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齋藤潤の経済バーズアイ (第109回)

コロナ下における女性の正規雇用増加

 

2021/05/06

【コロナ下の雇用調整】

 新型コロナ感染症の感染拡大(以下、「コロナ」と表す。)とそれへの政策対応によって日本の景気は、2020年春以降、急速な悪化を示しました。その影響はもちろん雇用にも及んでいます。コロナ下の雇用調整の特徴については、既にコラムでも触れたとおりです(コロナ下における日本の雇用調整 (2020.7.1))。失業率は上昇しましたが、その程度は、米国のように同じような実質GDPの減少を経験した国に比べると極めて限られていました。その背景には、終身雇用制の下で、企業は、過剰雇用を休業者として保蔵することに努め、政府もそれを雇用調整助成金で支えたことにありました。

 ところで、失業率が上昇した背景には、雇用者の減少がありました。特に顕著なのは非正規雇用の減少です。男女合わせた雇用者数の動向を示した図表1を見ても分かるように、2020年1月以降、前年同期比でマイナス基調に転じており、7月にはマイナス幅のピークを迎えています。また、正規雇用も、わずかな増加にとどまっています。

 同じような動向は、男性の雇用者数の動向でも確認できます。図表2が示すように、非正規雇用は大幅なマイナス基調となっています。正規雇用も、プラスとマイナスが交錯しながら、ほぼ横ばいとなっています。

【増加する女性の正規雇用】

 しかし、女性の場合には少し傾向が異なっています。図表3が示すように、非正規雇用が減少していることは男性と同じですが、正規雇用を見ると、一貫してかなりのプラス基調を維持していることが見て取れます。むしろ、正規雇用のプラス幅はコロナ以前より拡大しているようにさえ見えます。

 このような女性の正規雇用の増加は、正規雇用を巡る情勢から考えると不思議に思えます。図表4のように、正社員に対する有効求人倍率が低下してきて、2020年4月以降、1を大きく下回るようになってきているからです。

 コロナ下の景気悪化の中で、女性の正規雇用が増加基調を続けているのはなぜでしょうか。その点を探るために、女性の雇用動向を産業別に見ると、図表5のようになります。これを見ると、「宿泊業、飲食サービス業」、「複合サービス業」を除く産業で正規雇用が増加していること、特に増加幅が大きいのは「医療、福祉」、「卸売業、小売業」であること、が分かります。また、「医療、福祉」、「公務」では、正規だけでなく、非正規雇用も増加していることが目を引きます。

【女性の正規雇用増加の背景】

 こうした女性の正規雇用の増加の背景には、いくつかの要因が考えられます。

 一つは、コロナ下で、当該産業に対する需要が増加し、人手不足となったために正規雇用を増加させたというものです(循環的雇用増)。

 その点を検証するために、産業別に、正規雇用の増加と所定外労働時間の変化の間の相関をとってみたのが、図表6です。これを見ると、残業時間が増加するほど需要が増加したために、正規雇用を増加させたと考えられるのは「金融業、保険業」と「電気・ガス・熱供給・水道業」になります。逆に残業時間が減少するほど需要が減少し、正規雇用を減少させたのは「宿泊業、飲食サービス業」と「複合サービス事業」に限られることが分かります。これ以外の多くの産業では、需要が減少しているにもかかわらず正規雇用を増加させていることになります。

 第2の要因として考えられるのは、正規雇用を増加させた多くの産業ではもともと正規雇用が不足しており、コロナ下で、引き続きその不足を補おうとしたということです(構造的雇用増)。

 その点を図表7で確認しましょう。これは有効求人倍率が1.5を上回っている職業をみたものです。これを見ると、「医療、福祉」の関係を中心に正規雇用を増加させている産業に関連した職業が多く含まれていることが分かります。

【女性の雇用機会拡大が示していること】

 以上のように、「医療、福祉」の関係を中心に、慢性的に人手不足になっていることが、コロナ下でも女性の正規雇用が増加していることの背景にあると考えられるわけですが、こうした産業は、図表8が示すように、特に女性の比率が高い産業でもあります。こうした産業が慢性的に人手不足状態に置かれていることは、女性の雇用機会が制約されていることを意味します。医療、介護、教育などの分野は国家試験に関わる資格の取得を条件にしているものが多いことを考えると、女性の雇用機会を拡大するためには、こうした国家試験のあり方について考える必要もあるように思います。

 さらに言うと、こうした女性雇用比率の高い産業の日本経済におけるシェアがそもそも日本では小さいことも認識しておく必要があります。サービス経済化が叫ばれて久しいわけですが、実は、日本のサービス化はOECD諸国の中でも遅れています。図表9で分かる通り、特に女性の比率が高いと考えられる「公務、国防、教育、医療、社会福祉」がGDPに占める比率は、OECD諸国の中では下位に位置し、G7諸国の中では最低です。これは「製造業」のGDP比率では上位にあり、G7では一番高いことの裏返しとなっています。

 経済成長論では、資本投入の増加は、男性労働と代替的で、女性労働と補完的だと考えることがあります(Galor and Weil, 1996)。ということは、先進国のように、資本投入が増加を続け、経済発展が進展した国では、女性労働が大きな割合を占めているのが当然だということになります。もし、それとは逆に、女性労働が十分に拡大をしていないとすれば、それは資本投入が十分に進んでいないことを意味していると考えられます。女性雇用の現状を評価する際には、こうした経済発展やそれに伴う産業構造のあり方も考える必要があると思います。