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齋藤潤の経済バーズアイ (第133回)

労働市場からの退出:なぜ英国では増加しているのか

 

2023/05/01

【非労働力人口に見られる日本と英国での対照的な動き】

 労働市場に関する統計では、仕事をしている人(雇用者及び自営業主・家族従業者)あるいは仕事は現在していないがする意思があって仕事を探している人(失業者)が、仕事をやめ、仕事を探すこともやめると、労働市場から退出したものとみなされ、非労働力人口に含まれることになります。高齢化や人口減少に直面する先進国では、労働力が不足する事態が予想されているので、非労働力人口の動向は注目をされています。

 この非労働力人口が新型コロナウイルス感染症に伴うパンデミック(以下、「コロナ」)の前後でどのような推移を示しているかを見たのが、第1図です。これを見ると分かる通り、2020年の第1四半期を起点にすると、コロナ直後の2020年第2四半期に大幅に増加をした後、しばらく高止まりをしましたが、日本では2020年第3四半期頃から、ユーロ圏でも2021年第2四半期頃から減少を始め、2022年にはいずれにおいても、コロナ以前を下回るようになっています。その意味では、日本やユーロ圏では、コロナによる非労働力人口の増加は一時的な現象であったと理解できます。(ただし、同じユーロ圏にあっても、例えばフランスとドイツとでは動向は異なりますが、ここではこの点についてはこれ以上触れないことにします。)

 これに対して、英国や米国では異なる傾向が見て取れます。いずれにおいても2022年末に至るまで高止まりを続け、いまだにコロナ以前を大幅に超える水準にあるということです。両国における非労働力人口の増加は、コロナが収束に向かっても残るような長期的な変化を意味しているようです。今月は、英国を題材にしながら、これについて考えてみたいと思います。

【英国では50歳以上で非労働力化の動きが顕著】

 第2図は、英国における非労働力人口の動向を年齢階級別にみたものです。これを見ると、16~17歳で2021年初めにかけて増加しましたが、その後減少しており、49歳以下では2023年初めにはコロナ以前の水準に戻っていることが分かります。それに対して、50~64歳及び65歳以上では増加を続け、2022年後半以降も高止まりしています。

 これは、日本とは異なる傾向です。日本では、第3図で分かるように、2023年初めには、45~54歳を除いて全ての年齢階級で2020年1月の水準を下回るに至っており、45~54歳では若干上回ってはいるものの、ほとんど同水準まで戻しています。非労働力人口の変化という面で見る限り、日本におけるコロナの影響は一時的なものにとどまったようです。

【英国での50歳以上の非労働力化の動きは男女ともに見られる】

 なお、英国における動向を男女別で見ると、第4図で分かるように、女性では50~64歳と65歳以上において高止まりが見られ、男性では、65歳以上について減少傾向がみられるものの、50~64歳においてやはり高止まりが見られることが分かります。

【英国での非労働力化の理由】

 それでは、なぜ50~64歳や65歳以上で非労働力化が進んでいるのでしょうか。英国でなぜ非労働力化しているのか、その理由を聞いた結果は、第5図のようになっています。男女の双方において、コロナの初期は、「その他」と「学生」であることが多く理由に挙げられています。「その他」には、まだ仕事を探し始めていない人や、求職申込みの結果がまだ出ていない人、仕事をするつもりのない人などが含まれています。また、「学生」には、進学率の変化に加え、アルバイトをしていない学生(アルバイトをしていると就業者に含まれます)、アルバイト先をなくした学生を含んでいます。しかし、注目されるのは、両者とも、2023年初めには以前の水準に戻っているということです。

 これに対して、2023年初めに至ってもなお高止まりを続けているのは、男性においても、女性においても、「長期の疾病」を理由とした人たちです。このため、第6図でも分かるように、男女の双方において、非労働力人口の中で「働く意思がない」人が、「働く意思がある」人を大幅に上回っています。これを見ても、コロナが収束した後に非労働力人口が元の水準に戻ると簡単には考えられないことが分かります。

【「長期の疾病」の増加が意味すること】

 どうしてこのようなことが起こっているのでしょうか。これは英国でも大きな議論になっている問題です。このため、例えば、英国議会の上院(House of Lords)のEconomic Affairs Committeeは、2022年12月に公表した報告書『Where have all the workers gone? 』で、また下院(House of Commons)のBusiness, Energy and Industrial Strategy Committee は、2023年4月に公表した報告書『Post-Pandemic economic growth: UK labour markets 』で、それぞれ見解を示しています。詳しくは、それぞれに譲りたいと思いますが、これらの見方はおおよそ以下の通りです。

 まず、「長期の疾病」という理由についての解釈ですが、いずれの報告書も、「長期の疾病」そのものが非労働力人口の増加の理由とは見ていません。「長期の疾病」の増加が英国で問題であることは否定されていませんが、その傾向はコロナ以前から見られており、それがここにきて急速に増加したとは考えにくいという判断です。確かに、調査時点で非労働力化している理由として「長期の疾病」を挙げる人が増えていますが、これは「長期の疾病」を患ったから非労働力化した人が多くなったことを示しているとは考えられていません。そうではなく、その他の理由で非労働力化した人が、現在は「長期の疾病」を患い、「働く意思がない」状態に陥っていることを示していると考えられています。

【早期退職が増加した理由】

 それでは、「長期の疾病」以外のどのような理由で非労働力人口が増加しているのでしょうか。両報告書が挙げているのは、「早期退職」の増加です。その理由としてはいくつか挙げられています。

 非労働力化の契機としては、やはりコロナの下での働き方の変化が大きかったと考えられています。コロナの下で、リモートワーク等が一般化し、これまでとは違う働き方を経験することになりましたが、精神的なストレスなどもあったため、ワークライフ・バランスを考えなおす契機となったと見られています。

 また、英国では、日本の雇用調整助成金と同じように企業に補助金を支給して雇用を休業者として維持しようとする政策を導入しましたが(Coronavirus Job Retention Scheme; 2020年3月~2021年9月)、そこでは休業者が放置され、企業が休業者をサポートしたり、訓練の機会を与えたりすることがなかったので、仕事への意欲が失われていったということもあったようです。それには、そもそも英国の雇用者には仕事への満足感が低かったこともあるとの指摘もあります。

 さらに、非労働力化の契機としては、非労働力化を可能にするような条件が備わっていたことも大きかったようです。非労働力化した人たちの多くは、持家を所有するなど十分な資産を持っていた上に、年金においても確定給付型年金でカバーされ、繰り上げ給付も可能な年齢層でした。

 こうした事態に対して、英国としては強い危機感を持っています。高齢化・人口減少に直面する中で、このままでは経済成長が鈍化せざるを得ず、高齢者を中心に非労働力人口をもっと活用する必要があるからです。そこで、先の報告書でも様々な政策提言が行われています。

 例えば、①高齢者にも再訓練やリスキリングの機会を提供すること、②求職のオンライン申し込み等において高齢者への配慮をすること、③女性の更年期に配慮した就業機会を確保すること、などが挙げられています。特に、高齢者の就業機会の確保に当たっては、日本の「シルバー人材センター」のような組織を導入する必要があるという具体的な提案も行われています(前述の下院委員会報告書61ページ)。

【英国と同じことが日本でも起きないか】

 これまでのところ、日本では非労働力人口は、高齢者を含めて増加するような状況にはなっていません。これは英国と大きく違うところです。

 そもそも日本における高齢者の就業意欲には高いものがあります。また、日本では平均寿命が伸び続けている一方、年金の支給開始年齢が先送りされる可能性があることなど、年金の将来に対する不透明感も高く、非労働力化を難しくするような要素もあります。

 しかし、英国において高齢者を中心に非労働力化をする動きが見られる背景には、相対的に資産を持っており、年金もある程度見込める高齢者が、仕事にストレスや不満を感じ、ワークライフ・バランスを重視する方向に生き方を変えるという、日本にも当てはまり得るような状況もあります。

 日本としては、英国での変化を自分には関係のない他国での出来事として見るのではなく、他山の石として、今後の政策を考える上での参考にする必要があるように思います。