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齋藤潤の経済バーズアイ (第116回)

アベノミクス下で不平等度はどのように縮小したのか

 

2021/12/02

【アベノミクス下において再分配後の不平等度は縮小】

 アベノミクスが進められていた時期、不平等度が拡大するのではないかという懸念が多く示されていました。アベノミクスは新自由主義的であり、そうであればアメリカのように不平等度は拡大するはずだというのがその論拠であったように思います。

 しかし、実際には、アベノミクス下で、不平等度は縮小したようです。以下では、そのことを、厚生労働省が実施している「所得再分配調査」の2011年と2017年の結果を比べることによって、確認してみたいと思います。この統計では、世帯員の等価当初所得、等価可処分所得(等価当初所得に社会保障による現金給付額を加え、税金および社会保険料を控除したもの)、等価再分配所得(等価可処分所得に現物給付を加えたもの)のそれぞれについて、ジニ係数が算出されています。加えて、年齢階級別に、所得再分配の内訳も示されています。こうしたデータを利用することで、再分配がどのような作用をもたらしたのかも、見てみたいと思います。なお、ここで言う「等価」所得とは、世帯員別の所得を得るために、世帯全体の所得を世帯員数の平方根で除したものを指しています。

 まずは、各所得ごとのジニ係数の推移を見てみましょう。第1図は、2005年から2017年にかけて実施された調査(3年ごとに実施、ただし2020年は中止)ごとの等価市場所得、等価可処分所得、等価再分配所得別のジニ係数とその変化を示しています。

 これを見ると、等価当初所得のジニ係数はアベノミクス直前の2011年からアベノミクス直後の2014年にかけて上昇し、その後2014年から2017年にかけて低下したが、2017年の水準は2011年の水準にまでは戻っていないことが分かります。2011年と2017年を比べる限り、等価当初所得ではアベノミクス下で不平等度は拡大したことになります。

 しかし、等価可処分所得と等価再分配所得のジニ係数を見ると、いずれにおいても2011年から2017年にかけて、継続的に低下していることが分かります。これは、等価当初所得の動向と異なりますが、その違いは、社会保障と税による再分配によってもたらさていることになります。

【特定の年齢階級では不平等度は拡大】

 それでは、年齢階級別にみるとどうなっているでしょうか。第2図は、年齢階級別のジニ係数が、2011年から2017年にかけてどのように変化したかを見たものです。

 これを見ると、等価当初所得のジニ係数は、10-14歳、15-19歳、40-44歳、45-49歳、55-59歳、75歳以上で上昇していることが分かります。また、再分配が十分ではなかったために、等価可処分所得ないし等価再分配所得のジニ係数においても、10-14歳、15-19歳、25-29歳、40-44歳、55-59歳で上昇しています。特に25-29歳と55-59歳では、再分配がむしろ不平等度を拡大している結果となっていることが注目されます。

【年齢階級によっては再分配が不平等度を拡大】

 そこで、年齢階級別の再分配の状況を見てみましょう。第3図は、年齢階級別に社会保障と税の作用を見たものです。具体的には、2011年から2017年にかけて、社会保障(負担と給付を合わせたもの)と税のそれぞれが、等価当初所得のジニ係数をどの程度引下げて等価再分配所得のジニ係数をもたらしたかを示しています。ここで負の値をとっていれば、社会保障と税がジニ係数を引下げていること、正の値をとっていれば、逆に社会保障と税がジニ係数を引上げていることを表しています。

 これを見ると、10-14歳、15-19歳、70-74歳では社会保障と税の双方が不平等度を拡大する方向で作用したことが分かります。また、5-9歳、25-29歳、30-34歳、55-59歳、65-69歳では税が不平等度を縮小する方向に作用したものの、社会保障がそれ以上に拡大の方向に作用したことが分かります。逆に40-44歳では、社会保障が縮小の方向に影響したものの、それ以上に税が拡大の方向に作用しています。

 つまり、第3図を見る限り、再分配は、年齢階級によっては、不平等度を縮小するという本来の役割とは逆の結果をもたらしてしまっている可能性があるようなのです。

【一人親世帯の状況】

 近年、不平等度の拡大の要因として挙げられるものがいくつかあります。その一つは、一人親世帯です。そこで、第4図で一人親世帯の状況について見てみましょう。なお、ここでは世帯類型で見ているので、等価所得ではなく、世帯所得全体のジニ係数を見ています。

 これを見ると、2011年から2017年の間に、当初所得と再分配所得の双方でジニ係数が低下していることが分かります。ただし、低下幅は、再分配所得の方が小さくなっていることに注意が必要です(等価当初所得のジニ係数の低下率は3.1%であるのに対して、当初再分配所得の場合には、ジニ係数の低下率は2.4%)。

 第4図は、同時に、2011年時点では当初所得より再分配所得の方が多かったのに対して、2017年時点では、逆に当初所得より再分配所得の方が小さくなっていることも示しています。このことは、社会保障と税による再分配の作用がこの間に逆転しており、2017年には所得を減らす方向で再分配が行われてることを意味しています。

 つまり、一人親世帯の場合には、不平等度の低下はもっぱら当初所得における不平等度の低下によってもたらされており、再分配は、むしろ所得を減らす方向で作用し、その中で不平等度の低下の一部が減殺されているようなのです。

【非正規労働者増加の影響】

 近年の不平等度の拡大の要因としてもう一つ考えられているのが、非正規労働者の増加です。非正規労働者は、正規労働者に比べて賃金水準が低いので、非正規労働者の増加は、不平等度の拡大につながる可能性が考えられるからです。

 ここで考慮しなければならないのは、アベノミクスの下で、次第に人手不足が顕著になっていたということです。特に、非正規労働者に対する需要が強かったため、非正規労働者の賃金上昇は相対的に高いものになりました。他方、正規労働者については、賃金体系の見直しが行われ、賃金プロファイルのフラット化が見られていたことから、賃金上昇は限定的なものとなっていました。そうであれば、非正規労働者が増加したとしても、必ずしも正規と非正規の労働者の間の不平等度が拡大するとは限らないことになります。

 この点を、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によって確認してみましょう。第5図は、2011年から2017年までの間の正規労働者と非正規労働者の人数と賃金の変化、そしてそれを基に計算した正規と非正規労働者の加重賃金比率を見たものです。

 これを見ると、確かに労働者数では、非正規が正規を上回る伸びを示しています。また、賃金でも、非正規の方が正規よりも高い上昇率を示しています。このため、労働者数で加重した正規と非正規の賃金比率は、上昇を示していることが分かります。これは、正規と非正規の間の不平等度が縮小している可能性を示しています。第2図では、20-64歳の等価当初所得の不平等度が(ただし、25-29歳、40~44歳、45-49歳、55-59歳を除き)2011年から2017年にかけて縮小していましたが、これには、こうした正規と非正規の間の不平等度の縮小傾向も反映しているものと考えられます。

 なお、等価当初所得に見られる不平等度の縮小傾向の例外である40-44歳における不平等度の拡大については、世代効果が影響している可能性が指摘できます。この年齢階級に属している労働者には、1990年代末から2000年代初めにかけて労働市場に参入した人たちが含まれます。この時期は、バブル崩壊を受けて新卒採用が絞られた就職氷河期の時期に当たります。この時期の新規学卒者の多くは不本意ながら中小企業に就職したり、非正規雇用に甘んじたりしなければなりませんでした。しかも、企業間の流動性は極めて低いので、いったん就職すると、希望する就職先に再挑戦することはままなりません。このような、この世代に特有な不平等が、この年齢階級のジニ係数に影響をしている可能性があります。

【再分配のあり方を見直す必要】

 以上、見てきたように、全体としてみた場合、アベノミクス下で、等価当初所得では不平等度の拡大が見られましたが、再分配の結果、等価可処分所得や等価再分配所得では不平等度の縮小が見られたようです。

 しかし、年齢階級別にみると、特定の年齢階級においては、等価可処分所得や等価再分配所得でみても不平等度が拡大しており、社会保障や税による再分配機能が本来の役割を果たしていないことが分かります。特に、一人親世帯においては、再分配がむしろ不平等度の縮小を一部減殺している可能性が示されていました。

 他方、非正規労働者の増加について見てみると、これが不平等度を拡大する要因になったとは言えないようです。なぜなら、アベノミクス下の景気拡張によって労働需要の増加が見られましたが、それは非正規労働者に対する需要の増加が中心で、これが正規に比べて非正規の賃金上昇をもたらしたからです。ただし、景気が反転し易いことは、2018年末から景気後退が始まったことでも分かります。したがって、正規と非正規の間の不平等度の縮小は一時的なものであると考えておく必要があります。労働市場の二重性の問題が解消されたわけではありません。

 不平等度の観点から見ると、等価当初所得において不平等度の拡大が見られていることは注意を要します。これ以上の拡大を抑制することができないのかについて検討する必要があります。加えて、特定の年齢階級や世帯類型においては、再分配によってむしろ不平等度が拡大している、あるいは不平等度の縮小が減殺されている可能性があることも、大きな政策課題です。再分配のあり方を詳細に見直す必要があります。

 現在、「新しい資本主義」のあり方を考えることが政策課題に上っていますが、そこでは、こうしたことも併せて検討されることが必要なのではないかと思います。