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山田剛のINSIDE INDIA (第101回)

インド各地でメトロ路線網急拡大

~デリーは年内にも「東京超え」、都市インフラや環境改善を後押し

 

2018/06/06

 デリー首都圏や商都ムンバイ、南部の中核都市チェンナイなどインド各地でメトロ(地下鉄や高架部分が主の都市高速鉄道)の新規開業や延伸が相次いでいる。途上国の住民にとって厄介な都市内移動の問題を解決し、通勤・通学の利便性を高める交通手段として、自動車の急増に伴う環境悪化に歯止めをかける有効打として、さらには駅ナカや駅周辺、郊外の宅地開発にもつながる経済の起爆剤として大いに期待されている。

Metro

 日本政府が円借款供与や技術協力などで全面支援してきたデリー・メトロは2002年の開業以来着々と路線網を拡大。現在、空港線(エアポート・エクスプレス)を含めた9路線、総延長278キロを運行中。5月29日には東京メトロの東西線に相当する8号線、通称マゼンタ・ラインの約24.8キロ区間が新たに開業した。同線の新規開業区間はデリー東部のカルカジ・マンディールから同北西部のジャナクプリ・ウエスト間16駅で、途中「インドの秋葉原」として知られる電気・IT街ネルー・プレイス(最寄駅はネルー・エンクレーブ)やインド工科大(IIT)デリー校などを結び、ニューデリー空港国内線ターミナルの直下にも新駅が開業した。

営業距離、ついに東京を超える

 マゼンタ・ラインの開業で同じくデリーの東西を結ぶ4号線(ブルー・ライン)の混雑緩和が見込まれるほか、デリー郊外の新興産業都市・ウッタルプラデシュ州ノイダから、金融・IT企業が集まる衛星都市のハリヤナ州グルガオンまでの所要時間をこれまでの100分から約50分に短縮、いわば京浜東北線に相当するルートが新たにできたことになる。ビジネスはもちろん、通学や買い物客の利便性も大きく向上する。

※図表「インド各地のメトロ概要」は会員限定PDFをご覧ください。

 今回の延伸によって、デリー・メトロの第3期工事は年内に完成予定の約72キロを残すのみとなった。これが予定通り開業すると総延長は約350キロ・282駅となり、営業距離において東京の地下鉄(東京メトロ+都営地下鉄)を超える。1日あたりの利用客は現在300万人強と、すでに大阪市営地下鉄をしのいでおり、デリー市政府の推計によると第3期工事の完成によってこれが約400万人に増加する見通しだ。  デリー・メトロでは今年3月にも、準環状線を形成する7号線(ピンク・ライン)の一部となるデリー北部マジュリスパークと、デリー大学南キャンパスの最寄り駅ドゥルガバイ・デシュムク・サウス・キャンパス間21.6キロが開業したばかり。  「安全」を理由にいまなおメトロ利用を禁止されているデリーの邦人駐在員もいるとのことだが、客観的に見てさほど危ない目に遭うとは思えない。メトロを乗りこなしてみれば、インドの新たな顔が見えてくるに違いない。

駅へのアクセス改善も重視

 運営主体のデリー・メトロ鉄道公社(DMRC)では、利用客増を目指し各駅から周辺の住宅地などを結ぶフィーダー・サービス、いわゆる連絡バスのネットワーク拡大に取り組んでいる。すでにメトロ駅連絡用のミニバス約270台を運行しているDMRCは今年4月、電動ミニバス242台と圧縮天然ガス(CNG)仕様のバス288台をそれぞれ追加投入する計画を発表した。一部駅では環境に配慮した電動オートリキシャ(三輪タクシー)も導入している。  デリー市政府は今年1月、デリー・メトロと市営バスの共通カードの運用を開始。これにより乗客はメトロ全区間と、約5500台の市営バスが利用できるようになった。このほか、エアポート・エクスプレスに続いて、ブルー・ラインでも昨年8月から無料Wi-Fiの提供開始。今後各路線にサービスを広げていく予定だ。  メトロは安全面も重視しており、事故の多さで知られるインド国鉄の在来線とは一線を画す。最近開業したマゼンタ・ラインやエアポート・エクスプレス、ピンク・ラインには開業時からホームドアが設置されている。DMRCでは3月、すでに開業している2号線(イエロー・ライン)のチャンドニ・チョウクなど乗降客の多い2駅にホームドアを設置。今後、国鉄との乗換駅であるニューデリーや、東京・銀座に相当する商業地コンノート・プレースの最寄り駅ラジブ・チョウクなど主要駅に順次ホームドアを設置していく計画だ。

グルメ駅ビルも人気

 DMRCは関連事業にも力を注ぐ。2002年の開業当初から電車の車庫近くの所有地でITパークを運営しているが、最近では主要駅構内でいわゆる「駅ナカ」の開発を進めている。以前はがらんとして殺風景だった駅構内には現在、カフェやキオスク、デジタル家電ショップなどが急増しているが、郊外の駅では大型スーパー「ビッグバザール」やマクドナルドなどのファストフード店なども入居している。  最近注目されているのは、6号線(バイオレット・ライン)ネルー・プレイスの「グルメ駅ビル」だ。駅ナカにケンタッキー・フライドチキンやダンキン・ドーナツ、スターバックス・コーヒーなど世界の有名チェーンをはじめ、アイリッシュ・パブや和食レストランなども出店して一大人気スポットとなっている。  あとは、駅構内や中吊り広告がもう少し充実すれば先進国の大都市と肩を並べそうだ。

 今回開業したマゼンタ・ラインでは、IIT入試専門の大手予備校「FIITJEE」がIITデリー校最寄り駅の命名権(ネーミングライツ)を獲得。「FIITJEE IIT駅」が誕生して話題となった。駅内外は派手なオレンジ色のロゴであふれ、大学当局からは「我々が予備校とタイアップしているとの印象を与えてしまう」と困惑の声が上がり、ついには訴訟沙汰になるという思わぬ事態になっているが・・・。  乗車マナーについても、「警備員が見ていないところでは今もわれ先に乗り込んで席を取り合う」といった指摘もあるが、車内で飲食したりつばを吐いたりする乗客は極めて少ない印象だ。学生と思しき若者らもちゃんと老人に席を譲る。

地方都市もメトロ建設急ピッチ

 メトロはデリー以外でも建設が進んでおり、現在はムンバイ、バンガロールなど9都市でもメトロが運行中。17年11月に南部の中心都市ハイデラバードで開業したメトロは現在最も新しく、同市内の国際空港まで延伸するための特別目的会社(SPV)を設立した。

Metro2

 人口2億人を超える巨大州である北部ウッタルプラデシュ州では17年9月、州都ラクナウのメトロが開業したが、同州政府は2024年までに工業都市カンプールなど3都市にメトロを建設することを閣議決定している。

 自動車やIT企業の集積で知られる南部の中核都市チェンナイでも15年6月にメトロが開業。18年5月には市内を南北に結ぶ1号線と、東西に結ぶ2号線のうち地下部分の計8キロが開通し、正真正銘の「地下鉄」となった。同市を州都に持つタミルナド州政府は、繊維産業で知られる州西部のコインバトルにもメトロを建設する計画を進めている。

 「ナンマ(われらの)・メトロ」の愛称で知られるバンガロール・メトロは昨年6月、南北に走る1号線(グリーン・ライン)の南側部分が開通し、市街地の東西を結ぶ2号線(パープル・ライン)と交差した第1期42.3キロが全線で運行を開始した。今後、同メトロでは1、2号線をさらに延伸させるとともに、2023年の開通を目指して3~5号線・計120キロを建設中。

 このほか2018年内にもデリーに隣接する新産業都市ノイダをはじめ西部マハラシュトラ州の工業都市ナーグプル、グジャラート州の州都ガンディナガルと中心都市アーメダバードを結ぶメトロが開業する予定だ。

 これらのメトロのうち、デリー、アーメダバード、ムンバイ、バンガロール、コルカタ、そしてチェンナイの計6大都市のメトロ建設には日本の国際協力機構(JICA)が円借款やさまざまな技術供与などで支援している。

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 近年の日印インフラ協力の象徴であるデリー・メトロの場合は、第1~3期の総工費1兆2740億円のうち、約51%に当たる6516億円を円借款でまかなっており、地下空間建設や運行管理システムなどにも日本の最新技術が投入されている。これがインドで日本式「新幹線」が採用される決め手の一つとなったことからも、インドへの貢献度は極めて高いといえるだろう。

 大都市に不可欠なインフラであるメトロは、利便性向上や環境改善、ビジネスの後押しだけでなく、社会そのものを大きく変える力も兼ね備える。本格的な建設開始からわずか15年でここまできたインドのメトロ文化は今後も要注目だ。


*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

 2019年春に次期総選挙を控え、インド・モディ政権の経済改革・モディノミクスもいよいよ仕上げの段階に入りつつあります。独立以来の税制改革となったGST(物品・サービス税)の導入や驚きの高額紙幣廃止などに加え、外資規制緩和や製造業振興に成果を挙げたインドは、ついに懸案の不良債権処理にも着手しました。面倒な隣人パキスタンやアジアの巨人・中国、そして暴れん坊トランプ大統領率いるアメリカとどう付き合っていくのか、も目が離せませんし、2018年には日本の技術を投入するインド初の「新幹線」プロジェクトも動き出します。これらのトピックを踏まえ、インド政治・経済やビジネスの動向分析を詳細かつわかりやすくお伝えしていきたいと考えています。

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