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齋藤潤の経済バーズアイ (第108回)

東京への過剰集積を見直す:新型コロナ・パンデミックの教訓を活かすために

 

2021/04/01

【外的ショックが明らかにした集中・集積のリスク】

 このところ、日本経済は予期せぬ外的なショックに見舞われ続けています。2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災、そして2020年の新型コロナ・パンデミック。それぞれは「100年に1度」と考えられるショックですが、そうした性格の異なるショックが10年に1度の割合で起きているのが現実です。

 こうした外的ショックは、日本の経済や社会に様々な教訓を与えてきました。そのうち、経済面への影響に焦点を当てた時に指摘できるのが、集中や集積に伴うリスクの大きさです。

 例えば、リーマンショックの際には、日本の実質GDPの下落率は、震源地である米国のそれよりも大きいものになりましたが、それは日本経済が米国への自動車輸出に大きく依存していたからです。そのため、地域的にも自動車産業の集積が著しい東海地方の落ち込みが極めて大きなものとなりました。また、自動車産業の他産業への生産波及効果が他産業に比べて大きいので、その落ち込みは日本経済全体の大きな落ち込みをもたらすことにもなりました。

 また、東日本大震災の際には、地震や津波の影響を直接受けた東北地方のみならず、サプライチェーンでつながった他地方や外国までにも影響が及びました。例えば、被災地の工場に自動車用のマイコン供給を依存していた自動車メーカーの多くが生産をストップせざるを得ない状況に陥りました(最近でも、当該工場の火災のために同様の事態が起きています)。

 そして、新型コロナ感染症の感染拡大は、人口の集積した東京をはじめとする大都市部で著しくみられました。「三密」が感染拡大の原因とされましたが、「都市の活力の源泉であるべき多様な三密が自己増殖的な感染拡大の源として裏目に出た」のです(浜口・藤田、2020)。

 このように、過去における外的なショックは、特定産業への集中、特定地域への集積に伴うリスクの大きさを示しています。今後も、予期せぬ外的ショック(例えば、戦争や隕石・小惑星の衝突など)が起こる可能性があることを踏まえると、それに備えて、集中・集積を見直し、多様化・分散化を図ることが重要です。

【集積の利益と不利益】

 しかし、日本の現状はどうでしょうか。そうした教訓が十分に生かされているようには思えないのが実状です。

 特に、東京への集積が一層進んでいることは目につきます。東京都の人口は全人口の約11%(2019年)を占め、東京都のGDPは全国のGDPの約19%(2017年度)にまで達しています。そのこともあって、東京都を含む関東地域の最終需要に起因する他地域の生産誘発額は、関東地域以外のそれに比べて圧倒的に高いものとなっています(2005年地域間産業連関表)。

 このような東京への集積は、実は過剰になっている可能性があります。この点を、少し詳しく考えてみましょう。

 企業がある地域に集積していくのは、それによる利益があるからです。これには、集積をすることによって、①資源の賦存量の違いを活かした比較優位を発揮できること、②生産規模が大きくなることによる規模の経済が発揮できること、③公共財の供給量の違いを活かすことができることに加え、④「集積の経済」という外部経済が生じること、などが含まれます(佐藤・田淵・山本、2011を参照)。

 ここで「集積の経済」と言われるものには、特定の産業に特有な労働力や財・サービスが集まることによる「地域特化の経済」と、多様な産業が集積することによる「都市化の経済」がありますが、後者には、情報・知識・アイディアの交換可能性に伴う技術革新の促進効果も含まれます。

 他方、集積には不利益もあります。それに含まれるものとしては、①労働需給の逼迫による賃金の上昇や、②輸送需要の増加による道路の混雑の他、③オフィス・工場や住宅需要の増加に伴う地価・家賃の上昇、④住居の遠隔化がもたらす通勤の長時間化、⑤外部不経済としての騒音や環境汚染などがあります。

 企業は、こうした集積の利益と不利益とを比較した上で立地を決め、それが雇用を創造し、人口の集中を促進すると考えられます。

【東京への過剰な集積の背景】

 以上のことを前提として考えた場合、現在の東京への集積は以下のような理由で過剰になっている可能性があります。

 第1に、集積の不利益には、立地の決定主体である企業によって直接認識されないものがあるからです。従業員の賃金上昇やオフィス・工場用地の地価上昇、道路の混雑などは、生産コストに影響するので、企業は当然に考慮せざるを得ません。しかし、住宅用地の地価上昇や賃貸住宅の家賃上昇、あるいは通勤の長時間化、騒音や環境汚染などは、従業員や住民にとっては不利益であったとしても、企業にとっては必ずしもそうではありません(水野、2020)。そういう意味では、私的な費用と社会的な費用とが乖離しているのです。社会的な費用を考慮していない分だけ東京への集積は過大になっていると考えられます。

 第2に、確率的に起こる事象に伴うコストは十分に考慮されていない可能性があるからです。冒頭で触れた外的なショックは、テール・リスクと言われたり、ブラック・スワンと言われたりしますが、いずれも極めて低い確率で起こる事象ではありますが、いったん起こると甚大なコストを負担しなければならない性格のものです。しかし、こうしたものも企業によって十分考慮されているとは限りません。その証左に、自然災害や感染症拡大への対応を含め、事業継続計画(BCP)の策定が行われているのは、2020年5月時点においても、全企業のわずかに16.6%でしかありません(帝国データバンク、2020)。

 第3に、日本においては、東京が政治的な中心であると同時に経済的な中心にもなっているからです。この背景には、政府規制がまだ様々な形で残っていて、企業としても政府の近くにいた方が有利であるといった事情があると思われます。しかし、このような状況の下で、東京が何かの外的ショックで機能不全に陥れば、経済への直接的な影響だけでなく、政治的な影響が生じることで、それがさらに経済に対して広範な間接的影響を及ぼす可能性があります。

 なお、日本では政治的中心と経済的中心が一致していることが当然と思われているかもしれませんが、世界的にみると、必ずしも両者が一致している必要がないことが分かります。OECD加盟国に限っても、オーストラリア(キャンベラ対シドニー)、ドイツ(ベルリン対ミュンヘン)、イタリア(ローマ対ミラノ)、オランダ(ハーグ対アムステルダム)、米国(ワシントン対ニューヨーク)といった例が挙げられます。

 以上を踏まえると、過大な集積を修正するためには、以下のような政策対応が考えられます。

 第1に、企業の集積に伴う外部不経済を内部化するために、家賃や通勤に伴う時間コストの従業員負担を給与の一部として従業員に補償したり、公害を未然に予防するためにピグー税を課したりすること。

 第2に、予期しにくい自然災害や感染症拡大への政策的経費を予め確保しておくと同時に、同じく外部不経済を内部化するために、非常時用資金を積み立てておくための目的税を創設すること。

 第3に、政治的な中心と経済的な中心を分離するために、遷都あるいは首都機能の移転を実行すること。

【労働生産性を維持するためのリモートワーク】

 ところで、もし東京への過剰集積が修正されるとなると、これまでのように、東京への高度な集積による高い労働生産性が享受できなくなる可能性があります。このことは同時に、東京が日本経済全体の中で大きな比重を占めているだけに、日本経済の成長力を大きく削ぐことにもなります。それを回避する術はないのでしょうか。

 対応策として一つ考えられるのは、コロナ下で急速に普及しつつあるリモートワークを積極的に活用することです。リモートワークはオフィスワークでしかできなかった業務をオフィスに行かずにできるようになるので、東京への通勤を必要としなくなり、実質的に生産性を落とさずに分散化の後押しをすることを可能にします。このようなことを念頭に、“Distance is dead”と表現する論者もいます(Cairncross, 2002)。

 しかし、多くの経済地理学者や空間経済学者は、リモートワークがオフィスワークを完全に代替するとは考えていません(Storper and Venables, 2002)。それが可能になるのは、指示の伝達や結果の報告などの単純な情報の流通、あるいは形式知の共有といった場合に限るとしています。それに対して、イノベーションの契機となるような情報、知識、アイディアの交換や、言葉では表現できない暗黙知の共有にとっては、文脈の理解や対話が重要で、それには相互理解や信頼の醸成が必要となるため、対面(Face to face; F2F)で直接人と人が接触することが不可欠となると指摘しています。その点を、オンラインでは「conversationはできても、handshakeはできない」と表現する論者もいます(Leamer and Storper, 2001)。そういう意味では、より厳密には、対面(これはオンラインでもできます)が大事なのではなく、物理的な接触が重要ということになるでしょうか(日本では、握手をせずにお辞儀をしますが、その代わり、膝を突き合わせて本音と語ることが重要とされています)。

 そう考えると完全に代替することは難しいかもしれませんが、これまでのオフィスワークでリモートワークを代替できる領域は相当程度あると思われます。ヴァーチャル技術が発達してオンライン会議が3D化されたり、AIを活用することで暗黙知を形式知化したりすることができるようになれば、ますますそうした領域は拡大していくことになるでしょう。その限りでは、物理的な分散化が進んでも、実質的な集積は維持することが可能であるということになります。そのためにも、リモートワークを促進することが重要になってきます。

【過去の経験を前向きに生かす】

 東日本大震災の記憶の風化が危惧されています。同様に、今回の新型コロナ・パンデミックも、いったん終息すれば、その記憶は一過性のものになってしまうのでしょうか。しかし、悲惨な経験を少しでも前向きに活かすためには、その教訓を十分に汲み取って、将来のリスクへの備えに役立たせる必要があります。それには様々なものがあり得ますが、東京の過剰集積の見直しは、その重要な一環だと思います。


(参考文献)
・佐藤泰裕・田淵隆俊・山本和博(2011)『空間経済学』、有斐閣。
・帝国データバンク(2020)『事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査』5月調査。
・浜口伸明・藤田昌久(2020)「【経済教室】都市の強みの3密変革促す」『日本経済新聞』7月8日付朝刊。
・水野真彦(2020)「企業はなぜ東京に集中するのか」『日本労働研究雑誌』、No.718, 29-39。
・Cairncross, Frances (2002) “The death of distance,” RSA Journal, Vol. 149, No. 5502, 40-42, pp. 40-42.
・Leamer, Edward E., and Michael Storper (2001) “The Economic Geography of the Internet Age,” Journal of International Business Studies, Vol. 32, No.4, pp. 641-665.
・Storper, Michael, and Anthony J. Venables (2004) “Buzz: face-to-face contact and the urban economy,” Journal of Economic Geography, Vol. 4, Issue 4, pp. 357-370.


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