コロナ下でのデフレ加速
2021/01/04
【大幅な供給超過を示すGDPギャップ】
マクロ的な需給関係を表すGDPギャップを見ると、2020年4~6月期に潜在GDP比でマイナス10.5%の大幅なマイナスになりました。その後、7~9月期にはマイナス6.2%に縮小したものの、依然として大幅なマイナスが続いています(第1図)。このことは、マクロ的には大幅な供給超過状態が続いてることを意味しています。このような状況の下では、物価に対して強い下押し圧力となっているはずです。
【消費者物価指数は下落傾向に】
実際に、消費者物価指数の動向をみると、下落が始まりつつあるように思えます。
消費税率引上げの影響を調整した消費者物価指数総合の前年同期比を見ると、2020年4月からマイナスに転じています(第2図)。また、基調を示す生鮮食品とエネルギーを除いた総合を見ても、2020年8月以降、下落が続いています。下落要因の中には、Go To Travelキャンペーンによる料金割引など、政策による影響も含まれていますが、デフレが加速しつつある兆しが見て取れます。
【どうしてGDPデフレーターは上昇しているのか】
しかし、もしデフレが加速しつつあるのであれば、なぜGDPデフレーターは上昇しているのでしょうか。GDPデフレーターを見ると、前年同期比は、消費税率の引上げの影響(4四半期にわたって前年同期比を引上げるはずです)を考慮したとしても、下落傾向を示してはいません(第3図)。
【交易条件の改善】
消費者物価指数が下落を示しているにもかかわらず、GDPデフレーターが下落を示していないことを不思議に思われるかもしれません。その謎の答えは、GDPデフレーターの基本的な性格を考えるとわかります。
GDPデフレーターは、物価の総合的な指標といわれることが多いのですが、実際は、国内生産数量1単位当たりの付加価値を表しています(名目GDPを実質GDPで除して求められることを思い出してください)。GDPデフレーターが上昇しているということは、コロナの影響で、単位当たりの付加価値が増加していることを示しているのです。
その理由としては、二つの要因が挙げられます。
第1は、コロナによって交易条件が改善していることです。
輸入デフレーターの前年同期比を見ると、2019年の後半から輸出デフレーターの下落を上回る下落を示していましたが、2020年4~6月期からその差は拡大してます(第4図)。その背景には、原油価格の大幅な下落があります。同じ4~6月期に、原油の輸入価格は円ベースで56%の下落を示しています。同じような原油価格の下落と交易条件の改善は、2008年のリーマンショック後にもみられました。
【単位労働指標の上昇】
GDPデフレーターが上昇している第2の理由は、単位労働費用が上昇していることです。
GDPデフレーターは国内生産数量一単位当たりの付加価値を示していますが、その内訳を考えると、単位当たりの労働費用(単位労働費用)と単位当たりの利潤(単位利潤)の和に等しいことになります。
その観点から見てみると、コロナ下でGDPデフレーターが上昇しているのは、単位労働費用の上昇に起因していることが分かります(第5図)。単位労働費用は2016年頃から上昇傾向にありましたが、特に2020年4~6月期には大幅な上昇になりました。これに対して顕著なのが、単位利潤の下落です。
(第5図で「単位利潤」としているのは、名目GDPから雇用者報酬を控除した残差を実質GDPで除したものでです。したがって、分子には、利潤の他、固定資本減耗や間接税-補助金が含まれています。消費税率の引上げが行われたことを考慮すると、コロナ下の単位利潤の減少はもっと顕著であったと考えられます。)
単位労働費用の上昇と単位利潤の下落という現象がみられるということは、コロナ下の調整が、短期的には、雇用者よりは企業に負担がかかる形で行われたことを示しています。このような調整は、リーマンショック後にもみられたことが確認できます。
経済危機が起きた時にこのような調整が行われることの背景には、日本の雇用システムの特徴があると考えられます。日本の雇用システムは終身雇用制を特徴としているため、雇用の維持が優先されます。また、政府も雇用調整給付金などを通して企業が雇用を維持するための支援をしています。そのため、企業が短期的に雇用調整が優先されるのを防いでいるのです。
【改めてデフレ脱却が課題に】
今後の動向を考えるにあたっては、リーマンショック時に何が起こったかを見ておくことが参考になります。リーマンショック直後の2008年10~12月期から単位労働費用の上昇と単位利潤の下落が見られたことは先ほど見た通りですが、その後2009年4~6月期から単位労働費用の上昇の鈍化がみられるようになり、やがて下落に転じており、それに代わって単位利潤が上昇に転じています(前掲第5図)。これは、雇用面での調整も、やがては時差を伴って進行することを示しています。
リーマンショック後のことを考えると、今回も同じような経過を辿ることが予想されます。つまり、2021年に入るとGDPデフレーターの下落がみられるようになると見込まれます。その時点で、デフレが加速していることが確認されることになるでしょう。
日本経済は、再び、デフレ脱却に向けた取組みを強化しなければならない局面に直面することになると思われます。
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