家計消費の回復はなぜ遅れているのか
2023/01/04
【回復が遅れる民間消費】
国民経済計算の2021年度確報が昨年の12月8日に発表になりました。それによると、季節調整済の実質GDPがコロナで落込む直前のピークである2020年1~3月期の水準を取り戻したのは、ようやく9四半期後の2022年4~6月期になってからのことです。日本におけるこの回復ペースは、中国や米国、ユーロ圏諸国に比べると極めて遅いものに止まっています。
回復ペースの遅さの理由を考えるために、2020年1~3月期から2022年7~9月期(データがとれる最新時点)までの期間中におけるGDP構成項目別の変化を見てみましょう。第1図で分かるように、増加を示しているのは「政府最終消費支出」と「民間在庫変動」だけで、それ以外の項目はいずれも減少となっています。つまり、「民間最終消費支出」(以下では「民間消費」)を含む民間需要の主要項目は、いずれもコロナ以前のピークの水準を下回っているのです。
【家計消費の回復の遅れ】
民間消費はGDPの5割超を占めており、GDP構成項目のうちで最大のシェアを有しています。したがって、民間消費が緩やかながらも着実に増加をしていれば、実質GDPへの影響は大きく、コロナによる落込みからの回復ペースもより早いものになっていたと考えられます。しかし、実際には、第2図が示しているように、2020年4~6月期の落ち込みからの民間消費の回復は不安定で、2019年10月期に消費税率が引き上げられる前に到達していた水準はもちろんのこと、コロナ直前のピークである2020年1~3月期の水準よりも依然として低い水準に止まっています。
民間消費は、家計最終消費支出と対家計民間非営利団体最終消費支出とから構成されており、さらに前者は、国内家計最終消費支出、居住者家計の海外での直接購入、非居住者家計の国内での直接購入(控除項目)から成り立っています。第3図を見ると、民間消費の弱さは、このうち、国内家計最終消費支出(以下では「家計消費」)の弱さによるところが大きいことが分かります。
【サービス消費の低迷が主因】
そこで、家計消費の内訳を財・サービス別に見てみましょう。第4図によると、財消費は、消費税率の引上げやコロナによる一時的な落ち込みを挟みつつも、足元では2018年の水準にまで回復しているのに対して、サービス消費は、消費税率の引上げの影響に加えて、コロナによる大幅な落込みがあり、しかもそこからの回復が弱いことが分かります。そのため、財消費のサービス消費に対する比率を見ても、高止まりしたままとなっています。
【背景にある消費者の行動変容】
家計消費の弱さの要因としては、供給サイドの要因と、需要サイドの要因の両方が考えられます。
まず供給サイドの要因としては、政府による営業自粛要請やイベント中止要請が考えられます。これによって、消費者が希望する財・サービスを購入することができなくなるからです。しかし、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置は、2022年3月末を最後に、それ以降は実施されておらず、こうした要因が現在の家計消費を低迷させているとは考えにくい状況にあります。
次に需要サイドの要因です。需要サイドの要因としては、三つ考えられます。
第1は、家計が消費支出を資金的に賄うことができないという予算制約です。この制約は、収入の機会が限られてしまった低所得家計においては、特に深刻な問題であったと考えられます。
しかし、家計全体としてみると、2020年後半以降、家計の金融資産は積み上がってきています。そこには、2020年春に支給された特別定額給付金が寄与しているようで、第4図を見ても、家計の「現金・預金」が2020年4~6月期に大きく増加していることが分かります。もっとも、現金・預金の増加は、2020年中は株式等・投資信託受益証券の減少によって相殺され、ネットの増加にはつながっていませんでした。しかし、2021年に入って後者が減少から増加に転じていくと、現金・預金が金融資産全体の増加に大きく寄与するようになっています。(なお、このような構図は、資産負債差額でみても、あるいは物価上昇を考慮した実質金融資産残高で見ても大きくは変わりません。)
このことを考えると、少なくともマクロ的には、予算制約が家計消費の低迷をもたらしているとは考えにくいように思います。
第2は、物価の上昇による家計の購買力の低下が消費を減退させている可能性です。消費者物価は、コロナからの回復に伴う一次産品価格の上昇に加えて、2022年春以降には円安も加わったことから、近年見られなかったような上昇を示しています。したがって、物価上昇がもたらす影響は、当然懸念されるところです。
しかし、第6図を見ると分かるように、消費の低迷をもたらしているサービスの物価は、むしろ2021年中は下落を示し、2022年に入って以降も極めて小幅な上昇に止まっています。したがって、少なくともサービス消費が低迷していることの主因として物価上昇があるということも考えにくいように思われます。
第3は、消費者の行動変化です。何らかの理由によって消費者が消費を控えるようになっていることが考えられます。
この点を確認するために、サービス消費の内訳を第7図で見てみましょう。ただし、データの制約から、ここで示されている消費の内訳は家計調査ベースの「二人以上世帯」の年間名目支出額を、2019年を100とした指数で示したものであることに注意して下さい。
これによると、2022年(ただし1~10月までの前年同期比で伸ばしたもの)においてもなお2019年の水準を大幅に下回っているのは、「被覆及び履物」、「食料」、「教養娯楽」、「交通・通信」となっています。 それぞれ、洗濯代、食事代、宿泊料・パック旅行、交通費などを含むような費目です。
このようなサービス消費が弱いのは、それぞれがそもそも必需的な性格の弱い裁量的支出であるため、価格が上昇している必需的な性格の強い義務的支出(これらは基本的に財支出に含まれるものが多い)の消費を優先させるために、節約されているところもあるかと思われます。しかし、金融資産の積上がりから見ると、それだけでは説明できません。
そこで、改めて2019年水準を未だに回復していないサービスの品目を見ると、いずれも外食や旅行関連など、対面接触を主とするものが多いことに気が付きます。消費者がそうした対面接触を避けようとしている可能性があるのです。こうした行動は、先にも確認したように、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などが実施されているわけではないので、消費者の自主的な行動によるものであるということになります。コロナに対する自衛措置として消費者がとっている選択の結果がここに表れていると考えられます。
【コロナ対応に伴うコスト】
コロナを克服したと言えるような状態としては、三つの場合が考えられます。第1は、国民全員が罹患し、免疫を獲得した場合です。第2は、有効なワクチン・治療薬が開発された場合です。そして第3は、コロナに罹患しないように国民が対面接触を徹底的に回避するようになる場合です。
現時点では、第1の場合に至るまでにはまだ道遠く、またそのような状況に至るまでには多大な犠牲を払わざるを得ないことから、現実的な選択肢ではありません。また、第2の場合に至ったと断言できるには、医療の供給体制に不安があり、まだ不確実性が高い状況にあります。それに対して、第3の場合は、人々の選択によって実現可能です。そして実際にも、これまで見てきたように、このような選択が行われているように思われます。
しかし、このような選択が行われた場合、マクロ経済的には、対面接触を主体とするようなサービス消費に大きな影響が及ぶことが不可避となります。現在の家計消費、なかでもサービス消費の低迷の背景には、このような人々のコロナ対応があるように思われます。
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