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齋藤潤の経済バーズアイ (第123回)

日本における物価上昇の特徴と政策対応のあり方

 

2022/07/01

【物価は上昇しているがその上昇率は外国に比べて低い】

 2021年初頭から世界各国で消費者物価指数(CPI)の上昇率が加速をしています。特に著しいのはアメリカで、そこでは中央銀行である連邦準備制度理事会が量的緩和を終了し、利上げを開始さえしています。日本でも、CPI(総合)は2022年4月、5月と前年同月比で2.5%の上昇を記録していますが、この上昇率は、消費税率引き上げの影響が見られた時期を除くと、1991年12月以来の高さとなっています。

 しかし、日本のCPI上昇率は、アメリカはもちろんのこと、その他の国々よりも低いものに止まっています。第1図で示されているように、実はOECD加盟国の中では、日本のCPI上昇率は最も低いものとなっているのです。

【物価上昇の背景にあるのは一次産品価格の上昇と円安】

 日本における物価上昇の背景には、一つには、諸外国と同様、新型コロナ感染症の感染拡大に伴って落ち込んだ世界経済の回復に伴う、一次産品価格の上昇があります。しかし、日本の場合には、それに加えて、2022年3月以降に見られている円安の影響が加わっています。諸外国で利上げが広がっているのに対して、日本では引き続き金融緩和基調が続くと見込まれているため、金利差から円が売られていると考えられます。

 円安の影響は、輸入物価指数の動向を示している第2図で見て取ることができます。それによると、2022年5月における輸入物価指数は前年同月比で43.3%の上昇を示しましたが、その6割程度が契約通貨ベースの輸入物価の上昇(ここに一次産品価格の上昇が反映)によるもので、残り4割程度が契約通貨ベースの輸入物価に対する円ベースの輸入物価の上昇(ここに円安の影響が反映)によるものとなっています。

【品目によって異なる価格上昇の程度】

 一次産品価格や円安は、消費者物価指数に含まれる品目の一部に大きな影響を及ぼしています。第3図でもわかるように、最も大きな影響を受けたのは、「電気、都市ガス、水道」(前年同月比15.9%上昇)、「石油製品」(同13.9%上昇)、「生鮮商品」(同8.7%上昇)に含まれる品目となっています。

 「電気、都市ガス、水道」に含まれる料金には、「燃料費調整制度」によって、原油や天然ガスの円ベースでの価格上昇が自動的に一般家庭に適用される料金に反映される電気料金が含まれています。この結果、例えば電気料金の水準は、最近5年間では一番高い水準にまで上昇しています。

 また、「石油製品」にはガソリン、プロパン・ガス、灯油が含まれています。そのうちガソリンは、本年6月には1リットル当たり175円程度にまで上昇しており、2008年以来の水準になっています。しかし、注意すべきことは、これでも本来あるべき水準よりは低くなっていることです。なぜなら、現在、政府は、燃料油価格激変緩和補助金を導入し、石油製品価格を低く抑えるように元売り会社に補助金を支給しているからです。現在、レギュラー・ガソリンは1リットル175円程度ですが、補助金がなければ、215円程度になっていたであろうと考えられます。

 さらに「生鮮商品」についても、輸入への依存には顕著なものがあります。例えば、牛肉の場合、国内消費の65%を輸入品が占めていますし、豚肉の場合には51%、鶏肉の場合にも36%が輸入によって賄われています。加えて、家畜の飼料も75%は輸入品となっています(以上、2019年度のデータ)。こうしたことは、生鮮商品に含まれる品目の価格が輸入物価によって大きく影響されることを意味しています。

【上記以外の品目の価格上昇は限定的】

 以上の品目に比して、それ以外の品目の価格上昇は小幅に止まっていたり、価格が下落していたりするものもあります(第3図)。その背景には、回復力の弱さのために依然として大幅な需給ギャップ(GDPギャップ)が残されているということがあると考えられます。実際、第4図が示しているように、日本経済には、今なお、潜在GDPの3.6%に相当するGDPギャップが存在していると試算されています。これは、価格に対して下押し圧力をもたらし、仕入れ価格が上昇しても販売価格に転嫁しにくい状況をもたらしていると考えられます。このため、輸入品に依存する産業を中心に、輸入コストの上昇が生産者の利益を圧縮することになっていると考えられます。

 このことから、現在の物価上昇はいわゆる「インフレ」とは違うということも確認できます。「インフレ」(正しくはインフレーション)は、「持続的な物価上昇」と定義されますが、物価上昇が持続的であると認定されるためには、総需要の増加が物価に対して上昇圧力を加えていること(ディマンド・プル)、あるいは強い賃金上昇圧力が存在すること(コスト・アップ)が必要ですが、現状ではいずれも存在していないからです。

【基礎的支出関連の価格上昇は選択的支出関連のそれを上回る】

 こうした品目による価格上昇の違いは、人々の日常生活に異なる影響をもたらします。既に見たように、価格上昇が顕著な品目は、電気、都市ガス、水道、ガソリン、プロパン・ガス、食料品などの生活必需品であるのに対して、価格上昇が限定的な品目は、必ずしも生活必需品とは言えないものです。

 こうした違いは、第5図で確認することができます。ここで「基礎的支出項目」とは、それに対する支出の価格弾力性が1より小さいような品目で、生活必需品に対応していると考えられます。他方、「選択的支出項目」とは、支出の価格弾力性が1以上の品目のことで、生活必需品以外のものが含まれます。

 これを見ると、必需品に対応する基礎的支出項目のCPIが2021年より上昇トレンドを示していることが分かります。これに対して、選択的支出項目のCPIには明らかな上昇トレンドは見られません。

【低所得者層が直面する価格上昇は相対的に高い】

 このような生活必需品とそうではない品目の価格動向の違いは、所得の違いによって家計に異なる影響を及ぼすことになります。特に、低所得者層ほど生活必需品に対する支出割合が高くなるので、生活必需品中心の物価上昇は、低所得者層に大きな影響を及ぼすことになります。

 第6図は、勤労者世帯の年間収入5分位階級別のCPI上昇率を示していますが、これを見ると、2022年3月以降、低所得層であればあるほど(例えば第1分位や第2分位は、第4分位や第5分位に比べて)、直面するCPI上昇率が高くなっていることが分かります。

【物価上昇に対する政策対応のあり方】

 このような物価上昇に対して、どのような政策対応をとるべきでしょうか。

 ある人は、直接的な物価統制が必要だと思うかもしれません。これは第1次石油ショックの際にとられた政策対応です。あるいは、輸入企業に補助金を支給し、小売価格を低く抑えるべきだと考えるかもしれません。これは発展途上国でしばしばとられる政策であり、現在、日本でとられている政策でもあります。

 しかし、こうした政策は、いずれも市場メカニズムに介入をしようとするものです。その結果、価格上昇したものを節約しようというインセンティブが削がれることになります。特に、石油製品などの価格上昇を抑えることは、現在、世界的な課題となっている地球温暖化対策に逆行することにもなります。

 別の人は、現在、緩和基調にある金融政策を引き締めるべきだと考えるかもしれません。実際、こうした金融政策の転換が、欧米をはじめとして見られることは前述の通りです。

 しかし、日本においては、いまだに回復力が弱く、大幅なGDPギャップが引き続き残っており、デフレ圧力が存在しています。そのような状況で金融引締めを行うことは、財政赤字の拡大と相まって金利上昇圧力を高め、現在、輸入物価の上昇や円安のデメリットに直面している企業を中心に、現在のマクロ的な経済状況を悪化させることになりかねません。

 以上を踏まえると、現在取り得る政策は、物価上昇に耐えられるだけの成長力を強化するほかありません。特に、これまで実質的価値の低下に甘んじてきた賃金の増加を通じて家計の対応力を強化することが必要です。

 このためには、円安のメリットによって増益が見込まれる輸出企業、あるいは輸入物価の上昇の影響を比較的受けにくい企業における賃金の引上げが求められます。これは、物価上昇に苦しむ家計への支援になるだけでなく、「成長と分配の好循環」を形成するための第一歩になるものと期待されます。

 もちろん、現状において増益が見込まれる企業ばかりではありません。円安や一次産品価格の上昇によるコスト・アップを小売価格に転嫁できない企業も多くあります。そうした企業で働く雇用者は、賃金引上げを望むことは難しいかもしれません。

 そういう場合には、政府は給付金の支給等の手段を用いて、直接支援の手を差し伸べることが必要です。当然、これは財政支出の増加に当たりますので、財源が必要です。その意味では、輸入企業への補助金と同じかもしれません。しかし、輸入企業への補助金による小売価格の抑制は、高所得の家計を含めてその恩恵が広く行きわたるのに対して、家計への直接支援の場合は、必要とされる家計に集中的に行われることになるので、より効率的であると考えられます。

 現在の物価上昇に対する政策対応においては、長期的な政策目標との整合性を図ることと、限られた財源を効率的に利用することが求められていると思います。