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齋藤潤の経済バーズアイ (第124回)

米欧中の物価動向と金融政策

 

2022/08/01

 現在、日本を含め、多くの国が大幅な物価上昇に見舞われ、金融政策を中心にそれに対する対応を迫られています。また、その影響もあって、景気の先行きに対する懸念も高まっています。今月のコラムでは、米国、ユーロ圏、中国を取り上げ、それぞれにおける物価を中心とした経済の動向と、それに対する金融政策を中心とした政策対応について考えてみたいと思います。

【米国における物価上昇と利上げ政策】

 まず、米国を取り上げましょう。米国は、コロナとの共存を図りながら順調に回復を遂げ、実質GDPの水準では、2021年1~3月期にはコロナ直前の2020年1~3月期の水準を越え、その後もプラス成長を続けてきました。しかし、一転、本年1~3月期には前期比マイナス0.4%(年率マイナス1.6%)を記録することになり、4~6月期も同マイナス0.2%(年率マイナス0.9%)となりました。この背景には、物価上昇とそれに対する金融政策の転換が影響していると考えられます。

 米国の場合、物価上昇の背景には一次産品価格の上昇の影響があることはもちろんですが、加えて、これまでの順調な景気回復の結果、昨年末にはGDPギャップがほぼ解消し(2021年10~12月期でマイナス0.5%)、労働市場もタイトになり(6月の失業率:3.6%)、賃金の上昇圧力が高まっていることがあります(6月の名目時間当たり賃金:前年同月比プラス5.1%)。このため、物価上昇は全面的なものとなっており、本年6月の消費者物価指数上昇率は前年同月比でプラス9.1%にまで高まっています。しかも、内訳を見ると、エネルギーがプラス41.6%、食料はプラス10.4%である上に、それらを除いたコアCPIでもプラス5.9%となっています。まさに持続的な物価上昇という意味でのインフレーションといって良い状況です。だからこそ米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(連銀)も、2021年11月からは量的緩和のテーパリングを、また本年3月からは利上げを開始しているわけです。(これは、日本の状況と大きく異なる点です。日本の場合、食料とエネルギーを除くと、6月でも前年同月比プラス0.2%にとどまっており、必ずしもインフレとは言えない状況にあります。このような状況では、金融政策も引締めに舵を切ることはできません。)

 連銀は、3月の後、5月、6月と利上げを続け、先週(7月27日)には4回目の利上げ(0.75%)を行いました。利上げによる景気後退懸念が出ている中、これほどまでに利上げに積極的な背景には、やはり1970年代のオイルショック時の対応に対する反省があるように思います。当時も金融政策は引締めには動いたものの十分なものではなく、1970年代末に至っても二けたのインフレが続いたため、最終的には1979年にボルカー議長が登場し、強烈な引締めをせざるを得ませんでした。その結果、FFレートは20%まで上昇することになりました。この反省もあって今回は、早目早目の手を打っているのではないかと思います。

 ただ、これでも、インフレの抑制にはかなり手間取る可能性があります。と言うのも、一つには、コロナ下で家計は消費を抑制し、金融資産を相当程度に蓄積しているので、ペントアップ需要がかなり強いまま推移する可能性があるからです。もう一つは、コロナ下で労働参加率が低下しており(コロナ前のピークである2020年2月の63.4%に対し、本年6月は62.2%)労働供給が減少しているからです。このため、なかなか労働市場の逼迫状態を解消できない可能性があります。利上げをしばらく継続することで、経済活動を相当程度抑制しないと、インフレは抑制できないのではないでしょうか。これは米国経済にとって大きな下押し要因となりますし、世界経済にとってもかなりの減速要因になります。

【ユーロ圏における物価上昇と利上げ政策】

 次にユーロ圏です。ユーロ圏諸国の実質GDPを見ると、2021年4~6月期にはコロナ直前の2020年1~3月期の水準まで回復しましたが、コロナの影響に加え、ロシアのウクライナ侵攻の影響を大きく受け、景気が大きく下押しされるとともに、物価も大幅な上昇を示しています。実質GDPは、2021年10~12月期の前期比プラス0.4%の後、2022年1~3月期も同プラス0.5%にとどまっています。他方、消費者物価指数の上昇率は、本年5月の前年同期比プラス8.1%の後、6月には同8.6%へと高まっています。6月の内訳を見ると、エネルギーが同プラス42.0%、食料が同プラス8.9%となっている上に、それ以外でも同プラス3.7%となっています。ユーロ圏の場合にも、持続的な物価上昇という意味でのインフレーションになっていると考えられます。これを受けて、先週(7月21日)、ヨーロッパ中央銀行(ECB)も利上げ(0.5%)に踏み切ったことはご承知の通りです。

 ただ、これは大きな問題を含んでいる可能性があります。ユーロ圏は、単一通貨ユーロを用いているために中央銀行は圏内に一つしかありません。このことは、ユーロ圏が同質的な国から構成されている場合(最適通貨圏の条件を備えている場合)には問題がありません。しかし、現実のユーロ圏は多様な国々から構成されています。例えば、6月の物価上昇率(前年同月比)を見ても、フランスがプラス5.8%、ドイツがプラス7.6%であるのに対して、ギリシャはプラス12.1%、バルト海3か国はプラス20%前後と大きな乖離があります。このため、ECBが政策金利をどのような水準に決めたとしても、ある国には引き締め過ぎ、別の国には緩和過ぎということになりかねません。また、金利の上昇は、大きな財政赤字や政府債務を抱えている国々にとっては大きな財政上の負担になり、政府債務危機の再来となりかねません。こうしたことを見越してECBは、7月21日に、利上げと同時にECBによる国債等の買入を可能にするTPI(Transmission Protection Instrument)を創設し、有事に備えたと考えられます。今後、こうした矛盾が拡大することになると、ユーロ圏の結束にひびが入り、不協和音が拡大し、インフレの終息や景気後退の歯止めも難しくなる可能性があります。

【中国における物価動向と金融緩和政策】

 最後は中国です。中国は欧米諸国に先んじてコロナを克服して、早期の景気回復を遂げてきました。しかし、ゼロコロナ政策に基づいてロックダウンを断続的に行ったために、本年に入って実質GDPが大幅に減速し、2022年4~6月期は前年同期比でプラス0.4%(前期比でマイナス2.6%)にまで減速したほか、失業率も6月に5.9%にまで上昇した上に、16~24歳の若年失業率が18.4%にまで高まっています。また、この過程で、工場の操業ができなくなって、サプライチェーンを通じて、世界的な影響を及ぼすことになったことも記憶に新しいところです。

 他方、中国はエネルギーも穀物も豊富に供給できるので、ロシアのウクライナ侵攻の影響は大きくないようです。消費者物価指数は5月に前年同月比2.1%の後、6月も同2.5%と比較的落ち着いています(2022年の物価目標:3%程度)。

 こうした状況の下では、今後、どれだけ実質成長率を高めることができるかが課題となると思われます。そのためには、金融政策と財政政策の活用が考えられますが、金融政策については、すでにこれまでに緩和策をとってきている上に(4月に預金準備率引下げ、5月に利下げ)、①すでに家計や企業の債務比率が高く、同比率がこれ以上高まることには財務上の懸念があること、②金融緩和を一層拡大すると資本流出を促し、元安をもたらすという問題があることから、発動余地は小さくなっている可能性があります。その意味では、今後注目されるのは財政政策の措置ではないかと考えられます。脱炭素化のための投資の前倒し等が指摘されていますが、そのための資金調達を含め、その動向が注目されます。

【世界経済の下方リスク】

 以上をまとめると、総じて世界経済は、インフレが高進する中で、景気が後退していくという事態に陥ることが見込まれます。いわゆるスタッグフレーション(スタッグネーション+インフレーション)の到来です。しかも、そのシナリオには、なお強い下方リスクが存在していると考えられます。

 当面の経済動向を見通すにあたってポイントとなるのは、①新型コロナウイルスの新たな変異株の登場や新たに発見されたサル痘の感染拡大の可能性と、それに対する政策的対応の影響、②ロシアのウクライナ侵攻とロシアに対する禁輸措置、あるいはそれへのロシアの報復を背景にした、一次産品価格の上昇やエネルギーの供給制約の影響、③物価上昇への金融政策の対応及びその効果、④景気後退への財政政策の対応とその効果、ではないでしょうか。予断を許さない状況のなかで、政策当局の対応が試される局面が続くものと考えられます。