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齋藤潤の経済バーズアイ (第106回)

コロナ下のマネーサプライ

 

2021/02/01

【マネーサプライの急増】

 ここのところマネーサプライが急増しています。日本銀行が発表した2020年12月のマネーストック統計によると、M2は前年同月比9.2%、M3は同じく7.6%の伸びを示しています。これは、2019年までの伸びが2%程度であったことを考えると、急激かつ大幅な伸びです。

 マネーサプライのこのような急増は、マネタリーベースの増加を進めてきた日本銀行の行ってきた量的・質的金融緩和(QQE)の当然の帰結と思われるかもしれません。しかし、ことはそれほど簡単ではありません。第1図を見ても分かるように、マネタリーベースとマネーサプライの関係は大きく変化しているように見えます。最近のマネタリーべースの伸びは、QQEの初期に比べると小幅になっています。にもかかわらず、M3の伸びはこれまでになく高いものになっているのです。

 M3のこのような伸びは、2020年半ばから始まっています。このことから考えて、この伸びは、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の感染拡大、ないしはそれに対する対応と関係があることをうかがわせます。

【預金通貨の急増】

 そこで、マネーサプライの急増の原因を探るために、マネーサプライの内訳を見てみましょう。第2図によると、M3の急増の背景には、預金通貨の急増があることが分かります。これに比べて、現金通貨やCDの寄与は限定的なものにとどまっていますし、準通貨に至っては減少さえしています。

 そこで、さらに、預金通貨の内訳を見てみましょう。預金通貨は個人、一般法人、地方公共団体・地方公営企業の預金で構成されていますが、第3図によると、預金で大きく伸びているのは個人と一般法人の預金です。地方公共団体・地方公営企業の預金も伸びていますが、その寄与は前二者と比べると小幅なものにとどまっています。

【個人の預金の増加】

 個人と一般法人の預金については、預金額別の内訳が分かります。

 まず個人の預金の預金額別の内訳を見てみましょう。第4図によると、預金の増加がみられるのは、1千万円以上1億円未満の預金者を中心に、3百万円以上1千万円未満、300万円未満といった、比較的小規模な預金者の預金であることが分かります。それに対して、1億円以上の預金者の預金では、大きな預金の増加は見られません。

【一般法人の預金の増加】

 それでは一般法人の預金額別内訳はどうでしょうか。それを第5図で見ると、個人の預金の場合とは異なる特徴が見られます。一般法人の中で預金の伸びがみられるのは、1千万円以上の預金者の預金で、最も顕著なのは10億円以上の預金者の預金となっています。これに対して、300万円未満の預金者や3百万円以上1千万円未満の預金者の預金ではほとんど増加が見られません。

【一般法人向け銀行貸出の増加】

 なぜこのように個人や一般法人の預金が増加したのでしょうか。一つの可能性は、個人や一般法人向けの銀行貸出の増加です。景気を刺激するための金融緩和政策が通常想定するのも、このような経路です。

 しかし、銀行貸出の内訳を示している第6図を見ると、個人向けの銀行貸出は、住宅資金向け、消費財・サービス購入資金向けのいずれにおいても増加していません。

 他方、一般法人向け、特に大企業及び中小企業向けの銀行貸出は増加しています。これは、政府が進め、日本銀行が支援している、コロナ下で資金繰り上の困難に直面している企業への実質無利子・無担保融資等の増加を反映してるものと考えられます。

 このことから、一般法人のうち、大規模な預金者の預金の増加は銀行貸出で説明できます。しかし、小規模の預金者の預金について説明できません。なぜなら、中小企業への銀行貸出は伸びているのに、小規模な預金者の預金は増加していないからです。

 考えられる理由としては、中小企業と小規模預金者とが対応していない可能性を別にすれば、中小企業が貸出を受けた資金を直ちに支払いに充て、預金としては滞留していない可能性です。そもそもここで増加している銀行貸出が資金繰りを支援するためのものであるとすれば、それが賃貸料などの支払いに充てられ、賃貸人である大規模な預金者の預金に振替えられていることは十分に考えられることです。

【家計への財政移転の増加】

 銀行貸出の内訳を見て、もう一つ説明できないことは、個人の預金増加の理由です。個人の小規模な預金者の預金が増加していたのに、個人向けの銀行貸出は増加していないからです。銀行貸出でないとすると、個人の小規模な預金者の預金が増加している理由としては、個人の純受取が増加したことしか考えられません。個人の所得の増加や支出の減少があった場合です。

 この間、個人の支出の減少は確かにあったと考えられます。家計の支出に対する制約が需要サイドと供給サイドの双方から加わったからです。非常事態宣言が発出された時を中心に、外出自粛のために支出が抑制された上に、営業自粛もあり店舗や施設が閉鎖になりました。

 加えて、家計所得の増加もありました。代表的には特別定額給付金の給付です。これがどの程度のインパクトがあったかは、財政資金の対民間収支を示した第7図でも確認できます。これによると、2020年半ばを中心に一般会計から大幅な支払超過があったことが分かります。

 このような「ヘリコプター・マネー」は、一時的な所得であるだけに、支出には回りにくい性質があります。過去にあった同様の事例(地方振興券、定額給付金)を見ても、支出に回るのは3割程度となっています。今回は、加えて支出への制約もあり、大部分が預金として残ったものと考えられます。

【マネーサプライの増加は景気を刺激することになるのか】

 以上のように、今回見られているマネーサプライの増加は、金融政策の結果というよりは、財政政策の結果であると言った方が良いような性格のものです。

 それであっても、マネーサプライの増加が支出に充てられることになれば、景気を刺激することになるはずです。しかし、今回の特徴は、コロナ下にあって、その支出に多くの制約が加わっていることです。そのことを考えると、マネーサプライの増加が景気を刺激することがあるとすれば、それはワクチンや治療薬が開発され、コロナを克服することができた時になるのではないでしょうか。