウイルスの感染拡大と、それに対する緊急事態宣言を始めとする政策対応です。一致指数が2020年4月に見せた8.7ポイントの下落は、リーマンショック直後の2009年1月に見せた6.4ポイントの下落を上回る大幅なものとなりました。景気に先んじて動く先行指数が同じく4月に見せた大幅な下落から推測すると、一致指数は今後さらに下落するものと予想されます。

 これが景気後退を意味しているか否かの正式判定は、内閣府の景気動向指数研究会で行われます。そこで結論が出るまでにはまだ時間がかかると思われますが、もし景気後退であると判定されるとなると、その深さは2008年~2009年の世界経済金融危機のそれを上回るものになるものと思われます。そして、もし民間エコノミストの大宗がそう見ているように、2018年の10月に景気の山を迎えていたとなると(ESPフォーキャスト調査2020年6月調査)、2012年11月に景気の谷を迎えてからアベノミクスの下で続いていた景気拡張局面は、戦後最長の景気拡張局面となるには2か月足りないままに終わるということになりそうです。

【実質GDPもさらに大幅に下落するとの予想】

 このような景気の動向を実質GDPの動きでも見ておきたいところですが、現在のところ、公表されている実質GDP成長率は、2020年第1四半期までしかありません。それを図表2で見ると、緊急事態宣言が発出される4月より前であったにもかかわらず、2020年第1四半期は、消費税率の引上げでマイナス成長を記録した2019年第4四半期に続いて、2期連続のマイナス成長となっています。景気がさらに悪化するとなると、2020年第2四半期は、3期連続のマイナス成長になるだけでなく、その下落率も前の2四半期を上回る大幅なものになる可能性が高いと思われます。例えば、民間エコノミストの予測の平均を見ると、6.35%のマイナス成長となっています(同じくESPフォーキャスト調査2020年6月調査)。

 鉱工業生産指数の結果は、そうした落ち込みを予想させるものとなっています。鉱工業生産指数の推移を見ると、図表3にあるように、2020年2月以降4か月連続の低下となっていますが、特に4月に9.8%の大幅な下落を示し、5月にも8.4%の下落を示しています。この4か月間の下落幅(20.7%減)は、2008年~2009年に経験した世界経済金融危機時の当初4か月間の下落幅(2008年10月から2009年1月までの23.8%減)に次ぐ大幅なものとなっています。

【強まる雇用調整圧力】

 このような景気の悪化は、当然、企業の雇用過剰感を高め、雇用調整圧力を強めることになります。もしこのような雇用調整圧力が失業に直結すれば、失業率は大幅な上昇を見せることになるはずです。実際、そのようなことは、米国で起きています。米国の失業率は2020年3月の4.4%の後、4月に14.7%に急上昇し、5月も13.3%と高水準を維持しています。

 しかし、これに対して、日本の失業率は、対照的な動きを示しています。図表4にあるように、日本では、3月の2.5%の後、4月は2.6%、5月も2.9%と、比較的緩やかな上昇にとどまっています。

 このような、実質GDPは大きな下落を記録しているのに、失業率が大幅に上昇しないという逆転現象は、実は今回に限ったことではありません。2008年~2009年の世界経済金融危機の時にも、図表5が示している通り、米国に比べて日本の実質GDPの下落幅の方が大きかったにもかかわらず、図表4にあるように、その時の日本の失業率は、米国のそれを大きく下回ったのです。

【終身雇用制の下での雇用調整】

 このような実質GDPの動向と失業率の動向の逆転現象は、米国と日本の雇用システムの違いに依るところが大きいと考えられます。言うまでもなく、日本の雇用システムの特徴の一つは、終身雇用制であるという点にあります。そこでは、雇用調整圧力が高まったとしても、簡単に解雇を行うことは許されません。それは不可能ではないにしても、それには多くのハードルがあり、事実上、それを行うことを難しくしています。それが、頻繁に解雇(レイオフ)が行える米国の雇用システムと大きく違うところです。

 しかし、それだからと言って、雇用調整圧力が消えてなくなるわけではありません。もちろん、雇用調整圧力は残っています。それでは、日本の企業は、そうした雇用調整圧力に対してどのように対応しているのでしょうか。以下では、日本の企業が辿っている四つのフェーズに則して見ていきたいと思います。

 第1に、まずは労働時間の短縮によって調整が行われます。特に、それは、所定外労働時間(残業時間)の短縮という形態をとって進められています。図表6にあるように、2020年4月には前年同月比で18.9%の大幅減となっています。

 第2に、企業は求人を削減しています。2020年初より、ハローワークを通じた新規求人が、一般労働者とパートタイム労働者のいずれにおいても減少しています。図表7が示しているように、2020年5月の新規求人は、4月に続き、一般労働者とパートタイム労働者の双方において、前年同月に比べて約30%あるいはそれ以上の大幅な減少となっています。

 第3に、企業は労働者の休業を増加させています。企業は終身雇用のために、簡単には労働者を解雇できません。しかし、仕事もないので、結果的に休業者が増加しています。図表8で分かるように、それは特に非正規雇用者(特にパートやアルバイト)において顕著ですが、正規雇用においても見られています。

 企業はなるべく雇用維持を図りながら雇用調整を進めていますが、それでは十分ではない場合には、雇用者数を減らさなければなりません。第4は、雇用者の削減による調整です。図表9を見ると、実際にそれに着手している企業があることが分かります。特に、非正規雇用者は、2020年3月以降、減少を続けています。これに対して、終身雇用下にある正規雇用数の場合は、伸びは止まりましたが、減少を見せるまでには至っていません。

【今後の鍵を握るのは企業の雇用維持余力と政府の雇用調整支援策か】

 これまで見てきたように、日本の企業は終身雇用制の下で、極力雇用調整圧力を吸収し、失業者の増加には結びつけないような努力をしてきました。しかし、今後については、楽観を許しません。特に非正規雇用者の場合には、すでに雇止めなどによって失業に結び付く動きが見られています。また、新型コロナウイルスの感染拡大の先行きが見通せず、第2波の可能性も考えられます。その影響の長さや深さによっては、正規雇用の雇用保障も万全とは言い切れません。休業させるにしても、会社都合の場合には、少なくとも賃金の60%を支払わなければならず、これが企業に大きな負担になることは疑いのないことだからです。

 このように考えた時、日本における雇用調整の先行きにとって大事な要素の一つは、企業の財務余力となります。この点では、日本の企業はこのような事態に備えていたと言える面があります。1990年代初めのバブルの崩壊や2008年~2009年の世界経済金融危機の経験を踏まえ、日本企業は利益剰余金を積み上げてきたからです。図表10を見ても分かるように、2020年第1四半期末時点での利益剰余金は、法人企業全体(金融保険業を含む)で既往最高の541兆円となっています。

 また、政府による支援も重要な要素となります。特に、雇用調整助成金は重要で、政府は、企業が労働者を研修に出したり休業させたりした場合、その賃金のかなりの部分を補助しています。これは、2008年~2009年の世界経済金融危機時に失業率を低く抑えるのに大きく貢献をした要因ともなりました。政府が、6月12日に成立させた令和2年度第2次補正予算でも、この雇用調整助成金の受給要件や助成内容の拡充が行われています。それもあって、図表11を見ると、申請件数や支給件数等は急速に増加しています。

 これ以外にも、政府は企業の資金繰りを支援するために、日本政策金融公庫や商工中金による無利子無担保融資や、信用保証制度を活用した民間金融機関による無利子無担保融資を導入し、拡充しています。また、日本銀行も、民間金融機関による無利子無担保融資を対象にゼロ金利で資金供給する制度を導入しています。

 こうした施策が失業率の上昇を抑制するためにどこまで有効なのかは、まだ不明です。もしこれでは不十分ということになれば、政府や日本銀行は施策の一層の拡充を図る覚悟が必要であるように思います。