一覧へ戻る
齋藤潤の経済バーズアイ (第120回)

GVCにおける日本の地位低下をどう考えるか

 

2022/04/04

【グローバル化の担い手としてのGVC】

 現在進行しているグローバリゼーションにおいて、グローバル・バリュー・チェーンは、重要な役割を果たしています。

 グローバル・バリュー・チェーン(以下では、GVC)とは、財・サービスの生産過程がいくつかのプロセスに分割され、それらが複数の国にまたがって分担される状態のことを言います。同じような意味を持つ用語としては(複数国にまたがる)サプライ・チェーンというのがありますが、GVCという場合には、分割された各プロセスで付加価値が加えられていくことから、その付加価値が付加されていく流れに注目しているところに違いがあります。

【アジアのGVCに貢献した日本の直接投資】

 アジアにおけるGVCの形成にあたっては、1980年代半ば以降の日本のアジア向け直接投資が大きな役割を果たしてきました。

 それまでにも日本は直接投資を行ってきましたが、農産物や天然資源を確保するためのものや貿易障壁を乗り越えるための現地生産のためのものが主で、投資対象も北米や中南米が高い比重を占めていました。また、アジア向けも1970年代までは多かったのですが、比較優位を失った産業からのものが主体でした。

 しかし、1985年9月のプラザ合意以降の急激な円高によって、それまで比較優位のあった加工組立型産業の価格競争力が低下するとともに、アジアに生産拠点を移すための直接投資が増加してきました。現地の低い生産コストを利用して生産し、そこから第三国に輸出したり、あるいは日本に逆輸入したりすることで、価格競争力の低下に対応しようとしたわけです。

 もちろん、これだけだと日本からの輸出が代替され、日本への逆輸入が増加することになるので、日本の「産業空洞化」が懸念される事態になってしまいます。しかし、日本は、アジアに設立した現地法人が生産をするにあたって必要な中間財を供給することによって、輸出を増加させることもできました。この点では、アジアの現地生産と日本の国内生産との間には補完的な関係があるとも言えます。

 このようにして、最終製品が完成するまでにいくつかの国境を越えて加工が加えられていき、付加価値が付加されていくGVCが形成されていったわけです。アジアに展開する製造業関係の日本の現地法人を見ると、第1図を見ても分かるように、日本からの調達に多くを依存しながら、日本や外国に販売をしています。(なお、北米や欧州にある現地法人は違う特徴を有しています。詳しくは、Saito, Jun, “Japan’s Foreign Direct Investment and Global Value Chains” (forthcoming) を参照して下さい。)

【近年見られるGVCにおける日本の地位低下】

 このようなGVCに関わることで、日本は安価な輸入原材料や部品を確保し、それも用いながら中間財や最終製品の加工組立・輸出をし、国内において付加価値を生産してきました。しかし、近年、GVCにおける日本の地位が低下しており、それが国内での付加価値生産にも影響しているような現象が見られます。

 第2図は、付加価値貿易に関するデータを使って、日本の輸出(以下ではサービスも含む)に含まれている付加価値を、それが日本国内で生産されたものか、それとも外国で生産されたものかを見たものです。(ここではOECDによって2021年に改訂された最新データを使っています。本コラムでは、それ以前のデータを使ってグローバル・バリュー・チェーンについて論じたことがあります。それについては、「グローバルバリューチェーンの再編と日本経済」(2019/07/22)を参照して下さい。)

 これを見ると、日本の輸出に含まれる日本国内で生産された付加価値は80%以上を占めてはいますが、それが徐々に低下してきていることが分かります。このことは、日本の輸出には外国で生産された輸入品が多く使われるようになり、そのことを通じて(日本から輸出された中間財が使われていてもなお)外国で生産された付加価値がより多く含まれるようになっていることを示しています。

 それでは、日本に代わってどこの国で生産された付加価値が多くなっているのでしょうか。第3図を見ると、中国で生産された付加価値の伸びが非常に高いことが分かります。

 このことは、中国をはじめとする新興国や発展途上国の経済発展に伴って、当該国製品の競争力が強化され、次第に日本製品に置換わりつつあることを示しています。

 実際、そうしたことは、現地法人の調達行動にも表れています。日本の現地法人は、従来であれば日本からの中間財供給で生産を行っていたところであっても、次第に現地を始めとする外国で生産された製品を仕入れるようになってきています。第4図にあるように、輸送機械産業(アジア現地法人の仕入高合計の48.8%を占める)を筆頭に、多くの産業において日本からの調達比率が引下げられています。

【生産による所得の創造から、投資による所得の受取りへ】

 このようなGVCにおける日本の地位低下をどのように考えれば良いのでしょうか。日本の競争力が低下していき、内需が弱いだけでなく、輸出さえも経済成長に貢献できないような国へと没落していくのでしょうか。

 必ずしも、そうとは言いきれません。確かに日本は、輸出を通じて国内で付加価値を生産することで所得を得ることが次第にできなくなっています。しかし、それに代わって、外国で生産された付加価値の分配を受けるという形で所得を得るようになってきているのです。それが、日本が外国から(正確には外国にある現地法人から)受取っている「直接投資収益」です。

 冒頭でも述べた通り、アジアのGVCが築かれた当初は日本からの直接投資が大きな役割を果たしました。その後も日本からの直接投資は続き、多くの現地法人が外国で活動をしており、現地の経済発展の波に乗って、利益を上げています。先に見たような、日本からの調達を現地企業等からの調達に切換えるといった行動も、収益にとってはプラスになっているはずです。しかし、そうであればあるほど、現地法人に対する持ち分に応じて、日本企業は直接投資収益を受け取ることができるようになっているはずです。

 実際、第5図を見ると、日本の直接投資収益の受取は基調的に増加を続けています。特にアジアからの受取は多く、全体の約4割を占めています。

 そこで、こうした関係を確認するために、第6図では、日本の輸出に占める当該国の付加価値の増加分と、日本がその国から受け取っている直接投資収益の増加分との関係を見ています。これを見ると、日本国内で生産された付加価値を置換えている程度が大きければ大きいほど、その国から受け取っている直接投資も多くなる傾向があることが分かります。

 つまり、日本は、直接生産に携わることで付加価値を生産して所得を得るのではなく、外国の生産に投資をして、その投資のリターンとして所得を得るようになってきていると言えるのです。

 このことは、日本が、国際収支の発展段階説で言うと、次第に「成熟した債権国」になりつつあることを示しているように思います。高齢化・人口減少が進む中にあって、世界最大の対外純資産を有している国の姿としては、ある意味では当然の帰結かもしれません。

 また、同時に、経済動向を考えるうえでは、次第に国内総生産(GDP)よりも、海外からの所得の純受取を含む国民総所得(GNI)が重要になってきていることを示しているとも言えます。

【企業の所得受取が家計の所得増加になるために】

 最後に、国内での生産による所得の創造から、外国への投資による所得の受取へと次第に比重が移ってきているということに伴う課題について指摘しておきたいと思います。それは、外国から受取った所得の循環についてです。

 国内での生産の場合には、その果実は家計も賃金の形で受け取ることができます。しかし、直接投資収益の場合には、受取り手はまず企業であるということになります。

 もちろん、受取り手が企業であっても、家計が株式所有者となっていれば、キャピタルゲインや配当所得という形で、その恩恵を受けることができます。アメリカではそのような循環が成立しているように見えます。

 しかし、日本の家計の場合は、株式を直接的にも、あるいは(投資信託を通じて)間接的にも、わずかしか所有していません(2021年12月末時点で全金融資産の15.2%)。したがって、直接投資収益が増加しても、家計にはなかなか恩恵が及ばない構造になっているのです。

 企業の海外からの所得受取を家計の所得増加につなげるようなチャネルをどのように拓いていくのか。これが今後の課題であると思います。

(本コラムは、お陰様で今月をもって連載11年目に入りました。これからも、経済の動向や経済政策のあり方を、広く大きく鳥瞰するような視点で考えて行きたいと思っています。引き続き宜しくお願いを致します。)