為替介入と金融政策
2022/12/01
【1988年以来のドル売り・円買い為替介入の実施】
急激な円安傾向に直面して、本年9月と10月に財務省は、外国為替市場への介入(以下では「為替介入」と記す。)を行いました。一番最近の為替介入は2011年11月ですが、その時は円高に対応するための円売り・ドル買い介入でした。直近のドル売り・円買い介入ということになると、1988年6月まで遡ることになります。
円の対ドル為替レートは、本年3月上旬には115円前後でした(図表1)。しかし、その後円安が進行し、4月には130円、9月には140円となりました。そして、円レートがさらに146円に接近した9月22日に1回目の介入が、また152円に接近した10月21日と24日に2回目の介入が行われることになったのです(ただし、10月の正確な介入日は、財務省の発表を待つ必要があります)。
財務省によると、為替介入の規模は、9月22日は2兆8382億円、10月21日及び24日は6兆円3499億円に達したとのことです(図表2)。この規模は、2011年11月における介入額には及びませんが、1998年6月のドル売り・円買い介入時のそれを大幅に上回るものとなっています。
【為替介入による資金の民間から政府への移転】
冒頭で書いたように、今回の為替介入は、円を買い、米ドルを売るものでした。通貨当局が米ドルを売るとすれば外貨準備を取崩すしかありません。外貨準備の残高やその内訳は、保有証券の評価額やそれからの利子受取にも影響されるので、介入の原資を特定することは容易ではありません。しかし、外貨準備の変化の方向やその規模からすると、為替介入のための外貨は、外貨準備のうちの証券(多分、米国債であると思われる)の売却によって賄われたものと考えられます(図表3)。
為替介入のために米ドルが売却されると、政府はその対価として円を受け取ることになります。実際、外国為替資金特別会計の民間からの受取超過額が9月に3兆211億円、10月に6兆円4902億円となっています(図表4)。
【マネタリーベースの減少】
影響するはずです。より具体的には、民間から外国為替資金特別会計への資金の移転は、預金残高の民間から政府への移転を介して、日本銀行当座預金残高に影響を及ぼすはずで、その日本銀行当座預金残高はマネタリーベースの一部を構成する以上、マネタリーベースにも影響を及ぼすはずです。実際、マネタリーベースを見ると、本年5月から減少傾向にありましたが、特に9月と10月の減少は大幅なものになっています(図表5)。
【不胎化されなかった為替介入】
マネタリーベースが減少しているという事実は、ある意味では不思議です。もし日本銀行が金融緩和を維持することを目的としているのであれば、ドル売り・円買い介入によるマネタリーベースへのマイナスの影響を不胎化する(打消す)ために、資産買入等を行って日銀当座預金残高を回復させるはずです。もし不胎化しなければ、金融引き締め効果をもたらしてしまうからです。
しかし、実際に観察されるのは、そのような金融引き締め効果です。例えば、10年物国債金利を見ると、長短金利操作(イールド・カーブ・コントロール)の下で、ゼロ%程度で推移することを前提に、許容される変動幅についてはその±0.25%程度とされているところ、本年3月末以降、その上限である0.25%に張り付いている状況が続いているのです。それはちょうど円安がみられるようになった時期と一致しています(図表6)。
【金融緩和と為替安定を同時達成することの困難性】
この意味するところは、財務省の為替介入に際して、日本銀行は、その影響を不胎化しないことによって、それを側面支援したということのように思えます。金利が上昇することを許容することによって、資本流出圧力を抑制し、円安に歯止めをかけようとしたのです。
さらに言うと、10年物国債金利が9月からではなく、3月末から上昇していたことを見ると、日本銀行は、財務省が為替介入をする以前から円安抑制策を打っていたとも言えるように思います。
このような財務省と日本銀行の政策対応は、ただでさえ脆弱な回復力と一次産品価格の上昇という逆風に直面している日本経済が、さらに円安という試練に直面することの影響を憂慮し、それに対応しようとしている姿を示していると考えられます。
しかし、多くの国で利上げが行われている中で、金融緩和を維持しながら、円安になるのを抑制しようとすることは、容易に達成できる政策目標ではありません。外国での利上げやそのペース(あるいはそれらに対する期待)に変化があれば別ですが、そうでもない限り、基本的には国際金融のインポッシブル・トリニティー(自由化資本移動、独立した金融政策、安定した為替レートの同時達成の不可能性)が作用するはずだからです。今回の財務省と日本銀行の政策対応は、極めて困難な課題に挑戦しようとしたように思えます。
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