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齋藤潤の経済バーズアイ (第127回)

福祉国家の経済学

 

2022/11/01

【福祉国家への大きな流れ】

 市場経済が十分に機能するためには、経済活動は基本的に民間主体に委ね、国家は介入をすべきではないというのが原則です。その場合の国家の役割は、市場経済の枠組みを維持するという夜警国家としての役割に限定されることになります。

 しかし、現実には、経済活動への国家の政策的な介入は拡大をしています。一方では、大恐慌を契機にしたケインズ経済学の誕生と、それを背景にしたケインズ政策の普及によって、財政政策や金融政策などのマクロ経済政策を通して、マクロ経済を管理するということが国家の役割として確立してきました。

 他方では、国民への福祉の提供という面における国家の役割も拡大してきました。17世紀初頭英国でエリザベス1世時代に導入された救貧法に始まり、19世紀末プロイセンにおいてビスマルクによって導入された社会保険制度や、20世紀半ばの英国においてベバリッジ報告で示された「ゆりかごから墓場まで」という社会保障制度の導入を経て、第2次世界大戦後における北欧型福祉国家の確立に至る過程を見ても、福祉国家(Welfare State)への流れが強くなってきていると言えます。

【福祉国家の類型】

 福祉国家のあり方を整理したものとしては、Gøsta Esping-Andersenによるものが有名です。例えば、Esping-Andersen (1990) は、まず福祉国家の特徴を整理するにあたっての視点として、①その政策によって個人が雇用への依存からどの程度自由になっているのか(「非商品化」の視点)、②その政策によって個人が属する社会階層への依存からどの程度自由になっているのか(「非階層化」の視点)、③その政策によって福祉の供給が家族への依存からどの程度自由になっているのか(「非家族化」の視点)、という三つを提示しています。その上で、こうした視点に基づくと、現存する福祉国家は次の三つに分類できるとしています。

 第一は、「自由主義的」な福祉国家です。ここで念頭に置かれているのは米国やカナダ、オーストラリアです。こうした国々では、福祉政策は主として低所得者を対象にしており、生活支援には所得制限を課し、全国民を対象にしたユニバーサルな所得移転や社会保険は限定的にしか提供されないとしています。このため、個人の雇用への依存度は高く、福祉が必要とされる場合には、家族の役割が大きいことになっています。

 第二は、「保守的協調主義的」な福祉国家です。このグループに含まれるのはオーストリア、フランス、ドイツ、イタリアなどです。そこでは、福祉は階層や身分に応じて設けられた社会保険などによって提供されていると特徴づけられています。したがって、所属する社会階層によって福祉の内容が異なり、福祉が十分ではない場合には、家族がその分を補うことになります。

 第三は、「社会民主主義的」な福祉国家です。主として北欧諸国が含まれるのがこのグループです。福祉は低所得者だけでなく、新中流階級までをも対象として包含し、高い水準の福祉がユニバーサルに提供されるとしています。福祉の水準は、個人が属する社会階層に関わらず、雇用に依存しなくても十分な水準が提供され、家族への依存度も低いものになっています。

【公平性と経済性のトレードオフ】

 このような福祉国家の発展によって、国民に対する福祉が充実することは望ましいことであることは理解できる反面、懸念されるのは、それが経済の効率性にマイナスの影響を及ぼすのではないかということです。それは財政支出と財政収入の両面で考えられます。

 例えば、財政支出面では、市場で提供できるようなサービスを国家が提供することになれば、民間企業の経済活動を制約することになります。また、国家が個人に現金給付を行うことは、本人や家族の労働供給を縮小させてしまう可能性があります。

 他方、財政収入面でも、所得の再分配を行うために累進所得課税をする場合には、労働インセンティブを弱める影響をもたらす可能性があります。所得再分配の意図がなくても、福祉の財源を求めるために大幅な課税を行うことになれば、同じような影響が及ぶ懸念があります。

 つまり、いずれにしても、国民のための福祉を充実させようという「公平性」の観点からの政策が、経済の「効率性」を損なう可能性があるのではないかという懸念です。通常は、このような「公平性」と「効率性」の間にトレードオフ関係があるとの認識に立った上で、どの程度の福祉を提供すべきかを社会として決定し、その下で、できる限りそれを効率的に提供することを考えるべきだということになります。

【福祉国家は経済効率を低下させるか】

 しかし、こうした議論は、厚生経済学の基本定理で想定しているような理想的な世界を前提にしている場合が多いように思います。しかし、現実はそうした状況からは大きく乖離しています。そうした点を考えたとしたら、前記のトレードオフの議論は変わってくるのではないでしょうか。

①「市場の失敗」に対する福祉国家の役割

 厚生経済学の基本定理の世界と現実の世界との間に違いがあることは、「市場の失敗」が見られる分野のことを考えれば分かります。「市場の失敗」が見られる分野では、そもそも市場機能が十分に機能しません。その意味では、効率性が損なわれているのです。こうした分野では、むしろ国家が介入することによって、効率性が高まると考えることができます。福祉国家も、こうした「市場の失敗」を補完しようとするものであり、その意味では、福祉国家の政策は効率性を損なうどころか、むしろ効率性を高める可能性があります。以下では、Barr (2020)の議論を参考にしながら、その可能性について考えてみましょう。

 「市場の失敗」が見られる分野には、①公共財の分野、②外部性が存在する分野、③費用逓減産業の分野、④情報の不完全性(情報の非対称性を含む)が存在する分野、⑤非合理的行動がとられる分野、⑥契約が不完備な分野、などがあります。そうした分野では、市場メカニズムは機能しないので、政府が何らかの形態で介入することが必要になるとされています。

 このような「市場の失敗」のうちで、福祉国家と特に関係が深いのが、④、⑤、⑥ です。

 例えば、福祉国家は医療保険を提供していることが多いですが、これは、個人が医療の内容や質に関する十分な情報を有していることが少なく、また個人の健康状態や生活習慣等に関する情報を第三者が得ることも難しいことから、個人の健康リスクを民間が提供する保険でカバーすることが困難だからです。仮に私的な保険が提供しようとすると、リスクの高い個人しか保険に入らないことになってしまい、リスクの低い個人は保険に入らないという事態が起こってしまう可能性があります(逆選択)。こうした状況にあって、リスクが低い個人も含めて全国民を保険でカバーしようとするのであれば、国家が提供するしかありません。実際、医療保険は、多くの場合、国民全員が加入する社会保険方式がとられています。

 また、年金の場合、個人に任せていたのでは、将来の寿命に関するリスクについての情報をどれだけ有しているか、またリスクに関する情報に基づいてどれだけ合理的に貯蓄をすることができるのかという問題があります。他方、数理的な計算に基づく民間の年金保険によって、予想外の物価上昇などもカバーするようなものが提供されると考えることは困難です。したがって、民間に委ねただけでは、高齢期の生活を保障するような年金は期待できません。そこで、国家によって、全国民を対象にした年金を提供することが必要になります。

 このように考えてくると、福祉国家が提供する福祉は、「市場の失敗」を補完するものであり、効率性を損なうのではなく、むしろ効率性を高める効果があるものと考えられます。

 このほか、失業保険に関しては、安易に失業手当に依存することになったり、ある程度の賃金水準でないと就業しないといった行動(reservation wage strategy)を引き起こすことが指摘されますが、Atkinson (2015) は、実際に導入されている失業保険では、自発的失業の場合や雇用機会をえり好みした場合には失業手当の受給が制限されるなどの工夫がされており、そうした批判は当たらないとしています。福祉政策の具体的な仕組みをも考慮すると、経済効率性にマイナスの影響を及ぼすとは必ずしも言いきれないというわけです。

②所得再分配政策は効率性を損なうか

 もっとも、福祉国家の機能には、医療保険や年金保険の提供以外に、所得の再分配があります。これには二重の意味で、効率性とは相いれない面がある可能性があります。

 第1は、所得の再分配を行う理由である貧困の救済や不平等の是正といった政策目的は、効率性の観点とは異なる、「公平性」の観点から政策目標とされるからです。「公平性」の追求は「効率性」の追求と一致する場合もあります。効率性を高めることは、再分配の基となる総所得を大きくすることになるからですが、必ずそうなるとも言えず、「公平性」の追求が、効率性を犠牲にして初めて可能になるような場合も十分に考えられます。

 しかし、理論的にはそうであっても、現実には、不完全競争が存在したり、政府の規制があったりして、市場メカニズムが十分に機能するような状況にはなく、すでに効率性が損なわれている場合が多いものと考えられます。そのような場合には、完全競争下における「最適な解」(ファーストベスト)に政府が介入するするのではなく、既に歪みがあるような状態に介入することになります。言ってみれば、「次善の解」(セカンドベスト)への移行であり、その場合には、相対的に効率性が高まる可能性があります(Lipsey and Lancaster, 1956-1957)。

 第2は、所得の再分配が累進所得税に依存せざるを得ない限りは、個人の労働インセンティブに歪みをもたらす懸念があるからです。このような効率性の低下は、前述の医療保険や年金保険のための社会保険料を徴収する場合にも生じることが考えられます。

 しかし、税や社会保険料の徴収が効率性にマイナスの影響を及ぼすとしても、それによる財政収入が、前述したような市場の失敗を補うような分野への財政支出に充てられたとすると、それがプラスの影響をもたらし、マイナスの影響を相殺する可能性があります。

 さらに、そもそも不平等度の拡大は経済成長にマイナスの影響を及ぼす可能性があります。不平等度が高いと、十分な教育や医療を受けられない人の割合が高くなる他、政治的な安定性を損なったり、政策の遂行に必要な社会的なコンセンサスの形成も困難になったりするからです。そうだとすると、逆に不平等度を縮小させることは、経済成長にプラスの効果をもたらす可能性があります。もし、所得再分配が、不平等度の縮小に成功するとすれば、このようなプラスの効果も期待できることになります。

 実際、Ostry et al.(2019)が、所得再分配と経済成長との関係を実証分析した結果を見ると、所得の再分配が直接的に経済成長を引下げることは確認できず(ゼロと有意に異ならない)、むしろ所得の再分配が不平等度の縮小をもたらすことによって経済成長には大きなプラスの効果を持っていることが確認されています。その結果。所得再分配の経済成長への影響を、直接的な効果(所得再分配のインセンティブ阻害効果)と間接的な効果(所得再分配の不平等度の縮小効果)を合わせたネットで見ると、プラスであると考えられるのです。

【福祉国家に対する前向きな評価】

 私たちは、経済政策の効果を考える際には、暗黙裡に、市場メカニズムが十分に機能するための前提条件が満たされているような理想的な状態を念頭に置きがちです。そうであれば、政府の政策はどれも効率性を損なうような影響をもたらすことになるので、いつも望ましくないという結論に到達することになってしまいます。福祉国家について考えても、そうです。

 しかし、福祉国家が登場した背景には、理論的ないしは歴史的な理由で、市場メカニズムが十分に機能しないような現実があったのです。そうであれば、そうした状態を念頭において、政策の効果を評価すべきです。Atkinson(2015)も、「もし私が経済学の教科書を書くとしたら、市場支配力を持った独占的競争企業が、失業が存在する世界にあって賃金を巡る競争を行うところから書き始めるだろう。」(Chapter 9)と言っています。

 より現実的な前提から出発すれば、以上で見てきたように、福祉国家が必ずしも経済効率経済成長と矛盾するものではないことが分かるはずです。福祉国家に対する評価は、もっと前向きなものであっても良いように思います。


【参考文献】

Atkinson, Anthony B. (2015), Inequality: What Can Be Done? Harvard University Press (邦訳 アンソニー・B・アトキンソン『21世紀の不平等』山形浩生・森本正史訳、東洋経済新報社2015年)

Barr, Nicholas (2020), The Economics of the Welfare State, Oxford University Press.

Esping-Andersen, Gøsta (1990), The Three Worlds of Welfare Capitalism, Princeton University Press.

Lipsey, R.G., and Kelvin Lancaster (1956-1957), The General Theory of Second Best, Review of Economic Studies, Vol.24, No.1.

Ostry, Jonathan D., Prakash Loungani, and Andrew Berg (2019), Confronting Inequality: How Societies Can Choose Inclusive Growth, Columbia University Press.