「ダブル寡占」が進むインドの携帯電話市場
2018/10/25
累計加入者が11億件を超え、中国に次ぐ世界第2位の規模となったインドの携帯電話市場で、「端末」と「プロバイダー」のダブル寡占化が鮮明となってきた。各メーカーが最新鋭機種を投入してしのぎを削るスマートフォンでは、中国・小米科技(シャオミ)が韓国・サムスン電子を抑えてシェア1位に躍り出たのを始め、新興メーカーのVivo(維沃移動通信)やOppo(広東欧珀移動通信)などが低価格・高性能を武器に急速に販売台数を増やし、ついに中国ブランドのシェアは50%を超えた。プロバイダーでも大手ボーダフォンとアイデア・セルラーというシェア2位、3位(18年3月末時点)が正式に合併を決め、加入者4億5000万件を超える巨大電話会社が誕生した。
【動画】インド最大の電気街デリー・ネループレイスの携帯電話ショップ。若者らが最新機種のチェックに余念がない。
デジタル機器に強い調査会社のIDCによると、18年4~6月のインド国内のスマートフォン出荷台数は前年同期比約20%増の3350万台(図表1)。つまり1年間に日本の人口を優に超える1億3000万台以上のスマホが売れる市場ということだ。一方、早晩スマホに逆転されるだろうとみられていたいわゆるガラケー(インドではフィーチャーホンと呼ばれる)出荷は同四半期に4400万台(同29%増)に達し、健在ぶりをアピールしている。これは自社ブランドの端末が爆発的に売れたリライアンス・ジオ・インフォコムの存在に負うところが大きいが、これについては後ほど詳しく述べたい。
スポーツでインドに浸透
世界が注目するハイペースで出荷を増やすスマホ端末市場を見てみよう。IDCのレポートによれば、18年4~6月期にサムスンをかわして首位に躍り出たシャオミはシェア29.7%を獲得。出荷台数は1000万台の大台に乗ったと見られる。さらに注目すべきは3位のVivo(12.6%、約422万台)。2015年にインド最大の人気スポーツであるクリケットのプロリーグ「インディアン・プレミア・リーグ(IPL)」のタイトルスポンサーとなり、すでにスポンサー料219.9億ルピー(1ルピー=約1.5円)を投じて2022年まで5年間の契約を更新した。今年5月には、競技者が「カバディ、カバディ」と連呼する鬼ごっこのようなスポーツ「カバディ」プロリーグの公式スポンサーとなったことで一段と知名度を高めた。もちろん、テレビや雑誌、ネット広告でもこれらブランドを見かけない日はない。4位となったのがOppo(7.6%、約250万台)。そして5位にはアフリカで大きなシェアを握りつつある新興メーカー・トランシオン(中国伝音、5.0%、約170万台)が続く。
9月に新発売したVivoのニューモデル「V11 PRO」は、高画質のカメラや高精細のディスプレーが売りで、指紋認証システムを搭載したことでも話題となっている。ブランド・アンバサダー(広告キャラクター)には日本でもヒットした「きっと、うまくいく」(原題は「3 Idiots」)や、地球に降り立った宇宙人が神様を探して放浪する「pk」などで知られるボリウッド映画の大スター、アーミル・カーンを起用した。価格は2万4999ルピー(約3万7000円)と、大企業の若手サラリーマンの月収並みだが、売れ行きは好調。デリー最大の電気街ネルー・プレイスに店を構える携帯電話ショップの店長によると、「売れ行きはうちの店で第1位。カメラなどのスペックに加えアフターサービスが充実しているのが人気の背景」とのことだ。
中国ブランドが市場席捲
中国国内でも躍進著しいVivoとOppoだが、インドでも商店街のカフェや小さな雑貨店からテナントを奪い取る形で急速に店舗数を増やし、今やOppoの緑色とVivoの青色ロゴはすっかり街のアクセントとなっている。流通業界を牽引するネット通販でも、スマホは人気商品としてトップページに並ぶ。数年前までは、カルボン・モバイルズやマイクロマックス、そしてノキアなどの端末が健闘していたが、スマホ市場で中国・韓国勢の前にすっかり圧倒された格好。しかも上位5社でシェア79%を占めるなど、寡占化も鮮明となっている。
そして、市場をリードする中国メーカーは需要増や激化する競争に備えてコスト削減を図るため、今年に入って相次いでインド国内生産や既存工場の拡張に乗り出している。Oppoは18年5月、デリー郊外の産業都市グレーター・ノイダの既存工場(年産1500万台)を閉鎖し、新たに同5000万台の新工場を建設する計画を発表した。従業員は約4000人で、2019年にも稼動開始する見通し。8月にはVivoが、同じグレーター・ノイダにあるスマホ工場の生産能力を月産100万台から200万台に増強、プリント基板(PCB)の国産化を図る構えだ。Oppoと提携関係にあるワンプラス(一加手机)は、収益の3分の1を稼ぎ出すインド市場を重視し、インド国内に第2本部と研究・開発(R&D)センターを開設する計画を明らかにしている。モトローラ・ブランドを傘下に持つレノボ(聯想)も10月中旬、インド国内でのスマホ生産能力を最大で現在の10倍の月産100万台に増強する計画を表明したばかり。
相次ぎ現地生産能力を拡張
シャオミに首位の座を奪取されたサムスン電子も巻き返しに乗り出す。7月にはデリー郊外ノイダの既存工場隣に約491億ルピーを投資した世界最大級の新工場が完成。インドでの生産能力は年6800万台から2020年までに同1億2000万台へと段階的に引き上げられ、輸出も視野に入る。竣工式にはモディ首相やインド公式訪問中の文在寅大統領も出席した。サムスンは9月、南部バンガロールに広さ3070平方メートルと世界最大のショールーム「サムスン・オペラハウス」をオープンした。ショールームではスマホだけでなくウエアラブル製品や家電などを来客が実際に操作・視聴できるのが大きな特徴だ。
原油高、ルピー安に直面し経常赤字の削減に取り組むインド政府は10月、増え続ける電子機器・部品の輸入にブレーキをかけるためプリント基板(PCB)の関税を10%から20%に引き上げた。インド国内にはまだ半導体を一貫生産する設備はないが、今後は「メーク・イン・インディア(インドでものづくり)」のスローガンの下、各メーカーはスマホや電子機器全般でインド国内生産にシフトしていきそうだ。
寡占に突き進んでいるのは端末市場だけではない。サービスプロバイダーの間でも中小の撤退や大手同士の合併が相次いだ。わずか6年前にはプロバイダー13社がひしめいていた市場では、利益なき値引き競争や周波数帯の割り当てを巡る汚職事件の余波で中小プレイヤーが相次ぎ撤退や事業譲渡に追い込まれた。12年7月時点で1億3400万件の加入者がいたリライアンス・コミュニケーションズ=創業家アンバニ兄弟のうち弟アニル氏率いるリライアンス・ADAグループ傘下=は事業からの完全撤退を表明。同様に大財閥タタ・グループのタタ・テレサービシズも加入者が3分の1に減るなど勝者と敗者がはっきりした。ボーダフォンとアイデアの合併によって、インドの携帯プロバイダーはついにジオや国営BSNL(バーラト・サンチャル・ニガム・リミテッド=インド電話会社を意味するヒンディー語)による4強体制となった。(図表2-1,2-2)
力勝負仕掛けたリライアンス・ジオ
業界の風雲児と目されるのが、リライアンス・ジオ・インフォコム。アニル氏の実兄で「インド最大の金持ち」といわれるムケシュ・アンバニ氏のリライアンス・グループが2016年に設立したニューカマーだが、サービス開始以来わずか約2年で2億2700万件もの加入者を獲得した。その成功の背景が、なりふり構わない豪腕の営業活動。まず「通話料無料」キャンペーンを展開して他プロバイダーからごっそり顧客を奪ってきた。さらにはオートバイに二人乗りした係員が自宅や職場を訪問し、その場で加入手続きを受け付けるという機動力も存分に発揮した。これに対し、最大手のバルティ・エアテルが政府や業界団体などに抗議するという一幕もあったが、ジオはびくともしない。最近では「28日間かけ放題、データ通信は4ギガまで無料」を掲げて発売した自社ブランドの高機能ガラケー「ジオ・フォン」が大成功。税込み1549ルピー、下取りの携帯端末を持参すれば500ルピーという格安価格が高齢者や農村住民など入門ユーザーに受け、18年7月だけでなんと1179万件も顧客を増やした。インドではナンバー・ポータビリティ制度を採用しているため、もちろん一部は他社からの乗り換えだ。タタは同時期に235万件もの顧客が流出する屈辱を味わった。筆者もさっそくムンバイでジオ・フォンを購入してみた。中国製でやや安っぽいつくりだが、かつての日本の「iモード携帯」並みの機能が備わっており、低画素だがカメラもついている。何よりもFMラジオが聞けるのがうれしい。農村部などではもちろん、「2個目のモバイル」として購入した都市部ユーザーも相当数いたのではないかと思われる。
プロバイダー3~4社体制というのは先進国では普通のことだが、ユーザーからは業界再編による寡占化で各社が通話料金値上げに動くのではないかと警戒する声も聞こえてくる。もちろん、長年の過当競争によって1分1円を切るような通話料金体系を強いられていたプロバイダー側から見れば、経営の安定化につながるとして大歓迎だろう。しかし、大手格付け機関CRISILでは「ジオが参入した16年9月以降、再び業界は価格競争に突入した」と分析、2018年度(19年3月期)にはプロバイダー各社の収入が前年比6-8%程度減少する」と予測している。その一方、最近はデジタル・コンテンツの充実などを背景に経営効率のよいデータ通信の比重が高まるなど、収益改善の兆しも見えてきた。利益なき消耗戦を卒業したインドの携帯電話業界が健全な発展に向かうことができるか、要注目だ。
*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら
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