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齋藤潤の経済バーズアイ (第118回)

家計貯蓄率はなぜ上昇しているのか

 

2022/02/01

【2020年度確報における家計貯蓄率の動向】

 昨年の12月24日に内閣府の経済社会総合研究所は、国民経済計算の2020年度確報を公表しました。そこには、様々な興味深いデータが含まれていますが、その中でも注目していた一つが、家計貯蓄率です。

 家計貯蓄率は、1970年代以降、長期にわたって低下傾向を示してきていました。しかし、それが近年、反転の動きを示していました。2020年度はどのような動きを示すのか、反転傾向に変化はないのか、ということに関心がありました。

 公表された家計貯蓄率を図にしたのが第1図です。これを見ると、それまで低下傾向を示していたのが、2013年度、2014年度とマイナスとなった後、上昇傾向に転じていることが分かります。しかも、2020年度は、前年度の3.7%から13.1%への急上昇となっています。

【2020年度における急上昇の理由】

 このうち、2020年度における9パーセントポイントを超える上昇は、2020年度に政府が給付した特別定額給付金の影響であると考えられます。家計の所得支出勘定の内訳を見ると、前年度に比べて2020年度には、「その他の経常移転」の受取のうち、「他に分類されない経常移転」が15.4兆円増加し、それを受けて可処分所得も12.4兆円増加しています。

 それだけではありません。2020年度は、家計の最終消費支出が逆に18.4兆円も減少したのです。その結果、家計の貯蓄は、30.7兆円もの大幅な増加を示すことになりました。

 つまり、2020年度における家計貯蓄率の大幅な上昇は、多額の特別定額給付金が給付された一方で、コロナやそれに対する政策対応(特に緊急事態宣言の発出)の影響もあって家計消費が大幅に減少したという二つの要因が重なった結果であると考えられるのです。(なお、このことは、特別定額給付金が全く家計消費に回らなかったことを意味しているわけではないことには注意をする必要があります。給付がなければ、家計消費はもっと落ち込んでいたかもしれないからです。この点は、今後の実証分析が待たれます。)

 以上のような点は、家計可処分所得・家計貯蓄率四半期別速報を見ても確認できます。第2図が示しているように、家計貯蓄率は、2020年第2四半期に急上昇した後、低下はしていますが、依然として相対的に高水準を維持しています。こうした動きは、特別定額給付金の給付と同時に、家計消費が低迷していることを反映していると考えられます。直近のデータである2021年第3四半期の実質家計最終消費支出額を見ても、コロナによる大幅な落込みの直前の水準である2020年第1四半期のそれを依然として4.3%下回っています。

【近年における家計貯蓄率の上昇傾向の背景】

 それでは、2010年代半ばから見られる家計貯蓄率の上昇傾向はどのような理由によるものでしょうか。

(高齢化の影響)
 本来は、日本における家計貯蓄率は、それまで見られてきたように、低下傾向を示していても不思議ではありません。なぜかというと、日本では、高齢化が進行しているからです。高齢者世帯が増加すると、高齢者世帯はそもそもマイナスの貯蓄をする世帯であると考えられるので、マクロで見た家計貯蓄率を押し下げる要因として寄与するはずだからです。

 実際、日本の高齢者世帯の貯蓄率はマイナスとなっています。例えば、第3図で、家計調査における平均消費性向(100-家計貯蓄率)を見ると、若年勤労世帯は100未満であるのに対して、高齢無職世帯は100を上回っています。(ただし、家計調査の平均消費性向と国民経済計算のそれとでは若干定義が異なることには注意をする必要があります。)

 しかも、高齢者世帯の世帯数は、増加傾向にあります。第4図で見ても、全世帯に占める高齢者世帯(単独世帯と夫婦のみの世帯を合わせた世帯)の割合は、着実に上昇しています。

 このように高齢化が進展すれば、それによって家計貯蓄率には低下圧力が働いているはずです。にもかかわらず、どうして最近は、それが反転して上昇傾向にあるのでしょうか。それには、いくつかの理由が考えられます。

(消費税率引上げの影響)
 第1に考えられるのは、消費税率引上げの影響です。

 消費税率の5%から8%への引上げは2014年4月に行われましたが、その直前には駆け込み需要の盛り上がりが見られ、平均消費性向の大幅な上昇、貯蓄率の大幅な低下が見られました。このことは、それまでの貯蓄率の低下傾向を見かけ上大きくしますが、当然、その後は反動が見られるために、今度は逆に貯蓄率は上昇を示すことになります。そのことは第2図でも確認できます。

 しかし、消費税率の引上げの影響が一巡したはずの2015年においても、貯蓄率のマイナス傾向は続いていました。四半期別にみると、低下傾向の反転は2016年以降の現象にように見えます。

 このことは、第5図でも確認できます。これは家計調査における二人以上世帯の平均消費性向の動きを見たものです。

 これを見ると、平均消費性向の低下傾向(貯蓄率の上昇傾向)が、2016年頃より始まっていることが分かります。

(変動所得の比重増加の影響)
 こうしたことを踏まえると、第2に考えられるのは、可処分所得の内容の変化です。特に、家計の可処分所得の太宗をなす賃金の構成要素の変化です。

 賃金は、アベノミクス以降、それまでに比較して比較的高い伸びを示してきました。その中身を見てみると、所定内給与も伸びていましたが、それ以外の所定外給与や特別給与も伸びており、むしろ伸びは後者の方が高かったようです。それは、現金給与総額の伸びと、所定内給与の伸びを比較した第6図でも分かります。

 所定内給与は基本的に基本給なので、ライフサイクル・恒常所得仮説で言う恒常所得に相当するものと考えられます。そうであれば、賃金上昇が所定内給与の引上げ(いわゆるベースアップ)によってもたらされれば、かなりの部分は消費の増加となって表れてくるはずです(平均消費性向はそれだけ高まる)。これに対して、所定外給与は残業手当であり、特別給与はボーナスであるので、一時的な変動所得に相当します。したがって、賃金上昇がこれらの上昇によってもたらされた場合には、消費の増加に充てられる割合は低くなる(平均消費性向はそれだけ低下する)と考えられます。

 したがって、第6図が示しているように、所定内給与以外の寄与が大きい賃金上昇は、平均消費性向を低下させ、逆に家計貯蓄率を引上げることになったと考えられるのです。

(財政や社会保障の先行き懸念)
 第3に考えられることは、財政や社会保障の先行きに対する不安が出てきたことです。先行きにそのような不確実性が高まると、予備的な貯蓄をする動機が強まります。

 確かにこの時期を振り返ってみると、財政面では、先述の通り2014年4月に消費税率が8%に引上げられました。また、10%への引上げも、2度の延期を経て、2019年10月に行われました。他方、社会保障面でも、2013年10月から2015年4月にかけて年金の特例水準の解消が行われた他、2015年度、2019年度、2020年度、2021年度とマクロ経済スライドが発動され、年金額はその分だけ引下げられました。こうしたことは、財政や社会保障の先行き懸念を高めることになった可能性があります。

【家計貯蓄率の動向が持つ意味】

 家計貯蓄率がこの先どのような動きをするかによって、様々な影響が考えられます。

 まず、家計貯蓄率が低下し、国内貯蓄が減少すると、国内投資が制約をされる可能性があります。もちろん、家計貯蓄に代わって企業貯蓄が増加するかもしれません。これまではそうした関係は見られました。しかし、こうした代替関係が将来も続くとは限りません。そうなると、国内投資が減少することで日本の潜在成長率がさらに引き下げられることが考えられます。

 また、国内貯蓄が減少しても、国内投資を海外貯蓄が支えることになる可能性も考えられます。しかし、この場合は、制度部門別の貯蓄投資バランスから言うと、海外部門が貯蓄超過(純貸出)になることを意味し、経常収支は赤字になることになります。こうした結果、増加する海外からの投資は、日本の財政事情に厳しい目を向け、長期金利に対する上昇圧力を高めることになることも考えられます。

 こうした可能性があることを考えると、家計貯蓄率の動向には十分に注意をする必要があるように思います。