コロナ下で進む東京からの転出超過:集積のメリットを損なうか
2021/03/03
【東京からの転出超過の動き】
コロナ下で、東京からの転出が転入を上回る状態が続いています。昨年12月のコラムでも書いたように、その傾向は、30歳代以降の男女で顕著です。その理由としては、リモートワークの普及拡大によって働き方が変わり、通勤の必要性も小さくなってきたので、より大きな居住空間とより快適な居住環境を求めて、東京からの転出が増加していることが考えられます。
こうした傾向は、ワークライフ・バランスという観点からは望ましいと思われますが、他方で、これまで東京に見られてきた集積のメリットが損なわれるのではないかという懸念も生じてきます。集積のメリットの源泉は、人々の間で頻繁に知識やアイディアを交換する機会が増大することにあると考えると、就業者数が減ることは、生産性を引下げる可能性があります。
【就業者の集積は労働生産性を引上げるか】
そもそも、就業者数が多い方が生産性は高くなるのでしょうか。それを検証するために、第1図を見てみると、確かに、都道府県別の就業者一人当たり労働生産性と就業者数との間には正の相関がみられます。(なお、ここでは2016年度の数値を使っています。これは後に引用する社会生活基本調査が2016年に実施されているので、それとの時期的整合性をとるためです。)
この図で、北東方向にある特異値が東京です。これを見ると、東京では就業者数の集積によって、非常に高い労働生産性が実現されいることが分かります。
もっとも、注意しなければならないのは、労働時間の違いです。就業者一人当たりの労働生産性が高くても、それが長い労働時間のためであるとすると、一時間当たりの労働生産性ではあまり高くない可能性があります。
第2図は、都道府県別の平均労働時間を見たものです、これを見ると、労働生産性の高い東京を含む首都圏等では、むしろ労働時間が相対的低いものになっていることが分かります。これは、パートタイム労働者やアルバイトといった短時間就業者が多いせいではないかと考えられます。
そうだとすれば、労働時間一時間当たり労働生産性をとっても、就業者数との間には正の相関がみられるはずです。実際、第3図を見ると、労働時間一時間当たり労働生産性と就業者数との間にも正の相関が認められます。
この場合でも、東京は、就業者の集積によって、非常に高い労働時間一時間当たり労働生産性を実現できていることが分かります。
【リモートワークは労働生産性を引下げることになるか】
そうした状況で、リモートワークが普及拡大していったら、どのような影響があるのでしょうか。リモートワークの普及拡大は、対面して仕事をする就業者数(これを「対面就業者数」と呼ぶことにします)が減少することになりますが、これは労働生産性を引き下げることになるのでしょうか。
先述のように、もし就業者の集積のメリットが知識やアイディアの交換の機会の増加にあり、それが対面でしか実現できないということであるとすれば、対面就業者の減少は労働生産性の低下を意味することになります。
しかし、昨年来のオンライン会議等の経験は、知識やアイディアの交換は必ずしも対面でなくても可能であることを教えてくれたのではないでしょうか。問題なのは、対面かオンラインかではなく、業務に実際にかかわっている就業者数(これを「実働就業者数」と呼ぶことにします)ではないかと思われます。そうしたことは、例えば相手を3次元で再現するようなヴァーチャル・リアリティ技術が発達してくればなおさらではないと思います。実働就業者数が確保できていれば、労働生産性を維持できる可能性があります。
加えて考えるべきことは、リモートにはメリットもあるということです。特にここで指摘したいのは、通勤が必要なくなるということです。通勤時間の解消、あるいは週間または月間平均通勤時間の短縮化は、むしろ労働生産性を(引下げるのではなく)引上げることになるのではないでしょうか。
その点を見たのは、第4図です。これは社会生活基本調査(2016年調査)の結果から、通勤・通学時間を見たものです。これによると、日本全体で往復で平均79分かかっていますが、特に東京を含む首都圏は100分前後の長い時間かかっていることが分かります。
仮に時間当たりの労働生産性を、労働時間だけでなく、労働時間+通勤時間で計算したみたらどうなるでしょうか。それをしてみたのが、第5図です。(ここでは、社会生活基本調査の「通勤・通学」の平均所要時間で、通勤時間の平均所要時間が近似できると仮定しています。)これを見ると、労働生産性の値は(当然のことながら)多少小さくなりますが、就業者数との正の相関は引き続き認められます。
しかし、通勤時間が長くなると、疲労を増大させ、仕事への集中や仕事の効率を低下させる可能性があります。第6図を見ると、労働時間一時間当たり労働生産性は、労働時間+通勤時間が長くなると次第に低下する傾向が見られます。
第6図が示していることは、労働時間+通勤時間を短縮できれば、労働生産性を引上げることができるかもしれないということです。これは、リモートワークの普及拡大が積極的に労働生産性を引上げる可能性を示しています。
【労働生産性の低下を回避するために】
以上の分析をまとめると、以下のようなことになります。
第1に、集積は労働生産性を引上げる効果がありそうだということです。その点は、いくつかの異なる定義に基づいて計算した労働生産性について認められました。確かに、知識やアイディアの交換は労働生産性を引上げる大きな要因になっているようです。その点は、東京の労働生産性が非常に高いものであることに端的に表れています。
第2に、知識やアイディアの交換は、必ずしも対面でしか実現できないわけではないかもしれないということです。急速な発達を見せている技術を用いれば、対面でなくても、オンラインという形でそれをすることが可能になっています。それによって、対面就業者数ではなく、実働就業者数が大事になってきているのではないか、ということです。
第3に、東京からの転出超過の動きは、通勤時間の短縮化をもたらす可能性があるということです。労働や通勤で拘束される時間が長くなれば労働生産性が低下してしまうということであれば、通勤時間の短縮をもたらすリモートワークの普及拡大は生産性を引上げる効果を持つことになります。
東京からの転出超過がもたらす労働生産性への負の効果は、以上のような要因を考慮した対応策をとることによって相殺できるのではないでしょうか。ただし、それができるか否かは、情報通信技術を駆使しながら、新しい居住地に快適な居住・勤務空間を作り出せるか否かにかかっています。もしそれに成功しなければ、すでに高齢化・人口減少によって低下してきている成長力をさらに低下させることになりかねません。それは是非とも回避したいところです。
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