好調モディノミクスに相次ぐ逆風
~原油高騰、インフレ、ルピー安、そして雨不足懸念
2018/07/27
2018年1-3月期に7.7%の高成長を記録し、高額紙幣廃止や独立以来の税制改革となったGST(物品・サービス税)導入によるマイナス影響をほぼ払しょくし、再び高度成長軌道をたどり始めたインド経済に、原油高やインフレ、通貨ルピー安、さらには当初の期待を裏切る雨不足懸念など、幾多のリスクが顕在化し始めた。来春に総選挙を控え、経済改革「モディノミクス」の総仕上げに着手した与党・インド人民党(BJP)とナレンドラ・モディ首相だが、思わぬリスクの台頭に危機感が強まりそうだ。
インド経済が7%を超える成長を達成するには、成長の足を引っ張りかねない農業部門が3~4%の安定成長を確保した上で、製造業とサービス業がともに9%以上の成長率をマークしなければならない。この点で、2017年以降、インド経済はきわめて順調な回復を見せたといえる。(図表1)
平年並みの降雨量が前提になっているとはいえ、国際通貨基金(IMF)が7月に発表した世界経済見通しでは、インドの2018年の成長率を7.3%(前回予測値から0.1ポイントの下方修正)とし、6.6%にとどまる中国を再び逆転すると予測、19年にも7.5%の高成長を見込んでいる。アジア開発銀行(ADB)も7月19日、公共投資の拡大や設備稼働率の回復、金融セクターのテコ入れなどで18年度の成長率を7.3%、19年度を7.6%とする予測を発表している。
※図表1「セクター別GVA(粗付加価値)成長率」は会員限定PDFをご覧ください。
原油高ふたたび
国際金融情勢と並んで、インドの自助努力だけではどうすることもできないリスクが原油価格だ。インドの友好国イランと米国との対立先鋭化など、緊迫する中東情勢を反映して1バレル=40ドル台で安定していた国際原油価格は17年に入るとにわかに上昇基調を強め、インドが輸入する原油の加重平均価格、いわゆるインディアン・バスケットは今年5月時点で同75ドル前後と、過去1年間で70%近くも上昇した(図表2)。
7月に入って油価は反落。WTI先物で同6ドル以上も下落して産業界は一息ついた格好だが、原油の高騰は自給率が2割程度しかないインドにとってガソリンや軽油、産業資材に跳ね返り、大きな影響を与える。2011~13年度にかけて同100ドルを超えた原油価格は運輸業界や航空業界などに大きなダメージを与え、ひいてはインド経済全体の成長を鈍化させた苦い記憶がある。
※図表2「インドの平均原輸入価格」は会員限定PDFをご覧ください。
日本経済研究センターが7月9日に公表した第10回JCER/日経アジア・コンセンサス調査でも、インドの有力格付け機関クリシルのダルマキルティ・ジョシ首席エコノミストが「原油高による経常赤字がルピーの下げ圧力となる」と指摘。みずほ銀行ムンバイ支店のエコノミスト、ティルタンカー・パトナイク氏もルピー安とともに原油高を「マクロ成長阻害要因」に挙げている。輸入物価を押し上げてインフレを招き、ルピー安にもつながる原油高は、インド経済にとってまさに悪循環の出発点なのである。
人気取りのバラマキ政策
原油価格の上昇による輸入物価の上昇、来春の総選挙をにらみ大票田である農村部・農民を意識した政府による農産物買入価格(MSP)の大幅引き上げ、公務員手当ての上積みなどによって、インドでは再びインフレ圧力がじわじわと高まっている。さらに各地の州議会選では「農民の借金帳消し」という禁じ手が相次いでマニフェストに掲げられ、実行に移されている。これにより今夏だけで1兆ルピー(約1兆6000億円)を超える事実上の現金給付が行われることになる。
インド中銀(RBI)は6月、政策金利であるレポ・レートを4年5ヵ月ぶりに引き上げたが、このときのRBIの政策決定会合が7会合ぶりに「全会一致」となったことからも、事態の切迫度をうかがわせる。にもかかわらず、18年6月の消費者物価(CPI)上昇率は5.0%と5カ月ぶりの高水準となり、RBIが設定した18年4-9月のインフレ目標(4.7%-5.1%)の上限に接近。多くのエコノミストがRBIによる8月の追加利上げの可能性を指摘している(図表3)。
基礎食料品の値上がりは庶民の生活を直撃するため、政治的に極めて危険な要因。このため、インド政府とRBIは伝統的に成長よりも「物価安定」を優先させることが多かった。もちろん、相次ぐ利上げはようやく回復基調に転じた企業の設備投資意欲を阻害する懸念もある。
※図表3「消費者物価指数」は会員限定PDFをご覧ください。
ルピーは売られ過ぎか
7月19日、インド外為相場は史上最安値となる1ドル=69.05ルピーまで下落。市場関係者の間では、「3カ月以内に70の大台突破」を予想する声も多くなってきた。アジア・コンセンサス調査に参加している大和キャピタルマーケッツ・インディアのエコノミスト、プニット・スリバスタバ氏が「インド経済にとって通貨ルピーの下落が最大のリスク」と指摘したのを始め、多くのエコノミストがルピー相場の行方を注視している(図表4)。
もちろん、これらは米国の金利上昇による投資資金の海外流出、という要因が大きい。2018年1-6月だけで4700億ルピーを超えるルピーを売ってインドから出て行った。17年度の対内直接投資(FDI)も総額448.5億ドルに達したが、前年度比の伸び率は約3%と低調だった。 投資資金流出による経常赤字に加え、「バラマキ」政策による財政赤字が深刻化すれば、つい最近までインドを悩ませてきた「双子の赤字」問題が再燃する恐れもある。
ただ、「ルピーはもともと過大評価」「売られ過ぎ」との声があるのも事実。国民会議派による前政権時代の末期だった2013年8月末にも相場が1ドル=69ルピーに近づいた局面があったが、当時は原油価格が1バレル=100ドルを超えるなど、国全体の成長率も6%代前半に落ち込んだ苦しい時期だった。この頃に比べればITを中心とした企業業績や4000億ドル超が積み上がった外貨準備など、現在のマクロ経済情勢ははるかに健全だ。原油高に比べればまだ対応可能なリスクといえるだろう。
※図表4「通貨ルピーの対ドル相場」は会員限定PDFをご覧ください。
歳出減らせぬ選挙前
2014年の政権奪取後、破竹の勢いだったモディ首相率いる与党・インド人民党(BJP)の党勢にはやや陰りが出ている。同首相おひざもとの西部グジャラート州議会選でBJPは農村部で苦戦、5月の南部カルナタカ州議会選では第一党になりながら過半数確保に失敗、政権奪回を逃している。これらを教訓に今後BJPがますます農業・農村重視の傾向を強めることは想像に難くない。モディ首相は「2022年までの5年間で農家の所得を2倍に増やす」という野心的な政策目標を掲げており、MSP引き上げもそうした一環だろう。
もちろん、農民の所得を増やすためにはこうした直接支援だけではなく、適切な栽培・市場情報の提供や技術指導こそ重要。単なるカネの注入だけでは農産物の輸出競争力が低下するし、そもそも数億人といわれる「土地なし農民」に恩恵が行き渡らない。
そこに加えて、今後も農民の「借金帳消し」が乱用されそうな勢いだ。バンクオブアメリカ・メリルリンチの予測では、来春の総選挙までに中央・州政府による農民の債務減免措置の総額はGDP比1.5%の400億ドルに跳ね上がるという。所得分配効果は期待できるが、財政赤字拡大とインフレの悪影響で相殺されてしまいかねない。そもそも経済成長に不可欠な金融秩序を脅かす危険な政策。選挙で勝つためのなりふりかまわぬバラマキ作戦に他ならない。
インドのような国において、選挙前に歳出が拡大するのは当たり前のことだが、政府の大盤振る舞いは当然財政にダメージを与える。ピユシュ・ゴヤル財務相は6月中旬、「選挙を控えているとはいえ、GDP比3.3%という2018年度の財政赤字目標を達成すべく努力している」と強調、「原油価格の上昇も織り込み済み。別の原資で赤字を減らせる」と明言した。しかし、すでに17年度の財政赤字目標は当初のGDP比3.3%から3.5%に修正されており、発言にそれほどの説得力はない。多少の赤字には目をつぶるに違いない。
そして、7月下旬には都合4回目のGST税率見直しが実施され、白物家電や化粧品の税率を最高の28%から18%に引き下げたほか、女性の声を強く意識して生理用品を無税とするなど100品目の税率を改定した。農民や貧困層だけでなく、中間層にも配慮した措置といえるが、これにより年間1000億ルピーの税収が失われる。もっとも、これにより値下がりによる消費拡大の効果も期待できるので、税収減はある程度相殺できると見ていいだろう。
今後も政府はGST税率の追加引き下げに動く可能性は濃厚で、出遅れ感のある中小・零細企業対策とも絡んで、抜本的な財政出動を打ち出す可能性は高い。いずれにせよ歳入は減って歳出は増えていく。
一転して雨不足も
春先の予報では「ノーマル・モンスーン」、つまり、6~9月の雨季の降雨量は平年並み、ということだった。しかし蓋を開けてみればまさかの「雨不足」という状況になっている。
インド気象局(IMD)によると、6月1日から7月11日までの全国平均の降雨量累計は平年比でマイナス8.4%となり、農業関係者だけでなく政官財界に不安が広がったものの、同23日までに同マイナス1.9%にまで回復しひとまず安心。しかし、北部や中部、南部でおおむね良好は降水量を確保しているのに対し、東部の西ベンガル州では平年比マイナス22%、ジャルカンド州で同33%、政治的にセンシティブなビハール州では47%もの不足となっており、少雨の影響が特定地域に集中する可能性が残る。
雨季に作付けを行う油糧種子や米、大豆などのいわゆる「カリフ作」では、7月13日時点での累計作付面積が約6963万ヘクタールと、前年同期比マイナス9.3%の水準。少々不安とはいえまだ何とかリカバー可能なレベルだ。もう少しインドの雨模様を注視する必要がある。
実体経済は好調
少雨懸念や内閣不信任動議(当然のことながら否決された)などにもかかわらず、好調な企業業績やGST税率引き下げによる消費増への期待などから、株価は堅調に推移している。7月23日のBSE SENSEX30終値は36718.60と史上最高を記録。26日も取引中についに一時37000の大台を突破した。
4-6月の粗鋼生産量は前年比プラス6%の2600万トンに達し、年間1億トンペースを維持。シンガポールの調査会社カナリスによると同期間のスマートフォン出荷台数も前年同期比22%増の約3300万台となった。年間1億3000万台以上のスマホが売れる計算だ。
同じく4-6月の乗用車販売は同19.9%増の87.3万台と年間350万台ペース。産業景気を敏感に反映するバスやトラックなどの商用車に至っては約23万台で同51.5%の大幅増。気がかりなマクロデータの不安を和らげて余りある数字といえるだろう。
足元にはなお不安要因が多く、これに選挙という特殊要因が待ち構えるが、原油価格が安定し、個人消費と対内投資が大きく後退しない限り総じてインド経済は堅調に推移すると見ていいだろう。
*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら
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